第31話「無茶の後悔」

 戦闘は、その後まもなくして終結したようだった。

 今俺達は、使い手協会日本支部の斜め向かいにある佐野中学校の体育館にいた。軽度の負傷者は主にここに避難してきた形になっている。


 体育館の床にはブルーシートが敷かれ、負傷者たちが横たわっていた。

 軍医が中心となり診察が進められ、看護師が包帯や消毒を施している。


 生徒用の机や椅子が臨時の診察台に使われ、隅では水や毛布が配られていた。呻き声と指示の声が交錯し、空気は緊張に満ちている。


 そんな中、俺も簡単な診察を終えると奥の簡易診察場所から出てきていた。

 川崎は雅之の付き添いで途中で別れたので、合流しようと探していたのだが……。


「なお坊!」

「……直美」


 遠くから人波をかき分けて直美がこちらへ駆け寄って来ると、心配そうに俺の体を確認し始めた。


「けがは?」

「全身打撲だろうって話だ。やっぱり、下半身の負荷が大きかったらしい。膝の靭帯を痛めている可能性があるらしいし、足首は強い捻挫だって話だ」

「……それだけ? 違うよね?」

「……」


 さすがに、現役軍人の目はごまかせないようだ。


「肩関節が腫れと熱を持ってる。炎症を起こしているみたいだ。呼吸も少し苦しいんだが、助骨が折れている可能性が高いらしい」

「なお坊……」

「まあ、使い手の体なら軽傷だろ。二日も寝れば完治するさ」


 直美は頬をぷっくりと膨らませると、抗議の目を向けてきた。


「そういう問題じゃないでしょ。春花がどう思うか……」

「だが、俺が行かなければ川崎は死んでいた可能性が高い。それは、わかってるだろ」

「わかってるさ。でも、お小言の一つくらい言わないと気が収まらないの。わかるよね?」

「……ああ」


 心配をかけたってことなんだろうな。

 ふと思い起こされるのは、会長の表情と、そして……


「春花は?」

「ドラ息子君と川崎ちゃんのところに行ってるよ」

「そうか。……なあ、少しいいか?」

「? 何かあるの?」

「……まあな」


 俺が歩き出すと、直美もついて来た。

 体育館出入り口から出た俺たちは左に折れ、人の気配が少ない表通りに面した側へと回っていく。

 壁に背を預けたところで、直美が怪訝な表情を向けてきた。


「なお坊。それ、どういう表情?」

「……どういう意味だよ」

「うーん。なんていうか、わかんないや。複雑な顔してるよ」

「……」


 どうやらまたしても心情が顔に出ていたらしい。


「戦闘の成り行きは、聞いたのか?」

「……うん。なお坊は、知らないんだよね?」

「ああ。けど、予想はついてる。……軍が到着したときには、特殊害生物のほとんどが殺されていた。そうだろ?」

「……」


 直美は目を見開くと、鋭い視線を俺に向けてきた。


「グラースと、接触したの?」

「……ああ」


 やっぱりか。軍はこれがグラースの仕業だろうとはあたりをつけていても、それが誰であったかまではわかっていないんだ。


「直美。ここだけの話にしてくれ」

「? なに?」

「俺は死にかけた」

「……え」

「実はな、剣でブレスを相殺して、今は武器を顕現できないんだ。その無防備な状態で、ブレスを吐かれた」

「っ! えっ……そんな……」


 直美は明らかに青ざめた表情で動揺していた。

 戦場を知る直美にとって、現実感をもってその状況が想像できるのだろう。


「死を覚悟したとき……俺を助けてくれたやつがいたんだよ」

「え? じゃあ、グラースが?」

「……会長だ」

「っ! 怜奈ちゃんがいたの!?」

「ああ」


 直美は苦虫をかみつぶすように表情をゆがめた。


「じゃあ、特殊害生物の大半を駆除したのも……」

「会長だろうな」

「……なんで、こんな」


 言葉では言い表せない、複雑な心境なのだろう。

 俺を助けてくれたこと。それでもグラースの一員として現場に現れたこと。そうまでするなら、なぜグラースに加担するのか。

 怒りと悔しさとやるせなさがごっちゃになって言葉にならないのは、俺も同じだ。


「俺は弱いな」

「……うん」


 いつぞやもこのやり取りを直美とした覚えがある。

 あれは、一年の時の合宿時に、女湯に一緒に入ったときだったな。

 けど、あの時とは俺の心持はまるで違った。


「どこかで思ってたんだ。技術も固有能力も得た今なら、春花と肩を並べられるんじゃないかって。でも、違ったな。所詮、技術で才を超えることはできないんだ。こと特殊害生物相手には、磨いた技よりも圧倒的な威力がものをいう」

「うん」

「なあ、直美」

「なに?」

「……使い手の中には、犯罪者や反逆者がいるんだよな?」

「……少数だけどね」

「なら、そいつらの力を俺が奪うことはできないか?」

「……」


 驚くかとも思ったが、今の話の流れから、俺がこう言いだすと半ば予想していたのだろう。


「収監されている奴らもいるんだよな? なら、俺がそいつらから力を奪って、使う。だめか?」

「……なお坊は、それでいいの?」

「……」


 葛藤はある。俺の尺度で善悪の基準を設け、自らの力を得るために他者から奪うやり方は、カタストローフェと同じかもしれない。

 けど、そんな綺麗ごとだけでは、何も守れない。それを肌で感じた。


 しがらみだらけで何も変えられない現実に嫌気がさして、会長はグラースに行ったのかもしれないが、俺はそこをはき違えはしない。許された枠の中で、得られるものはすべて得たいと、そう割り切る気持ちになっただけだ。


「俺は、誰かを守れる力が欲しい。そこに使われず眠っている力があるのなら、使わせてほしいんだ。……我儘なのはわかってる。けど、もう……誰かを苦しめるのは嫌なんだ」

「……そっか」


 直美は空を見上げると、ゆっくり息を吐いた。


「多分ね、難しいとは思うし、公式なルートでは無理だと思う。けど、清水団長には話してみるよ」

「……悪いな。我儘に付き合わせて」

「そんなことないよ。それに、私もなお坊の意見に賛成だから。悪用されたり、腐っていく能力は、適正に使用されるべきだよ。……それで、なお坊が強くなるのなら、私も安心できるってもんだしね」

「……ああ」


 戦う運命は、間違いなく未来にある。

 逃げる道などないし、仮にあっても選ぶつもりはない。

 だからこそ、強くありたいと思うし、大切な人には強くあってほしいと願うのだ。


「真輝!」

「っ!」


 建物の影からかかった声に、俺が視線を向けると、そこには春花の姿があった。


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