質問タイム

 スラムに入り込んで、奥へと進んでいく。

 

 人の視線は感じるけど、むやみやたらに襲いかかってくる人はまだいない。

 

 後は、さっさと私のスマホが見つかればいいけど……そう簡単にはいかないか。

 

 犯人が持ってるならこのまま探し続ければなんとかなる。売られていたら――その限りじゃないね。

 

 ちょうどそこら辺の道に座り込んでる人がいたから、ちょっと質問してみよう。

 

「この辺に、質屋さんあったりする?」

 

 顔を上げる。

 パーカーのフードで顔を隠しているので、立ったまま見下ろす私からは、どんな人なのかわからない。

 

「……見ない顔」

 

 声からして、女の人みたい。

 見ない顔と言われても、見る顔と合うことが多いのかは疑問だね。

 

「知りたいなら、金出しな」

「いいよ。ちょっと待って」

 

 こういうパターンは想定済みだ。

 

 私はコートのポケットに手を入れて、財布を取り出した。

 盗まれてもいいように、最低限のお金しか入れていない。

 残りは、コートの内ポケットに直接入れてある。

 

 女はズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 氷のナイフを取り、私の首元めがけて突き出す。

 

 あまりに自然な動きで、てっきり向こうも財布を取り出すのかと。

 そのせいで、防御の構えは一切取れなかった。

 

 とがった先端が肌に触れ、勢いのまま溶けて水になる。

 刃はなくなり、残ったのは持ち手の氷だけ。

 

 最初から交渉しないで、奪うつもりだったか。

 次からは近づきすぎないようにしないとだ。

 

「な……」

 

 女は驚きのあまり目を見開いて、なくなったナイフの刃先を手で確認している。

 相当ビックリしたに違いない。

 

「ごめんね。こういう体質なの。それで、お金はあるから話を聞いてもいい?」

 

 女はしぶしぶ、仕方ないと言わんばかりにうなずいた。

 

 ◇

 

「いやぁ~久々のごちそうだなぁ!」

 

 お金を渡そうとしたら断られ、代わりに飯に連れて行けと言われたので、今度は私がしぶしぶ、この人を連れて行く羽目になった。

 

 レストランに着くやいなや大量の料理を手当たり次第に注文し、店員さんが料理をテーブルに置いたと思えばすごい勢いでバクバクと食べ出した。

 

 絶望的な食べ方の汚さだ。

 

「そんなにおなかが減ってたの?」

「まあな。三日は食ってねぇぞ」

「良く生きてるね……」

「しぶといからな!」

 

 しぶといと、自分から言うのはちょっと珍しい。よっぽど自信があるか、よく周りからそう言われているか。

 

 だいぶ元気、というかさっきまでの冷静さがウソみたい。ご飯を食べてないせいで、力が出なかっただけか。

 

 今は顔色もいいし。

 よく見れば整った顔立ちで、ボサボサの髪をなんとかすれば、結構美人に見えるんじゃないかな。

 私には及ばないけど。

 

「そろそろ私の質問に答えてもらってもいい?」

「いいぞ。なんだっけか?」

「さっきの場所に、質屋とかある?」

「あるぞ。場所も知ってる」

「そう。それじゃ、そこに案内してくれるよね? こんだけ食べたなら」

 

 すでに、テーブルの上には大量の空き皿が並んでいる。

 合計でいくらになるか、まだ計算してないから怖い。

 少なくとも、最初に渡そうとした金額はゆうに超えるね。

 

「お前の名前は?」

「ユキ。あなたは?」

「コトリだ。で、ユキ。質屋に何の用があるんだ? 金には困ってなさそうだけどよ」

「さっき、スマホを盗まれて。スラムに逃げてったから、そっちで売られてないかなって」

「ん? それたぶんオレだな」

「何が?」

「盗んだのがだよ」

「あなたが犯人? 盗んだのは男の子だって聞いたけど」

 

 あのランナーが、ウソをついたの? 実は見かけによらず、共犯者?

 

「見間違えたんじゃねぇの? オレの服、そこらへんに捨ててあった男物だしな」

 

 言われてみればそうだ。

 男物のパーカーにズボンに、フードを被っていたら顔も見えないし、身長小さめな男の子だと、ぱっと見なら勘違いしちゃうかも。

 

 疑ってごめんね。純粋なランナーの人。

 

 でも、目の前に犯人がいるなら話は早い。

 

 持ってるならここでなんとか交渉すればいいし、売ってしまったのならその質屋に行けばいい。

 

「じゃあ、返してもらえる? それか、売った質屋に案内して」

「無理だな」

「え? ご飯はおごってあげたでしょ」

「スマン。あれ、質屋に持ってく途中に盗まれちまった」

 

 ◇

 

 再び、スラムに戻ってきた。

 

 盗まれたスマホが、さらに盗まれてしまったから。

 そんなに私のスマホに価値があったとは……。

 運が悪いだけか。

 

 私が最初に盗まれた場所にはないから、まずはコトリがスマホを失った場所に向かった。

 辺りにはちょっと嫌なにおいが立ちこめている。

 人の気配がないのは、みんなここに近づきたくないからかも。

 

「ここは何?」

「おー、さっきグループ内の争いがあってな。あんまり長居しねぇほうがいいぞ」

 

 この変なにおいはそれか。

 先に言って欲しい。

 

「グループって?」

「知らないのか?」

 

 コトリは不思議そうな顔をする。

 ここに立ち入らない限り、知らない話でしょ。

 

 聞くと、ここを取り仕切る大きな集団がいて、身の安全を保証する(命は保証しない)代わりに、金品を納めるよう要求してくるらしい。

 

 コトリは生まれ育ちがここらしく、学校の勉強よりスラム内部の情勢の方が詳しいそうで。

 

 都市部の人間を盗みの標的にすることはあっても、お友達になることはまずないから、私や他の人たちの常識などは知らない。

 

「コトリはそのグループの人?」

「まさか。金だけ取られて何の意味もねぇよ。オレは自分の仕事で稼いでるからな」

 

 ドヤっと胸を張る。

 他人の仕事にとやかくは言わないけど、私のスマホは返して……。

 

 話を聞いたおかげで、なんとなくの事情はつかめた。

 

 そのグループの争いとやらに、コトリは運悪く出くわしてしまい、騒動の最中でなくなってしまった。

 本人いわく、落とすことはありえないので、間違いなく盗まれたと。

 

 運良く落としちゃってたりしないかなぁって、地面を見つめて巡回したけど、それっぽいものはない。

 触れちゃいけない物はあったけど。

 

 そしたら、とりあえず質屋を見に行って売られてないかチェック。

 その後にグループとやらから取り返せるか見て、それでもダメだったら……諦めるしかないか。

 

「グループっていうのに、逆らわないのはどうして?」

「金を持ってるってのと、腕っぷしが強いやつが多いから。オレも正面から闘えって言われたら、絶対ヤダ。最近だと金に物言わせて、武器を仕入れてたりするらしいぜ。ま、おのが来ようと刀が来ようと、逃げるが勝ちだけどな!」

「……ふ~ん」

「どうし……」

 

 どうした、と言いながら、コトリは私と同じ事に気づく。

 

 さっきまで大丈夫だったのに、急に人の気配がした。

 しかも、とても良くない状況。


 グループとやらに、囲まれている……んじゃないといいんだけど。

 私は悪運が強いから、ダメだろうね。

 

「逃げるか!」

 

 コトリの発言に賛同するように、一目散に走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る