服屋へのお願い
「ここは服屋さんであってる?」
「そうだよ。いらっしゃい」
今度は、小さな服屋に来ていた。
やっぱり買い直すのは腹立たしいから、縫って直してもらうことにした。
かといって、ショッピングセンターに入ってるような大きな店じゃ、そこで買ってもない服を直してもらえるわけがないから、個人でやっているお店に。
建物は氷でできていて、中の様子は筒抜け。
もちろん居住スペースは見えないように、氷の中に板を入れ込んでいたり、カーテンを引いたりして隠しているけど、お店の場合はむしろ中が見えていた方が広告になる。
この建物の場合、三階建てで、二階と三階はカーテンで隠されて、一階は透明だから、お店と自宅が一緒になっているんだろう。
こういうのは、個人でやってるお店の特徴だ。
店に入ってすぐ、カウンターに立っていた店主の男に、コートの胸にあいた穴を指さした。
「これ、直して欲しい」
すると店の奥から、私と同じくらいの背丈の少女が顔をのぞかせた。
私の声を聞きつけて、気になったみたい。
彼女の目線は私の顔からコートの穴に移り、不思議そうに近づいてくる。
服屋の娘だけあって、彼女の服は流行にのってるだけじゃなくて、ちょっとしたアレンジと、ワンポイントのボタンが加えられている。
髪は短く、されどかわいく。
服も髪も整っていて、彼女は身だしなみに気を使うタイプみたい。
「どうやったらそんなとこが破れるの?」
「海岸を歩いてたら、飛んできたトビウオに食いちぎられた」
「酔狂なサカナさんだね……」
目を点にしている。
あからさまなウソだけど、受け入れてくれたみたい。ならよし。
「その子は?」
「ウチの娘だ」
「ヨウナって名前だよ。よろしく」
「家族でお店をやってるの?」
「そうしたいんだがな……」
店主は気まずそうに笑って、横目でヨウナを見る。
「このお店を継ぐつもり、ないんだよねぇ」
ヨウナは苦笑いしてる。
すでに何度も繰り返されたやり取りに見えた。
「何か別に仕事があるの?」
「アイスホッケーの選手を目指してるんだ」
彼女は身長は私と変わらない程度なのに、私のように華奢な雰囲気はなくて、力強く感じる。
ショートヘアなのも、動き回ってるときに髪が邪魔だからだろうね。
「服の状態を見るから。それ、脱いでもらえるか?」
店主は仕事人らしく本題の話に戻した。
確かに、服ごと渡さないと修復作業はできないね。
服の肩口を両手でつまんで、上に引っ張る。すると、コートがすぽっと脱げる。
「よろしく」
そのまま、店主に向かって差し出した。
すると目の前、二人そろって、口をぽかんと開けたままになってしまった。
「ちょ――下着は⁉ ていうか、服は⁉」
「すまない……配慮が足りなかった……。今代わりの服を持ってくる」
ヨウナは驚いて叫び、店主は目をそらして店の奥に戻っていった。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ‼ いきなり店の中で全裸になるなんて!」
氷の壁面を見れば、肌色の体が、あられもなく映っている。靴と手袋だけが、かろうじて身につけているもので、あとは長い髪があるだけ。
それだけって話。
「私は気にしないよ」
「他の人は気にする……でしょ!」
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