遅刻

 アイスホッケーの練習を間近で見たことないけど、へんかいひようが誕生してから、スポーツの盛衰も色々あったらしい。

 

 純粋に興味があったから、彼女についていくことにした。

 

 着いた場所は、変異海氷で作られたスタジアム――ではなく。

 街の中心部から離れた、空き地のような、何もないスペース。

 

「ここは何?」

「何でもないよ。何もないから、練習に使ってるの」

「専用のコートとかは?」

「プロでもなきゃ、ただの練習で使えないから」

 

 ヨウナは街の中心部、栄えたビル群を見る。

 

 どことなく、寂しそうだ。たぶん、プロになりたいんだろうけど、そううまくはいかないんだろう。

 

「私も中心部に住んでたら、違ってたかもなぁ」

 

 たいていの製氷街では、最も中心に製氷機があって、その周りを取り囲むように都市部がある。

 

 製氷機の効果は距離によって減衰するから、近い方がより複雑だったり、大きかったりする物を作りやすい。

 

 だから、もっとも栄えているのは製氷機に近いところ。

 

 ちなみに、海に近いと他の街と貿易してる商人が多かったり、都市部の周辺になるとスラムっぽい雰囲気があったりと、たいして広くもない海氷街にも、場所によって特色がある。

 

 ヨウナの住む場所は、一般的な住宅地。

 

 彼女からすれば、悪くもないが良くもない、という気分なのかも。

 

「都市部も、思ったほど良くないよ」

「住んでるの?」

「違うよ。行ったことあるだけ」

 

 すると、他の人たちがやってきた。

 

 みんな女の子で、リュックを背負っている。

 ヨウナが持っているものと同じ。

 チームメイトに違いない。

 

「おはヨウナ~。あれ、その子は?」

 

 私に気づいたメンバーは、不思議そうに首をかしげた。

 

「うちのお客さん。服を直してる間、暇つぶしに私たちの練習を見せようかと」

「はは~、しれっとファンを増やそうと」

「そんなつもりは……ないよ?」

 

 不安そうに、念押しで私に目をやる。私を見られても。

 

 仮にそういう目的なら、それはそれで立派なことじゃない?

 プレイヤー人口を増やそうとするのは、競技に対して熱心で。

 

「せっかく来たんだし、あなたもやってく?」

 

 メンバーは、私にも勧誘を仕掛けてきた。こっちもしたたかだ。

 

「シューズ、持ってないから。やめておく」

「貸してあげるよ?」

 

 逃がさない。そんな意思を感じる。心なしか私を見る目にも圧が……。

 

「ま、まあ、今回は見に来ただけだから」

 

 ヨウナの助け船に乗り、激しくうなずく。

 

 さすがにこれ以上は良くないと諦めてくれて、メンバーは楽しんでねぇ~と一声残して、自身の装備を用意し始めた。

 

「ちなみに、シューズ用意したらやる?」

 

 ヨウナは諦めていなかった。首をぶんぶん横に振って否定。

 

 アイスホッケーを含む氷上のスポーツだと、底に刃のついた靴を履くことが多い。

 

 じゃあ氷の地面の上で生活している人たちの靴はどうかっていったら、そんな刃はついていない。

 

 理由は単純で、危ないから。

 

 外で滑っていたら急に止まれないし。どうしても早く移動したいときくらい?

 

 性能の良い滑り止めのついた靴が一般的で、私もそれを履いている。

 その一足で、今まで困ったことはないね。

 

「決して、興味本位にスケート靴で滑ってみたら、盛大にずっこけて海に落っこちた事なんてない」

「敵はお魚さんだけじゃなかったんだね……」

 

 くだらない話をしているうちに、続々とメンバーは集まってきた。

 

「これでチーム全員?」

「あと一人だよ」

 

 ヨウナはスマホで時計を見た。

 

「あれ、遅刻なんてめっずらしい」

「いつもは時間通りに来るの?」

「時間通りどころか、遅刻すると怒ってくるくらいだよ」

 

 連絡が来ていないか、スマホでもう一度チェックする。

 

「何も言ってない……ごめん、ちょっと様子見に行ってくる」

「心配しすぎじゃない?」

「さっきスマホを見てたら、銃撃事件があったらしいの。そういうのに巻き込まれてたらやだなぁって」

 

 あ、それは私。

 

 ◇

 

 また、ヨウナについていくことにした。

 

 知り合いも友達もいない中、一人ぼっちで知らないチームの練習を見ているのはあまりにも気まずい。

 

 友達と、友達の友達とで話しているときに、友達だけがどこかに行っちゃったときと同じ。

 

 来てない人の家は知ってるみたいで、スマホのマップを見ながら歩いていく。

 

 先導するヨウナの背を追いながら、私はなんとなく街を眺めていた。

 

 都市部のビルは壁面の氷が太陽の光を反射して、輝いているように見える。

 カメラで撮ればとてもきれいに映えるけど、もはや誰もが見慣れた景色だから、わざわざ眺める人はいない。

 

 考えていたら、ドスンと、何かにぶつかった。

 

 ヨウナの背中だ。

 体幹が強いせいで、私は衝撃のまましりもちをついたのに、ヨウナはびくともしてない。

 

「痛い……急に止まってどうしたの?」

 

 腰をさすりながら起き上がると、そこには一台、スマホが落っこちていた。

 

「落とし物かな?」

「これ、今遅刻って言ってた子のものだよ」

 

 ヨウナは確信を持ってるみたい。

 

 スマホの裏側にはステッカーが貼ってあって、知っている人にとっては間違えないのかな。

 

「じゃあ、スマホを落としちゃったから連絡できなくて、今も探してる最中とか?」

「そうかも。とりあえず、家まで届けてあげて、練習に戻ろうかな。スマホがないんじゃ、どうやったって連絡もとれないし」

 

 私もそれに賛成。

 

 彼女の家に落とし物を届けて、親御さんから感謝の言葉をもらい、伝言を頼んで一件落着。

 

 というのが、平和な街のあるべき姿だと思うけど、残念ながらそうはいかなかった。

 

 親御さんと話をするところまでは良かったのに。

 

 彼女は、誘拐されたらしい。

 

 車で連れ去られるところを、近所の人が通報し、親御さんにはすでに警察から誘拐されたと連絡がなされていた。

 

 スマホは位置追跡から逃れるために、犯人が捨ててったって想像できる。

 

 ここまではなんだかんだ気楽な気持ちで行動していたけど、親御さんから直接この話を聞いて、ヨウナは意気消沈してしまった。

 

 一応、予定通りの練習に戻りはしたけど、身に入らないのは目に見えていた。

 

 それは他のメンバーも同じで、何も言わずとも示し合わせたように、今日の練習は早々に解散となった。

 

 そして、ヨウナの家こと服屋に帰り、今。

 

 空気が重たい……。

 店主はもくもくと作業しているし、ヨウナはしゃべらないし。

 

 ちょっと……別の場所で時間をつぶしてこようかな。

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