カフェと銃と黒

 銃で撃たれるより前に、ご飯を食べている最中でもめ事になったせいで、まだおなかがすいていた。

 

 おかわりとまでは行かないけど、スイーツくらいは食べられる。

 

 散歩して、適当に見つけたカフェに入った。

 

 コーヒーは嫌いだから、メロンソーダとパフェを頼んだ。

 

 お飲み物は何になさいますか、と店員さんに聞かれたとき、メロンソーダで! と元気よく答えたら、誰かに見られたような気がする。恥ずかしい。

 

 注文したものが届くまで、もう少しこの街について知っておこうと思って、近場の会話に耳を立てていた。

 

 当たり障りのない日常会話や、親子の会話、カップルのギスギスしたやりとりばかりで、あまり参考になりそうなことはない。

 

 ……メロンソーダを頼んだときから、誰かに見られているような気がする。

 

 そんなにいけないかな、カフェでメロンソーダ。

 

 あ、目が合った。眼鏡をかけた男の人だ。

 本を持っていて、気まずそうに開いたページに視線を戻した。

 

 一体私の何がそんなに気になるのか、私のほうが気になっちゃったから、つかつかと歩み寄っていった。

 

「カフェでメロンソーダ、ダメなの?」

「え? いや、いいと思うけど……」

 

 驚いた様子。でも、ちゃんと受け答えはしてくれる。

 

「じゃあ、なんで私を見てたの? 見とれちゃった?」

「違う」

 

 断言された。ちょっと調子に乗ったらコレだ。ふざけやがって。

 

「その耳飾りに、見覚えがあるような気がして。気に障ったのなら申し訳ない」

 

 左耳に触れた。私の耳飾りには、半透明な白色の水晶がついている。

 

「氷晶石に見えたんだ。そんなわけないんだけどな」

「目がいいんだね。これ、レプリカなんだ」

「そうか。じゃあ、氷の神をまねした格好ってだけか」

「氷の神?」

 

 その単語は初耳だったので、どういう意味か尋ねた。

 

 氷の神が氷晶石の力をもって、海に沈んだ陸地の代わりに氷の大地を作った。

 要約すると、そんな説話があるらしい。

 

「詳しいんだね。そういうのを調べるのが仕事なの?」

「まあね。天才だから」

 

 調子に乗っているね、こいつ。

 そんなに威張れるようなシチュエーションじゃないと思うよ。

 

「ならもう一つ聞きたいことがあるんだけど」

「答えられることなら。ついでに、さっきじろじろ見てしまったことは、これでチャラにしてくれ」

 

 はなから気にしていなかったけど、都合がいいので素直にうなずいた。

 

「氷の銃って、どうやって作るの?」

「……物騒な事を言うね。僕も知らないよ。ただ、今の技術じゃ無理だってことはわかる」

「どうして?」

「冷却器の性能不足だよ。街の生活を維持するので精一杯だから。いくら変異海氷でも、火薬の衝撃に耐えるなら、相当な厚さがいる。細かいパーツも作りにくい。銃を作るより、大砲のほうが現実的かな」

 

 てっきり答えてくれないかと思ったけど、とても多弁だった。

 

「知らないどこか、詳しいじゃん」

「そりゃあ……ロマンがあるじゃないか。氷の銃なんてさ!」

 

 オタクか。

 私の席を振り返れば、店員さんが私の席に、メロンソーダとパフェを置いたところだった。

 架空のロマンと目の前のパフェ、どっちが大事か。

 

「僕が考えた最強の氷兵器、せっかくなら聞いていかないかい?」

「遠慮しとく」

 

 パフェに決まってる。

 

 ◇

 

 連絡はまだだけど、服屋に寄っていくことにした。

 

 もうすぐ日も暮れるし、まだできあがってないなら、明日の朝に取りに行くことにしよう。

 

 泊まる場所も探さなきゃ。

 

 店の前を通りかかると、くもった大声が聞こえた。ケンカの声だ。厚い氷の壁すら通り抜けてしまうくらいの。

 

 これは面倒ごとになりそうだ。

 やっぱり明日の朝にして帰ろうか。

 

 そそくさとその場から立ち去ろうとしたとき、玄関から飛び出してきたヨウナと鉢合わせてしまった。

 

 目の前で出会って、無視は無理。

 

 というわけで、私の宿を探すついでに散歩しながら、何があったのかを聞いていた。

 

 なにやら、ヨウナの将来について、父親である店主と意見の相違があるらしい。

 

 店主の主張としては、ヨウナには危ないスポーツをやめ、裁縫を含めた服屋の業務を学んで欲しいとのことで。

 

 最初に服屋を訪ねたときも、そんな話を聞いたような。

 

「アイスホッケーって、そんなに危ないスポーツなの?」

「そんなことないよ! たまに乱闘があるくらい」

 

 ……少なくとも、安全なスポーツじゃなさそう。

 

「結局、なんでケンカしたの?」

「……正直、私の機嫌が悪かっただけだよ。練習ができなかったってこともあるけど、なにより友達が心配だし。いつもの話でも、今日は我慢できなかった」

 

 すでにケンカの熱は冷めて、冷静みたい。

 私がどーどーと鎮めたり、慰めたりはしなくていいね。

 

「服屋の仕事は、やりたくない?」

「そうじゃないんだけど……学校に行って、練習してってすると、時間が残ってないから。集中したいから、他のことやりたくないのが一番かな」

 

 なるほど。

 熱心だね。

 

 私から見れば少し思うところがあるけど、この辺はヨウナとお父さんの問題だし、他人の私が口を出すのは良くないか。

 

 何を言おうかヨウナの顔色をうかがったとき、服の背中に違和感を覚えた。

 

 汚れか何かがくっついている。いや、違う。ペンがこすれた後みたいな。

 

「なに? これ」

 

 ヨウナの背中に指さして聞いた。

 

「どれ?」

 

 体をねじっても、服の背中だからヨウナからは見えない。

 

 わざわざ脱がせて確認させるほどのものじゃないから、なんでもないとごまかした。

 

 その後は適当に雑談して、お互いの帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る