第2話 被害者

 面会室には小太りのおじさんがいた。

 年齢は四〇台後半といったところか。


「あの、この方は?」

「ああ、この人は宝石商人のランゲイルさんだ」

「ランゲイルさん……」


 そういえば、聞いたことがある。ランゲイルという怪しい商人がこの国にいるって。

 非合法な手を使ってお金を稼いでいるという噂だ。


「どうも、ランゲイルです」

「はい、ルルーシアでございますわ」


 見るからに胡散臭い。

 何か裏でもありそうだ。


「それで今回は、このダイヤを紹介したく存じます」


 そこには見るからに高価そうなダイヤがあった。


「こちらは八〇〇〇ルビーとなっています」


 八〇〇〇ルビー。この世界のお金の価値は一ルビーが一〇万円程度だ。

 ということは八億円。

 恐ろしく高価なダイヤだ。


「しかし、なぜこれを?」

「プレゼントだ。俺はお前を嫁にしたい」


 ああ、この人私ガチ勢すぎでは?

 八億円のダイヤを送るって。


「でも、私……」

「いいんだ、俺がそうしたいから、そうしたんだ」


 そして、商人からダイヤを取り、私の手に渡す。

 どうやらダイヤに毒が塗ってあるという事がなく、ひとまずは安心する。


「私、こんな価値なんて……」

「いいんだ。君が僕のもとに来てくれたこと自体運命なのだから」


 そう言って私の手を取るヘンデルソン様。

 こうまで言われては、ダイヤを受け取るしかない。


「はい!」


 そして、私は正式に彼からダイヤを受け取った。

 イコールもう、婚約成立みたいなものだ。


「じゃあ、もう婚約したことを公開するか」


「……それはやめた方がいいかと。私は一応アマーリア様を毒で虐めたとされています。そんな人が一日二日で別の国の王様と婚約したらどうなると思います? 実際陛下にも言われてましたし」

「……そうだな。しばらくは隠しておくか」


 そう、言うも少し沈んだ顔をする彼。


「大丈夫です。その時が来たら、公言しましょう」


 そう優しく言った。


「ふう」


 そして続いて王宮のレストランに向かった。

 シェフが運ぶ料理を、ヘンデルソン様と一緒に食べる。


「ここのシェフの料理は美味しいから楽しみにしておいてな」

「はい!」


 そして、ご飯を手に取り食べる。


「おい……し……」


 まずい、体が震える。

 これは……毒?

 まさかターゲットに私も含まれてたの?

 それは考えられる。もう、ゲームとは何もかも違うもの。私は本来ここにいない。

 ああ、油断した。


「ヘンデルソン様、食べないで……」


 そういった瞬間、意識が消えかけていく。

 こんなところで倒れるわけには行かないのに。


「はあ……!」


 目が覚める。


「目が覚めたか!」


 その瞬間、ヘンデルソン様の顔がドアップで映った。


「びっくりした……」


 イケメンなんだもん。そりゃ、びっくりするわ。


「す、すまん」

「それで、私はどれくらい寝てたの?」

「二日かな。……それで、言いにくいことなんだけど」

「え?」


 彼の話によると、シュシュリーさんが毒の塗られた服を着たことによって亡くなったようだ。


「うそ、私は救えなかったの?」


 自分の無力さに思わず拳を布団に向けて放つ。

 こうなることを知っていながら、救うことができなかった。

 事件が起きている間、私は寝ているだけだった。


「ルルーシア、そう悲観するばかりじゃない。ダイイングメッセージが見つかった」

「ダイイングメッセージ?」


 その話によると、彼女は死ぬ前にメッセージを書いてたらしい。

 その内容は、犯人は、次はヘーゲル様を狙うらしい。

 なぜそれを毒で死の間際だったシュシュリー様が分かったのかはわからない。

 ただ、それが真実だとしたらヘーゲル様が危ないということだ。


「っヘーゲル様のもとに!」

「落ち着けよ、ルルーシア。お前の体調も万全ではないんだ」

「でも! ヘンデルソン様、あなたの弟の命が狙われているのですよ。助けてあげたいとは思わないのですか?」

「それはそうだが、まずはお前の体調だ。それに……お前も狙われていることを忘れるなよ」


 そういえばそうだった。

 確かに簡単には動けない。でも、


「これ以上、被害は増やしたくないの……」

「それはわかっている。それは俺達で何とかする。とりあえずお前は寝ていろ」


 そう言ってヘンデルソン様は向こうに行ってしまった。

 一方その部屋にはメイドの女の人――おそらく私の世話係兼見張りだろう――が見張っているせいで、身動きが取れない。

 ただ、これじゃあ、ヘーゲル様も死んでしまうだろう。このままだと、ヘンデルソン様が死んで、そして内乱に陥ることが確定しているのだ。それを止められるのは、私だけ。


 何とかしなければ。


「ねえ、私もう大丈夫だから、行動を許してください」

「……それはだめです」


 やっぱり断られた。でも、そんなので諦めるわけには。


「そんなのはだめだ」


 そんな時、部屋に一人の男性が入ってきた。


「誰ですか?」

「ああ、僕は大臣であるアントラスだ」


 そういうのは銀髪の美男子だ。


「君には休んでてもらわないと困る。君が来てからヘンデルソン様は生き生きとしている。そんな時に君に死なれてはヘンデルソン様は悲しみのあまり、仕事に手がつかなくなる。それは困るのだ」

「でも、ヘンデルソン様も殺される可能性があるんですよ! なら黙って見ているわけには行かないじゃないですか!」


 そして、布団を蹴っ飛ばして、外に向かう。


「アン、ユリア、止めなさい!」


 そう言った瞬間二人は走り出し、私の手を拘束してくる。


「君の身は守るから大人しくしてくれ。君のできることなんて元々僅かしかなのだから」


 そう言ってアントラスは去っていく。

 結果的に私は右手をベッドの杭に繋げられ、上手く逃げ出せない。

 ある程度は自由に動けるが、ベッドからは離れられないのだ。

 しかも見張りには二人、逃れそうにない。

 ひと眠りしようと目を閉じ、眠りにつく。本当は眠っている場合じゃないのだが、今となっては眠るしかやることがない。


 だが、外からの物音で目が覚めた。


「ねえ、何があったの?」

「ヘーゲル様が倒れられました」


 外からアントラスがそう言って、部屋に入ってきた。


「え?」

「生死は不明だそうです」


 その言葉に、喉が詰まる。

 私にできることがあったはずなのに、また何もできなかった。

 無力な私が恨めしい。

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