盗みとお金

歩いていただけなのに

 昨晩はよく寝たなぁと、気分良く朝日を浴びて散歩していた。

 

 まだ早朝で、人通りは少ない。

 

 こんな朝早くから、歩道をランニングしてる人もいる。

 いくら滑り止めの靴でも、氷の上じゃ転んでしまいそうなのに。

 

 運動が好きな人にとっては、気にするほどのことじゃないのか。

 

 そういえば、新しい靴もそろそろ買った方がいいのかな。

 今履いてるのは黒のブーツで、もう何年使ったのか覚えてないくらいには昔の物。

 

 ちょっと立ち止まってスマホを開き、りの靴を調べようと検索欄に文字を打ち出した。

 

 そのとき、路地裏から走って飛び出して来た人とぶつかってしまった。

 ぶつかるところに立ってたつもりはないのに。

 

 私は運動もしてないし、体幹は弱いほう。

 いきなり事故が起こって、自分の体を支えられる能力はないね。

 

 ぶつかった勢いのまま、尻もちをついた。

 

 イテテとよろよろ立ち上がりながら、地面に落としたスマホを探す。

 割れてないといいんだけど……。

 

 ところが、ぐるぐる体を回して地面を探しても、全然ない。

 氷の地面だけ。

 

 そういえば、ぶつかって来た人は謝罪もないのかと思えば、もういない。

 

 何? ようかいにでも出くわしたの、私。

 

 すると、さっき私が眺めていたランナーが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫かい!? お嬢ちゃん」

 

 お嬢ちゃんって呼び方は慣れないし、なんかアレ。悪い人じゃないと思うから、わざわざ言わないけど。

 

 大丈夫か、という呼びかけには、うなずいて返した。

 

「私のスマホ、どこに飛んでっちゃったか、知らない?」

 

 聞くと、ランナーは気まずそうに路地裏を見た。

 

「君のスマホ……たぶん盗まれちゃったね……」

「え?」

 

 どうやら彼目線で今の騒動を見ると、道ばたでスマホをいじっていた私に男の子が突っ込んでタックルを決め、スマホを奪って逃げていったらしい。

 

 ……ひどくないかな?

 

「ごめんな。追いかけようと思ったんだけど、間に合わなくて」

「大丈夫。今から私がお仕置きに行ってくるから」

 

 私はあの一台しかスマホを持ってないし、ないとネット上の全てに接続できない。

 あまりにも不便な生活を強いられてしまう。

 買い直すのは、金銭的にしたくない。

 

 なにより――勝手にぶつかってきて、勝手に盗んで、勝手に逃げるなんて許せない!

 

 怒りのままに追いかけようとすると、ランナーはもっと気まずそうな顔で私を制止した。

 

「残念だけど、取り戻せないと思うかな……。諦めて新しいのにしたほうがいいよ。あっちにいっちゃったらさ」

「あっちって、何かあるの?」

「……あんまり治安の良くない場所が」

 

 ◇

 

 話によると、路地裏を抜けた先に壊れかかった建物ばかりの住宅街がある。

 そこが都市部の裏に当たる場所、スラムになっている。

 

 ランナーには警察に相談した後、諦めて新しいの買うよと言って、ありがとね~と感謝を述べて別れた。

 

 そして、私は普通に路地裏の先へと向かっていった。

 

 治安の悪い場所に入り込むのは、私の目的とも合致しているし。

 氷の銃があるなら溶かすし、売ってるヤツらがいるならしばくし。

 

 実際、変に入り組んだ道を抜けてみれば、変に人気がなく、薄暗い。

 都市部のビルに、日差しを遮られてるせいだ。

 明らかに危険そうな雰囲気が立ちこめている。

 

 木造の建物なら、腐食とかで壊れかかり、メンテナンスがされないままボロくなるのはわかりやすい。

 

 氷の建物の場合、ボロくなるってどんな感じかといえば、これはもう単純に溶け出している。

 

 私が触れなくても、そのうち溶けきっちゃいそう。

 建物の中が透けているどころか、むき出しだ。

 

 これはよくある話で、冷却器のリソースが都市部にほとんど回されてしまって、その周辺は氷が安定せず、結果的にスラムになってしまう。

 

「よく来たのぉ、新入り」

 

 もったいぶった口調で話しかけてきたのは、そんな壁の溶けかかった家に住む、ギリギリおじいちゃんじゃないくらいの男の人。

 いや、そう見えるだけで、そんなに年寄りでもないのかも?

 

「あなたは?」

「俺……間違えた。ワシはこのスラムの番人じゃ」

「それ、キャラを作ってるの?」

「違う、いや違うわい」

「もうちょっと練習した方がいいよ」

「……同感だ。それで、何をしに来た? いっとくが、興味本位でここを見に来たならすぐに帰れ。命の保証はない」

 

 普通の口調に戻った。

 最初からそうすればいいのに。

 

「用があるし、私は自分で身を守れるから大丈夫」

「そうは見えないし、間違いなく襲われる。身を守れるにしたって、面倒ごとは避けるべきだ」

「断言できるほどじゃないと思うけど」

「身なりがきれいすぎるからな。もっと汚れた感じを出さないと、金目の物がありそうだと見込んでターゲットにされる」

 

 その意見は、感心するほどもっともだった。

 

 スラムといえど氷の街。

 土汚れがついたりはしないけど、やっぱり洗濯や定期的に買い換えをしないとシワだらけになったり、破れたりする。

 

 氷の破片に引っかかって、服に穴があいちゃったっていうのは、よくある話。

 だからこそ、服の修理は需要があるし。

 

 ただ……せっかくきれいにしてもらった服だし、わざわざ汚すのも気が進まない。

 後で、代わりの策を考えよう。

 最悪、財布を捨てて全力で逃げよっか。

 

 いつも、ここに来た人にそうやってアドバイスするのが、この人の作りたいキャラなのかな。

 だとしたら、意外と良い人?

 今日は人の巡り合わせの上下が激しい日かもしれない。

 

「あなたはこれが仕事なの?」

「いや? 仕事をクビになってヒマだからやってる。どーせ居場所もないしな」

 

 ……ちょっと、評価が難しいかな。

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