第1話「桐生での休息」

 去年に比べると、夏休み開始からいろいろと慌ただしかった。

 ……トラブルがありすぎたから、当然ともいえるけどな。しかも、昨晩は夢に会長が出てきやがったのだ。寝覚めは最悪のメンタルだったな。

 桐生祭りの日程的もギリギリになっている。明日で最後だ。

 とはいえ、長らく空けていた実家を綺麗にする機会もそうそうないので仕方がなく、昨日は掃除をしたものだ。


 そうして本日。もろもろを終えた夜、夕飯を終えた俺たちは、各々自由な時間を過ごしていた。

 俺はと言えば、自室のベッドの上で春花の求めに答えるが如く、激しく愛を語らった後、限界を超えて横になっていた。

 春花は、相変わらずの白い柔肌をこれでもかと見せつけつつ、汗だくになった体にタオルケット一つかけないまま密着してくると、いつも通り幸せそうに俺の体を触っていた。


「真輝の真輝はもう元気でないのかなぁ~?」

「春花。お前、オヤジくさいぞ」

「でも、かわいいと思ってるんでしょ?」

「さあな」


 ……当然のことを聞くな。ったく。

 俺は枕元にあった生徒手帳を手に取ると、通知を確認した。


「にしし、照れてる?」

「別に」

「かわいーねー」


 ……いや、かわいくはないだろ。かわいいってのは、春花みたいな存在のことを言うんだ。


「なあ、春花」

「なにぃ?」

「明日は桐生祭りに行くだろ?」

「もちろんだよ! 浴衣着る機会なんて、数えるほどしかないもんね!」

「そうか」

「真輝も私の浴衣姿、楽しみ?」

「まあ、そうかもな」

「浴衣脱がされるの、好きなんだよねぇ~」

「そうか」


 桐生祭りに明日行くとは言ったものの、なぜか山下との連絡が取れない。

 メッセージの通知は相変わらずゼロだ。

 別にあいつのことなど置いて行けばいいんだが、いつもああして向こうから接触してくるくせに、どうして連絡つかないんだかな。

 いや、本当にどうでもいいんだけどな。


「真輝、山下君と連絡取れてないんでしょ?」

「ああ」

「どうするのかなぁ? 千穂ちゃんも綾ちゃんも結花ちゃんも来れないし、ずいぶん人数減っちゃったねー」

「そうか?」


 去年だって、山下兄妹がいたくらいだろ。……まあ、会長もいたけどな。

 少しばかり寂しい気も……しなくもない。

 物思いにふけっていた俺の気持ちなどお構いなしに、なんの前触れもなく、ノックもなく、プライバシーなんて微塵も気にしていない女が部屋のドアをあけ放ち、室内へと入ってきた。


「なお坊! お風呂、先にいただいたよん!」


 風呂上がりだからか、珍しく白いヘアピンを外した直美が、湯しずくをわずかに滴らせながら、首にタオルをかけ、裸体を恥ずかしがることもなく晒して立っていた。


「おい、濡れてるぞ。ちゃんと、体拭いたのか?」

「もちろんさ。というか、あれあれ? もしかしてお邪魔だったかなっ?」


 言っていることに対して、弾むような口調は何なんだよ。


「なお坊、ヤっちゃってくれよ!」

「冗談じゃない」


 直美の視線はねちっこいから嫌だと再三言っている。てか、もう終わった後だ。


「春花。風呂入るか」

「あ、そだね。愛里ちゃんも誘う?」

「いや、時間の無駄だろ」


 少なくとも、俺と一緒に入るのは拒否するだろうからな。

 などと考えていると、廊下の向こうから沢渡の声がかすかに聞こえた。


「桐原くーん」


 どうやら、俺を探しているようだ。


「桐原くーん。聞こえてるー? ……あれ? ドア開いてる」


 声がだんだんと大きく聞こえるようになり、足音も近づいて来た。

 どうやら、わざわざやって来るほどの用事らしい。


「どうした?」

「あ、いたんだね――――っ!」


 廊下からひょっこりとのぞき込んできた沢渡は俺と春花と直美を見て、表情を固めたまま、動かなくなった。


「? おい、何か用があったんじゃないのか?」


 俺の問いに耳まで真っ赤に染めた沢渡は、脱兎のごとく走り去って――行ったものの、すぐに戻ってきて、こちらに背を向けたまま絞り出すように叫んだ。


「山下君、来てるんだけど!」

「うるせぇよ」


 そんな大声出さなくても聞こえるんだよ。難聴じゃないんだぞ?


「というか、山下? 追い返しとけ」


 連絡つかないと思いきや、実家にまで押しかけてくるとは、本当に勝手な奴だ。


「でも、その、川崎さんと、妹さんもいて……」

「川崎? ……はぁ」


 川崎がいる、か。何かあったな、これは。

 俺はベッドから下りると、床に散らかった下着に手を伸ばし着つつ口を開いた。


「今行く、リビングに上げといてくれ」

「……わかった」


 なぜか不服そうな声色で答えた沢渡は、来た時よりも小さい足音を響かせながら一階へと降りて行った。


「山下君、今日は空気読んでくれてよかったね」

「んん? 何の話だい?」

「それがね、山下君、いっつもエッチしようとすると訪ねてくるんだよ」

「ほほう」


 興味深そうなふりして、何をニヤニヤしてやがるんだ……ったく。

 それにしても、面倒ごとは勘弁してくれよ?




 リビングへと降りて行くと、そこにはソファーに座る山下兄妹と川崎の姿があった。

 夏場だからか、山下は白い半袖Tシャツにシルバーネックレスと黒いチノパン姿だ。アクセサリーをワンポイント入れるあたりが、相変わらずの山下スタイルだな。


「やあ、友よ」

「?」


 なぜかわずかに憔悴しているようにも見える。わざとらしく手を挙げてきたのに、いつものキレが感じられない。


「何の用だよ、こんな時間に」

「いやぁ、ハーレムタイムに水を差してすまないとは思っているんだ」


 なんだよ、ハーレムタイムって。


「用件はなんだ。早く言えよ」

「そう急かさないでほしいものだけどねぇ?」

「じゃあ、帰るか?」


 山下はため息をつきつつわざとらしく肩をすくめて見せてくる。


「友は、相も変わらずせっかちだねぇ? まあ、いいさ。単刀直入にいこう。ミス千夏をハーレムに加えてほしいんだ」

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