第2話 ご主人様が治してくださいますからね
「ぴよぴよぉ~!」
メイブは声を張り上げて鳴いた。
「あ、お帰りメイ…ぶっ」
振り向いたご主人――ロッティは、飲んでいた紅茶を盛大に噴き出す。
玄関前には、買い物かごを青年の首にかけ、青年の頭の上にとまり、青年を引きずってきたであろうメイブがいた。
「すっごい絵面…」
中々にシュールな光景に、ロッティは口の端を痙攣させながら引く。
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよ!」
訳:[キンキュー事態ですご主人様大変なのですよ!この青年が傷だらけで森の中に倒れていたのですよ!]
青年の頭を小さな足で掴んだまま、メイブは左右と背の翼をバタつかせ、喚くようにまくし立てた。
大変だ度を大アピールした結果、抜け落ちた羽毛が粉雪のように舞い踊る。
「…おっけぃメイブ、何を言ってるか判らないケド、そのひと怪我人なのね」
荒ぶるように喚くメイブをジッと見つめ、ロッティは努めて冷静に対応する。ロッティの視線を感じたメイブは喚くことを中断すると、そっと青年を床に寝かせた。
寝かされた青年の傍らにしゃがみ込み、ロッティは怪我の具合を丹念に診る。あまりの傷の深さに表情が曇った。
「何に斬られたのかしら…これは酷い怪我ね。かなり血も失っているし、森の力でかろうじて生きているレベル。すぐに治療しなきゃだわ」
ロッティは立ち上がり、腰に手を当て息をついた。
「メイブ、患者を病室のベッドに運んでおいてね」
「ぴぴっ!」
訳:[お任せください!]
* * *
「ぴよぴよ」
訳:[頑張るのですよ、もうすぐご主人様が治してくださいますからね]
清潔なシーツのかかった硬いベッドの上に寝かせられた青年は、苦しそうな息を吐いている。右胸から右わき腹に向かって深い斬り傷があり、たえず血は流れ出ていた。
青年の血のように赤い髪の色は、血の気を失った青白い肌をより際立たせていている。それが見ている者の心を不安に陥れるほどに。
忙しく道具を準備するロッティの
(これほどの大怪我を治すのは、ご主人様も久しぶりかもしれません。この病室での治療もですね)
沢山のローソクの燈に照らされた病室は、あたたかなセピア色に染まっている。乾燥させた薬草は天井につるされ、薬の入った瓶が壁際の棚にたくさん並び、室内は薬品の匂いに満ちていた。
「さて、メイブ手伝ってね」
「ぴよ!」
「まずは止血しなきゃ。精霊たちの力を借りる」
ロッティは巾着袋から小さな種を一粒取り出すと、青年の胸の上に置く。種が淡く光りだし、葉っぱのような形をした小さな精霊たちが、種の中から出てきて無数に集まった。
「さあ森の精霊たち、この人の出血を止めてあげてね」
精霊たちは傷口の周りを踊るようにして動き、次々に傷口の中に吸い込まれるように消えていく。すると、出血がぴたりと瞬時に止まった。
「メイブはこの人の”心”を癒してあげてね」
「ぴよっ」
メイブは青年の額にとまって、子守唄を唄うように囀る。メイブの魔力の高まりに呼応し、頭部に生える双葉が金色に光った。
(わたくしめは『心を癒す』固有魔法を使います。怪我をしたときの苦しさも痛みも取り除き、患者の心が穏やかに癒されますように…)
メイブの身体が柔らかな黄色い光を放ち、青年の頭部をそっと包み込んだ。
その様子を見て、ロッティは小さく頷く。
「私調合の特製アロマの香りで身体の調子を整えて、疲労と肉体の痛みを消す。失った肉は精霊たちが埋めてくれる。心のケアはメイブがしてくれる。仕上げは私の魔法で…」
タクトのような杖の先を、ロッティは青年の胸元にかざす。
「生命を育む大地の力、世界に命を恵む植物の力、生き物に活力を与える光の力、『癒しの森』の主”癒しの魔女”ロッティ・リントンに、二本足の生命体を救うための力を分け与えたまえ」
呪文に応えるように、杖の先に優しい光が集まる。集まった光は青年の身体を包み込むように広がった。そして身体の中へと滲みこむようにして消えていった。
(ご主人様の固有魔法は、痛みや苦しみを取り除き、損傷した身体を治し、病魔を追い払って健康な状態に戻します。尊い『癒し』の魔法。ご主人様の優しい思いと力が伝わってきます。人間にも隔てなくお優しいのです)
メイブはロッティが魔法を使う様子を見て、にっこりと微笑んだ。
やがて怪我が全て奇麗に治されて、青年の息遣いが穏やかになった。血の気を失っていた肌色も、徐々に温かみが戻り始めていた。
「ふぅ、これでもう大丈夫。あとは意識が戻るのを待つだけね」
「ぴよぴよ!」
訳:[さあ人間よ、早く目を覚ますのです!]
「こんな大怪我人は久しぶりだったわね。しっかしヘンな傷口だったけど、何に傷つけられたのかしら…」
ロッティは首を左右に振って、腰をトントンっと叩いた。
「なんだか魔法で斬られたような感じに見えたわね」
不思議そうに呟くロッティに頷きつつ、メイブは神妙な目つきで眠る青年を見つめた。
(もしそうなら、どこぞの魔女に傷つけられたってことなのでしょうか。それはあまりよろしくない状況かもしれません。意識が戻ったら、問いたださねば)
治療道具などを片付けたロッティは、ベッドの傍に立って青年をまじまじと見つめる。
「それにしても改めてよく見ると、イイ感じの顔をしているわねハンサムだし。結構好みの顔かも?」
思わずニヤケ顔になり、小さな拳をグッと握った。
「ヨシ、汚れた服を奇麗に洗って、破けているところは繕っておかなくちゃ!」
そう言ってロッティは鼻歌を歌いだすと、スキップするようにして病室を出て行った。
「ぴっ、ぴよ!?」
訳:[アフターケアまで親切過ぎです。っていうか、決め手はハンサム顔なんですかご主人様!?]
滅多に見ないロッティの乙女反応に、メイブは目が点になる。
(もしこの青年が、お世辞にもハンサムとは言えない顔立ちだったら…)
そう思うと、ちょっとブルってしまったメイブだった。
その日に目を覚ますと思われていた青年は、翌日になって目を覚ました。
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