第4話 デート
それからひと月たち、平和な生活が続いていた。
まだ公言してはいないとはいえ、私は王太子妃になる予定だ。
その際にこの国の状況を調べてみた。
結論として中々ひどかった。
そりゃ、そうか。
しっかりとした国だったら王位継承権争いが過熱したとはいえ、そう易々とは亡国にはならない。
カルト的な宗教がはびこっていたり、お金の出入りがおかしかったりで、色々と問題を抱えているようだ。
だが、一番問題なのは、お金だ。
ランゲイルさんはやはり怪しい。
明らかに国の重臣の信用を得すぎている。
金の出入りがおかしい原因もきっと彼にあるだろう。
ただ、その証拠がないのだが。
……このことをヘンデルソン様は把握してるのだろうか。
そこだけが問題だ。
把握してないなら把握してないで、私が頑張らなければならない。
まずは、ランゲイルさんの裏を探ろう。
「んー」
一通りすることを終えた私は、伸びをする。
「お疲れ様」
後ろからイケボが聞こえた。後ろを向くと、そこにはヘンデルソン様がいた。
「後ろから離さないでくださいよ。びっくりしますから」
「そう言う事なのか?」
「そう言う事です。……それでヘーゲル様はどうでしたか?」
牢に閉じ込められているヘーゲル様の事だ。
あれからひと月経った今、ヘンデルソン様は今のヘーゲル様がどう過ごしているかを見に行ったのだ。
「ああ。……元気だったよ。驚くほどにな」
そう言ってヘンデルソン様の顔には憂いているようだった。
「貴方は……ヘーゲル様のことが」
「ああ、信用してた。まさかあんな事件を起こすとは思っていなかったよ」
そんな彼の背中を軽くなでる。
「そうだ、この後お出かけしないか?」
「お出かけ……?」
ヘンデルソン様は私をを連れて町の中に出た。
所謂デートて言うやつだ。
一緒にお出かけしたのは初めてだ。
あの後は色々とヘンデルソン様は忙しかったのだ。
正直ドキドキする。
ヘンデルソン様はイケメンだ。
そんな彼とお出かけだなんて。
一応の軽い変装だけして街を歩く。
「ヘンデルは結構街をお出かけしてるのよね」
そう、偽名を呼ぶ。
流石に街中でヘンデルソン様なんて呼んだらばれてしまう。
「そうだな。ルシア。例の事件があるまで三日に一回のペースで言っていた」
「思った以上に行かれてますのね」
「そりゃあな、楽しいからなっと」
ヘンデルソン様は、向こうにある屋台のようなお店をちらりと見る。
「いるか?」
「ええ」
そして彼はソーセージを買う。
そう言えば記憶を取り戻してからソーセージなんて食べたことがなかった。
とりあえず、この世界にあることを感謝して、一口パクっと食べる。
「美味しい」
「そうだろ。あまりルシアは食べたことがないと思ってな」
「ええ、確かに」
美味しい。
そう、今までで食べたソーセージの中で一番。
唯一不満なのは、味付けが薄いという点だけだ。
その後も色々とものを食べ。「ここだ」そう、ヘンデルソン様が指さしたのは劇場だ。
「この劇を二人で見たいなと思ってな」
そう言って恥ずかしそうにする彼。
劇の題名からして、男女の悲劇を描いた物らしかった。
ストーリー的にはロミオとジュリエットに似た物だろうか。
ただ、劇を見ないと分からない。
「ルシア、手を繋いでいいか?」
「ええ、もちろん」
そして私たちは手をつないだ。
劇が始まる。
正直に言えば劇はこの世界でも何回か見たことがある。
でも、この劇は見たことがない。
楽しみだ。
そして、ヘンデルソン様の手が暖かい。
ああ、安心する。
……少し恥ずかしいけれど。
そして劇が始まった。
劇の内容は、面白いものだった。
立場の違う人たちの恋愛をえがいたものだったが、最終的に戦場で会ってしまい、愛する二人なのに、戦わなくてはならない。
その無常感が良かった。
演者たちも演技が上手く、創作の世界に入り込めた。
ああ、面白かった。
「よかっただろ」
ヘンデルソン様が言う。
「ええ、面白かったです」
「そうか、なら良かった」
総いっえとぁらうヘンデルソン様。
「この劇は、好きなんだ。何度も見たことがある。そのたびに面白さが色あせないんだよな」
その彼の顔は満足感にあふれていた。
「私は、ヘンデルが何度も見る気持ちがよくわかります」
「そう言ってくれて嬉しい」
二人で歩いていく。
「……これからどこに行くのですか?」
「そうだな、お前を連れていきたいのはここだ」
そして、歩いていった先に見えたのは、スラム街だ。
「ここですか?」
「ああ」
驚きだ。まさか劇の次にここに連れてこられるとは。
この国では貧富の差が激しい。
そのため、数多くの流民がいる。
彼らは総じて家が無く、明日の食事もままならない。
「ルシア、」
ヘンデルソン様が口に出す。
「ここに連れてきた理由というのは分かるだろ。ここは国の闇だ」
そう、苦々しい顔でヘンデルソン様が言う。
確かにだ、この道に転がっている孤児たち、みんなやせ細っていて、明らかに栄養不足である。
今、私たちが食料を買いに行って分け与えることは可能なのだろうが、それをしてもその場しのぎ。
それに、一人助けたらもう一人、さらにもう一人と、助ける対象が増え、最終的にはスラムの中にいる人物全てを養わなければならなくなる。
それをするくらいなら、制度を変えるのが先決となる。
「俺は何も考えていなかったわけでは無い。ただ、見せたかったのだ。お前にこの国の闇に」
その言葉には、この国の将来の王妃になる決意があるかどうかを説いているような感じがした。
この国は明らかに前いた帝国よりも貧乏なのだから。
「だからこそだ、元々俺が半強制的に王宮内に連れてきただけなのだから」
「私は……」
勿論先に調べた通り、国の闇については調べ切れているつもりだ。
だからこそ私は言おう。
「この国のすべてをよくするつもりです。先の毒殺事件そして今の王宮にはびこる様々な問題。それら全てを解決したいと思っています。私にはすでに帝国に対する未練もありませんし、豪税な生活がしたいわけでもありません。ただ、あなたとこの国をよくしたいだけです」
「……」
「だからこそ、私はあなたに問いたいです。……私と一緒にこの国をよくする決意はありますか?」
だからこそ、私はヘンデルソン様が言おうとする言葉を強奪する。
「はは、そうか。聞くまでもなかったな。……確かにルシア、お前は賢くまじめだったよ。……俺が想像していたよりな」
「……もう、ヘンデルソン様は」
そしてスラム街の中に入っていく。
その中はいるともっと汚らしい街だ。
恐らく清潔というワードが一切ないのだろう。
不潔。その一言で言い表された。
口には出さないが、こんな空間に長くいたら病気にかかってしまいそうだ。
清潔な空間に長くいる弊害で、ウイルスには弱いのだ。
確か、日本では一部の病気は一生に一度しか罹らず、子供のうちの方が症状が悪化しないという事で、あえて病気にかからせるという事があったはず。
そしてそれを医療的に実施したのがワクチンだとか、予防接種と言ったようなものだ。
それにより、ウイルスを体内にいれ、免疫を強化すると言ったものだったはず。
つまり、私はこの世界では病気にほとんど罹ったことがない。つまり、病気に対する免疫などない。
早く見て回らなければ。
しかもだ、その中では私を見る人が多くいる。
今にでも襲ってきそうな雰囲気だ。
恐らく一瞬でも隙を見せたら襲ってくるのだろうか。
多分今襲ってこないのは、剣を持っているからだ。ヘンデルソン様の剣が抑止力へとなっているのだ。
その奥だ。
老人がいた。
その身なりからして、このスラムを仕切っている主、村長? スラム主の様な物だろう。
「それで、このスラムの話が聞きたいってえ」
そう、上から目線に言う老人。いくら、一般向けの服装をしているとはいえ、ここの住民からは偉そうに見えるのだろう。
「ああ、そうだ」
「ここに来た意味を分かっているのか?」
周りをふと見渡すと、ギラギラした目の男女数十人がいる。
私たちをいざとなれば殺す気なのだろうか。
老人に危害を加えた場合などに。
「貴様らの所持品を売れば十日分くらいの食料に変えられるだろう。何なら今襲ってもいいんじゃぞ」
「その場合は返り討ちにします。……それに、ただで話を聞くつもりはない」
そう言ってヘンデルソン様は三ルビーを見せる。約三十万円だ。
「素直に商談に乗った方が得だと思うぞ」
「ふふふ、なるほど。確かに素直に話した方がお得に見えるなあ」
そうニヤッとして、剣柄をじろっと見る。
「よし、話そう。……元来、このスラムはわしが生まれたときにはなかった。ここは活気が溢れるとまでは言わないが、そこそこの活気はあったと思う。だが、それが変わったのは、今の王が王位についてからだ。奴の政策は我々のような貧民層からしたらしんどいものだった。それは主も知っているじゃろ」
「……移民を受け入れた」
「そうだ。安い労働力として沢山亡国、ラルース王国の民を引き受けたのだ。そのせいで、我々の様な基畳の仕事は失われ、どんどんと人件費は減っていった。その結果、仕事もなかなか見つからずに、ここで多くの人が強盗や、すりのような犯罪まがいの方法でしか生活できなくなったのだ。我々も屋台といった方法で稼いでいきたかった。だが、それも初期投資費用が高く、食材を満足に買う事すらできない。そしてそれからさらに悪くなったのが、土地の所有権だ。段々と人に買い取られて、そのたびに、誰も何も言わないこのような場所に追いやられることとなったのだ」
簡単に言えば、資本主義の弊害とでもいおうか、財を求めた結果、貧富の差が激しくなったとでもいうべきか。
だからこそ、農業する土地もなく、かといって、簡単な作業は移民に取られ、何か個人でしようにも資本金がないと言った話だ。
これに関しては私もその問題の重大さをよく知っている。
だからこそだ。
「ヘンデル」
「ああ……俺達にも何かできることがないだろうか」
将来的にここの問題は放っておけない問題だ。
「それで君たちが望むのは、この生活の脱却なのですか?」
「ああ、この生活から脱却するのもそうだが、わしの次の世代が苦しまない世界にしたい」
その話は私にとって重要な学びとなった。
「はあ……」
調べられていたつもりだったけど、現場で見ればそれは遥かに衝撃的な物だった。
皆が貧しく絶望している。
誰もが明日の生活のために頑張って食料を確保している。
まさに闇だ。
毒殺事件なんてちんけなモノだった。
こんな重大な物からしたらね。
正直方法など一切思いつかないが、そこを解決するには別に解決すべき問題がある。
謎のお金の動きだ。
個の謎をつかむだけでだいぶ解決の糸口になるだろう。
「ねえ、ヘンデルソン様」
「なんだ?」
「お金の行き先に思い当たるところはない?」
「そうだな。……まず気になるのはヘーゲルだな。ただ、そこは衛兵が捜査しているはずなんだが。……というか、今そんな問題があること自体おかしい事なんだがな」
「そうね。……それに対して私から一つ。私はランゲイルさんが怪しいと思うわ」
そう、ランゲイルが第一容疑者だ。
まず大まかな理由として、怪しい人物と書いてあったからだ。そしてもう一つ、あのダイヤ、少し気になる部分がある。もしかしたらダイヤじゃないのかもしれない。
そう、偽ダイヤの可能性だ。
そうなれば、国はまがい物でお金を取られたことにもなる。
そして、もう一つの部分は、国の重臣にダイヤで稼いだお金で、国王らに取り込み、そして自分たちの良いように政治を行わせていたのではないかという点。
実際に、資本主義世界になり、明らかに商人であるランゲイルたちにとって良い世界になっている。
元々ランゲイルはダイヤだけを売っているわけでは無い。商人ギルドに入っており、他にも魔道具や、食材なども売っている。
「まずはランゲイルさんを操作するのと同時に、貴方の父王様も怪しい。少しそこを留意して捜査に入るわ」
「ああ、分かった。……父上もか?」
「ええ、もしもがあるかもしれないから」
「うん、分かった」
呑み込めてない様子だ。
無理もない、信用している人物二人が一番の容疑者と言われたのだから。
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