誘拐チャンス

 翌朝、店主から連絡が入ったので、私のコートを受け取りに行った。

 

 新しいものを買ったわけじゃないけど、待っていた物をもらえるときって、わくわくするような気持ち。

 

 しかし、いざ店を訪れてみれば、誰もいない。

 

 不審に思いながら店の中を散策すると、カウンターに私のことが折りたたんだ状態で置かれている。

 

 その上には、メモ用紙が置かれていた。

 

 筆跡は、おそらく店主の物。女の子っぽい丸っこさがないし。

 

『ヨウナが事件に巻き込まれてしまったようで、店を離れます。コートの修繕はしばらくできそうにないので、大変申し訳ないですがこのままお返しします。お手数をおかけします』

 

 焦っていたみたいで走り書きで、けっこう読みにくかった。

 

 ていうか、結局間に合わなかったんだ……。

 

 チャットを見直したら取りに来てくださいとは書いてあったけど、直りましたとは書いてなかったね。

 

 店の鍵をかけていないのも不用心に感じるけど、そこまで気が回っていないんだろう。

 

 直近の事件というと、ヨウナのチームメイトが誘拐されたっけ。

 

 彼女たちが狙われてるのかな。

 

 でも、みんなアイスホッケーやってるせいかおかげか、女の子にしては力があるほうだ。

 

 ヨウナも誘拐されそうになったら殴って逃げれそうな体力はあるんじゃない?

 

 それができないなら、複数人の組織犯か、相手が武器を持っていたか、両方か。

 

 万が一、その武器とやらが氷の銃なら……。

 

 どちらにしても、関わらざるをえないか。

 

 ◇

 

 前に連れてこられた練習場所を訪れた。

 

 ヨウナのチームメンバーに話を聞きたかったけど、そこには陽光を反射する氷だけ。誰もいない空き地だ。

 

 この短い間に二人も誘拐され、まとめ役のヨウナもいない。身の回りにも気をつけるだろうし、しばらくの間は練習はなしか。

 

 仕方ない。

 別の場所で手がかりを探そう。

 

 帰ろうと振り返ったとき、男とすれ違った。

 こんな空き地に目的もなく来る人はいないから、不審に思って声をかけた。

 

「ここ、何もないよ」

 

 急に声をかけられて驚いたのか、肩が上がった。ズボンのポケットには何か入っていて、ボコッと膨らんでいる。

 

「あ、ああ、道を間違えたみたいだ。教えてくれてどうも」

 

 ぎこちなく言い訳をしながら、足早に立ち去ろうとする。

 

「待って。そのポケットの中は何?」

 

 辺りに人はいない。武器を持っていたとしても、こいつ一人ならなんとかなるはずだ。たとえ、氷の銃だとしても――。

 

「た、ただのマジックだよ。じゃあな」

 

 私があっけに取られている間に、男はどこかへ足早に去って行った。

 

 魔法マジツクでも手品マジツク、ではなく、大きめの油性マジツクペンだった。

 

 せっかく戦闘になってもいいように、ファイティングポーズまで取ったというのに。なんと肩透かし。

 

 私の直感は怪しいと告げていたのに。

 

 そういえば昨日、ヨウナと別れる前に、背中にペンの跡があった。

 

 彼女たちが練習している間は、アイスホッケー用のガードや練習着を着ている。

 普段着ている上着は、かばんの中にしまって邪魔にならない空き地の隅に置いていた。

 

 ……まさか?

 

 ◇

 

 「ここにいろ」

 

 柄の悪い男に放り投げられて、小さな部屋に入れられた。

 氷の小さな一室で、小さな窓はあるものの、屋外にぽんと置かれている。

 

 ここに来るまでも、同じような一室がいくつかあって、中には人が入っていた。

 厚い氷の向こうだから、表情は見えなかった。少なくとも、入りたくて入ってるとは思えない。

 

 閉じ込めておくためのおりって言葉が似合ってる。

 

 案の定、私が入ってすぐに、玄関代わりの扉は冷却器で凍らされて壁になった。

 

 四方も上下も、氷に囲まれている。氷が溶けでもしない限り、逃げ出すことはできない。

 

 私が入れられたおりの中には、二人、女の子の先客がいた。

 

 ヨウナだ。

 もう一人は会ったことないけど、最初に誘拐されたチームの人かな。

 

「ユキ!? どうして」

「捕まっちゃった」

 

 もちろん、わざと捕まった。

 

 ヨウナの服についていたペンの跡は、誘拐する人物の服につけるマークじゃないかと予想した。空き巣に入る家に残す暗号のようなもの。

 

 だから、私の服にもわざと同じ物を書いて、適当に夜道を歩いておびき寄せた。

 

 もちろん確信はないし、当たってたらいいなぁ程度の期待。別の手がかりも探しながらだった。

 

 結果、細い路地に入ったタイミングで向こうの方から現れてくれた。

 三、四人の男に囲まれ、氷の銃を突きつけられながら、ここまでつれてこられたってわけ。

 

 相手のアジトには来れたから、後は関係ない人を逃がせばオーケー。

 

すきを見て逃げよう」

 

 そう二人に声をかけたとき、氷の向こうから、ドンと音がした。

 壁に囲まれてるせいで、重い音が反響する。氷の向こうには男の姿がぼやけて写っている。

 氷の壁を、脅しとばかりに拳で殴りつけていた。

 

「大人しくしてろよ、バカども」

 

 チームメイトの人はおびえ、ヨウナも表情を硬くした。

 

 声は、さっき私を連れてきたヤツとは違う。

 でも、聞き覚えがある。

 そのしゃべり方と、口の悪さには。

 

 あいつだ。

 レストランで暴れてて、私を銃で撃ってきた荒くれ者。

 一般人じゃないとは思ってたけど、ちゃんとヤバいヤツだった。

 

 こいつにまで再会したくないんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る