第2話「舞い込んだ厄介事」

「ふぇっ! どういうこと、ふみ君!」


 渚紗を挟み、左端に腰掛けていた川崎が、驚愕の表情で山下を見ていた。


「おい、山下。いくら何でも飛躍しすぎだろ」

「やはり、聡明な友であっても、これでは伝わらなかったか。では、説明をしたいのだけど、どうだろう?」

「……」


 こいつ、本当に腹が立つな。


「ったく。手短にしろよ」


 俺は山下たちの前を通り抜けると、右斜め前の二人掛けソファーに腰を下ろした。

 山下は得意げな笑みをなぜか浮かべ、渚紗に目配せをする。いったいどんな意思疎通が行われたのか知らないが、渚紗はうなづくと、黒いいかにもなゴスロリ服のスカートのすそをふわりとさせつつ立ち上がった。


「千夏お姉さま! この犬小屋のような家を探検しましょう!」


 こいつ、他人の家に対していきなり、何て言い草だ。

 文句の一つくらい言ってやろうと思っていると、渚紗が川崎の手を取り強引に立たせる。


「え? へ? ひゃぁ~」


 などと間抜けな声を上げている川崎の手をこれまた強引に引っ張り駆け出したまま、二人はリビングから出ていった。

 ったく、何だってんだ。


「で? 聞かれちゃまずい話なのか?」

「さてね、どうだろうか。その可能性もある、かもしれない。といったところかな?」


 ずいぶんと、ふんわりした回答だな。


「まあいい。本題は……川崎が制服を着ていたことと何か関係があるのか?」


 そう。川崎は、夏休みに入ってだいぶ経つにも関わらず、制服を着ていたのだ。

 山下はニヤリと笑うと、指を軽快に鳴らした。


「さすが、感がいいね」


 感が悪くても、違和感を覚えるだろ、あれは。


「友は知っていたらしいね? 千夏の婚約の件」

「……ああ」


 目がマジだな。どうやら、何か進展したらしい。……悪い方に。


「数日前に、千夏が家を出たきり帰らないと川崎家から連絡があってね。どうやら、学校に用事があるとあの格好で出かけたらしいんだが……」


 家出か……。


「どこにいたんだよ」

「驚いたことに、高柳綾の部屋にいたんだ。どうやら、連絡して遠隔で開錠してもらったらしい」

「……まじかよ」


 あいつ、本当に気が弱そうなくせにとんでもねぇ行動力を発揮するときがあるよな。


「で、お前が連れてきたのか」

「ご名答。僕もそこで初めて聞いてね」


 婚約のことをという意味だろう。

 まったく、あいつは。話せと言ったのに、まだ伝えてなかったのか。


「どうすんだ?」

「正直、強引な手段以外に手札がないのが現状でね」

「そうか」


 何か手があるんだったらいいじゃないかと思っていると、割とまじな目で山下が俺を見てきた。


「せめて事前に言っておいてくれたら嬉しかったよ」


 笑顔だが、目が笑っていやがらない。こいつが俺に嫌味を言うなんてな。


「そう言うな。俺だって、あの時はいろいろ手一杯だったんだ」

「……わかっているさ。……感情的になった。すまないね」


 山下は息をゆっくり吐きだしつつ、背もたれに体を預けた。

 川崎が絡むと、こいつは本当に冷静さを欠くな。


「で? まずいのか?」

「まずいね」

「それは、心情的な面以外にも何かがあるのか?」

「……」


 山下はしばし考えこんだ後、ゆっくりと口を開いた。


「正直、わからないというのが本当のところだね。ちなみに、友は千夏の婚約をどう思うんだい?」


 好きな相手がいないってんなら、まあ、会ってみるのもいいかもしれない。だがそれでも、本人の意思を完全に無視するやり方は納得いかないだろ。そもそも、あいつは山下のことが好きなんだ。


 家柄を考えれば、それなりの覚悟が必要だって言い分もわからないではない。

 だが、あいつはもともと、政略結婚にすら使えないと言われていたはずだ。それが今更、どの面下げて言ってんだって話だろ。

 ……まあ、要するに。


「決まっている。胸糞悪い以外にあるか」


 山下は乾いた笑みを浮かべると、頷いた。


「今の千夏をこれ以上放置しておいたら、精神的におかしくなりかねない。我慢しすぎているからね」

「……だろうな。で、どうする?」


 強引な手とやらがあるんだろう?


「友には、たった一つの重要なミッションを任せたいんだ」

「なんだ」

「できれば数日……いや、うまくいけば明日中にはどうにかできると思う。それまで、千夏をかくまってくれないか」

「隠せってか?」

「いや、外出してもらっても構わないよ。ここは桐生だ。人も多いし、紛れればそれはそれでもいい。とにかく、不測の事態が起きた時に、友には千夏のそばにいてあげてほしいんだ」

「……」


 不測の事態が起きた時に……ね。もう起きることが確定してるような言い草だな。


「当てがあるんだな?」

「五分五分だけどね」


 こいつが五分五分って言うからには、五分以上の勝算はあると踏んでいいだろうな。甘い計算をするやつじゃない。


「友よ。頼めるかい?」

「ふん。答える必要があるか?」


 山下はニヤリと笑うと立ち上がった。


「頼んだよ。心の友」

「……ああ」


 一人リビングから出ていく山下の後姿を見送りつつ、厄介なことになったものだと俺は一人ため息をついた。

 出ていったのか、玄関ドアの閉まる音がやけに大きく響いて聞こえる。

 ……気に入らないんだろうな。まあ、俺も同じだ。

 けど、いつまでもこんな過保護でいいのかと……そう思う部分もないではなかった。

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