見たい?

 逃げ出すタイミングをうかがっていたけど、これはキツそうだ。

 

 荒くれ者は私たちを脅した後、わざわざ目の前に椅子を持ってきて、ずっと見張っている。

 

 私があのとき撃たれたヤツだと、向こうは気づいていないみたい。

 どちらにしても逃げるには分が悪い。

 

 私だけならともかく、下手に事を起こせば周りの人を人質にされてしまう。

 

 氷の奥では別の人がやってきて、何かを相談している。

 聞き耳を立てた。

 

 どうやら、ここに誘拐してきた人たちは、別の街に売るらしい。どんな買い手がいるのかは知らないけど、人権は無視されるだろうね。

 

 そして、こんな一言も聞こえてきた。

 

「予定にない人間が紛れたらしいっす」

 

 ……私の事じゃないといいんだけど。

 氷の奥では、私をめっちゃ見てる。

 うん、私だね。

 

 すると、チェーンソーに似た砕氷器で、荒っぽく壁を切り始めた。

 ケガしたらどう責任を取ってくれるんだ! 危ないでしょ!

 

「出ろ」

 

 人が通れるくらいの穴を開けて、私を指さして言う。

 やっぱり私だね。

 仕方なく、言うとおり外に出た。

 

 手癖になっているのか、氷の銃をずっと、私に突きつけている。

 私は降伏の意を示すように、両手を挙げたまま立っている。

 

「なんで生きてんだ、このアマ」

「だから私はユキだって」

「名前は聞いてねぇっつってんだろ!」

 

 怒号が辺りに響く。同時に、氷の銃の引き金を引いた。

 

 氷の銃弾は借り物の服を貫き、私の肌に触れて

 

「な……」

 

 荒くれ者はあっけに取られている。

 珍しいから、直接見たことはないんだろう。

 というか、私も私以外に見たことがない。

 

 私の肌は生まれたときから、なぜか溶けないはずの変異海氷を溶かしてしまう。

 しかも、氷晶石の力でも、私は凍らない。

 

 この世に生まれてきたときに、変異海氷製のベビーベッドにのせようとしたら、ベビーベッドを溶かし、地面の氷を溶かし、海まで落っこちしまった、という話は、私の街では有名な話だ。

 

 そのとき、お父さんが海に飛び込んで私を拾い上げた。

 代わりに、溺れて亡くなってしまったらしい。

 って話を、よくお母さんに聞かされた。

 

「ごめんね。私、変異海氷を溶かしちゃうの」

 

 チャンスだ。

 相手が驚いているうちに、顔面をぶん殴った。

 前に殴ったときは多少手加減したけど、今度は本気。

 

 油断していたところにストレートが決まったから、荒くれ者はそのままダウン、気絶した。

 

 このまま他のやつらを――と、後ろを振り返ったとき、さっきやってきた別の男は、ヨウナの首に氷のナイフを突き立てていた。

 

 やられた。

 人質を取る動きが素速い。

 無駄に判断がいいね。

 

 彼らにとって、反抗されるのは一度や二度じゃないのかもしれない。

 

「逃げて! あなた一人なら逃げられるんでしょ!」

「黙ってろ!」

 

 ヨウナは逃げてと言った。

 しかし、この状況で他の人を捨てて、私一人逃げるわけにはいかない。

 

「そのまま動くなよ」

 

 男がそう言ったので、仕方なくもう一度両手を挙げて、降伏の意を示した。

 

 ◇

 

 男改め悪党は念入りなことに仲間まで呼び、仲間はさっきの荒くれ者に水をかけて目覚めさせ、いつしか私の周りを悪いヤカラたちが取り囲んでいた。

 

 物珍しくて、見に来たのかも。

 

 こっそり誘拐した人を閉じ込めている氷を溶かして脱出、というプランは、すっかり消えてしまった。

 

 以前、ヨウナの首元には氷のナイフが当てられている。

 

 彼らとしても誘拐した貴重な人材を殺したくはないはずだ。

 

 同時に、人違いだったのであなたは見過ごしましょうって言ってくれるほど、器が広くもないはず。

 

 つまり、私は見逃してはくれないってこと。

 

「お前、氷を溶かすっつったな」

 

 目覚めた荒くれ者は、私にそう聞いた。声からして、とても怒っているのは間違いない。

 今さらウソをつく必要はない。黙ってうなずいた。

「ここで服脱げ。全部」

 バカって言う方がバカなんて言葉があるけど、悪知恵は働くみたいだ。

 

 私は、変異海氷を溶かす体質。

 

 日常生活でもそれは同じで、素手で氷のコップを持てば溶かしてしまうし、素足なら氷の地面を溶かして、そのまま地面に落っこちてしまう。

 

 対策として、普段から靴、手袋、肌が出ないくらいにオーバーサイズのコートを着ている。

 

 地面も何も、氷で構成されている街。私に服を脱げということは、引き金を引くより簡単な殺し方だ。

 

 氷を溶かして、海に真っ逆さまだから。

 

「そんなことばっかして、恥ずかしいとか思わないの!?」

 

 ヨウナは堪忍袋の緒が切れたようで、そう刃向かった。

 

 しかし、荒くれ者に腹を蹴り飛ばされてしまった。

 別のヤツに捕まっていたせいで衝撃を逃がせなかったから、もろにダメージが入る。

 うめき声を上げた後は、しゃべらない。

 

「いいよ、お望み通りにしてあげる」

 

 私はそう答えながら、話を続ける。

 

「最後に一つだけ聞かせて。その銃、のカケラが入ってるでしょ?」

「よく気づいたな。さっさと死ね」

 

 私は、相手がこちらの話を聞いているうちに、まくし立てる。

 

「あなたは頭が悪いから知らないのかもしれないけど、変異海氷を作る製氷機の中には、氷晶石が使われてるの。製氷機も冷却器も科学の産物なんかじゃなくて、中に入ってる氷晶石のおかげ。氷晶石には変異海氷を作る力があって、そのせいで、周りのもの全てを凍らせてしまう。銃をずっと持ってるあなたは、近いうちに――」

 

 ヨウナの首に、ナイフがわずかに入った。

 皮膚が切れた程度だけど、もう待つ気はないという意思表示。

 

 仕方ない。

 説得はここまでだ。

 

 手袋を外す。

 靴を脱ごうと足に手をかける。

 

「待てよ。どうせなら、裸になってからにしろ」

「あなたたちに見せるほどのものじゃないと思うけど」

「いいのか?」

 荒くれ者は、ヨウナを横目で見る。

 

「……しょうがないなぁ」

 

 耳飾りの氷晶石のレプリカに触れ、コートを手で握った。

 

 辺りを取り囲む男たちの目線が、私に集まる。

 あんまり見せたいものじゃないけどね。

 

 ばっと、体を隠すコートを取り去る。

 

 同時に、

 氷はコートの代わりに、すぐさま私の体を覆う。

 

 悪党たちが驚いて固まっているすきに靴を脱ぎ捨て、地面に素足を置いた。

 地面伝いに氷晶石の力を伝え、悪党たちの足と手を凍らせる。

 

「見たかったんでしょ? 氷のドレス」

 

 ◇

 

 氷を溶かす体質は、そのままなら海氷街で暮らすには、あまりにも不便。

 でも、ものを凍らせる氷晶石を常に身につけていれば、話は別だ。

 

 普通の人なら、氷晶石に触れただけで凍ってしまうけど、私は溶かせるから。

 凍らず、かつ氷晶石の力で氷を作ることもできる。

 

 最初のうちは不安定だった。

 今では溶かしてからもう一度凍らせるとか、ある程度ならコントロール可能。

 

「なんだこりゃぁ……」

 

 悪党たちの手足は地面から伸びる氷柱ひようちゆうに固められている。

 

 下手に動こうとすれば、彼らの皮膚が剥がれちゃうだろうね。

 

 ヨウナの首にナイフを当てていたヤツは、手先のナイフまで、ヨウナに触れるギリギリまで凍らせたから、これ以上は何もできない。

 

 まだ残ってるヤツがいるかどうかだけどみんな、私のドレスを見に来ていたみたいで、増援の様子はない。

 

 なら、後は捕まっている人たちを逃がすだけだ。

 聞くべき事を聞いて、さっさと帰ろう。

 

 私に氷の銃を向けたまま、身動きの取れない荒くれ者に話しかける。

 

「もう観念したと思うから、聞きたいこと聞かせてもらうね。この銃、どこから手に入れたの?」

「お前は……何が目的なんだ?」

「海氷街を支える氷晶石を盗んで、武器を製造してる悪い人がいるの。私は、そいつを見つけ出して武器を全て溶かすのが目的。はい、私は答えたから、今度はあなたが答えて」

「……死ね」

 

 殺意のこもった目で、そうつぶやく。

 私に氷の銃は効かないとわかっているだろうに、荒くれ者は手首を捻って銃口を私に向け、引き金を引く。

 

 突然、爆発みたいに、銃身から氷がはじける。

 

 あっという間もなく、荒くれ者は足から顔まで、体全身を氷に包まれた。

 

 氷晶石による侵食が、限界を迎えたんだ。

 

 銃には氷晶石のかけらが入っている。

 かけら程度なら、すぐに人を凍り付かせるほどの効力はない。

 

 代わりに、病気みたいに少しずつむしばまれていく。

 最後にはこうやって、体の内側から全てが凍ってしまう。

 

 こうなると、私の体質でもどうにもできない。

 表面を溶かしたところで、中まで凍っているから。

 

 ダメ元で、周りを取り囲んでいたヤツらにも銃をどこから手に入れたのか聞いたけど、下っ端も下っ端過ぎて、本当に何も知らない様子。

 

 銃の出所は、わからずじまいになってしまった。

 

 仕方ない。

 先に、ヨウナたちを家に帰してあげよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る