第3話 レオンが訪ねてきた理由

「ここは…」


 鮮やかな赤い色のまつ毛を震わせ、薄っすらと目を開ける。


「ぴよ!」

訳:[やっと起きやがりましたか!]

「やっとお目覚めなのね。お寝坊さん!」


 黄色い羽毛のひよこと、左目のところに大きな赤い丸ボタンを貼り付けた少女の顔のドアップが、ズズイっと目に飛び込んできた。

 まるで食いつくように、青年に向けて顔を突き出すメイブとロッティ。


「え…っと…」


 青年は何度も目を瞬いて、口の端を引きつらせる。


「ぴよぴよ!」

訳:[ご主人様にお礼を言いなさい!無礼者め]

「すぐに目を覚ますと思ってたのに、怪我を治しても中々目を覚まさないんだもの。待ちくたびれちゃったわ。さあ、自己紹介よろしく!」


 青年は状況がいまいち飲み込めていなかったが、もう一度目を瞬いて、そして身を起こした。


「失礼しました。私はメルボーン王国から参りました、レッドディアー近衛騎士団の団長をしているレオン・グローヴァーと申します。あなたは…」

「私は”癒しの魔女”ロッティ・リントンよ」

「ぴよぴよ!」

訳:[わたくしめは使い魔のメイブです!]

「この子は使い魔のメイブね」

「ぴーよー!」

訳:[ナイスフォローです、ご主人様!]


 レオンは軽く目を見張った。


(”癒しの魔女”ロッティ・リントンを早急に連れてこいと”霊剣の魔女”殿に言われたがまさか――)


「キミが!?こんな子供が――」

「失礼ね!私は子供じゃ」


 ロッティは怒鳴るように言いかけて、急に「グッ」と呻いて言葉に詰まる。握り拳を作り、一呼吸置く。


「そ…そうよ!子供だからなんだって言うの、無礼な人ね!」


 そして無理やり冷静な態度で、つっけんどんに言う。


(あ…アブナイ危ない…。危うく実年齢言って自爆するところだったわ)


「ぴよぴよぴよ!」

訳:[なんと無礼極まりない男なのでしょうか!ご主人様を子供呼ばわりとは!]


 メイブはプンプン怒って、小さな身体をベッドの上で飛び跳ねさせて抗議した。対してロッティは視線を逸らすと、こっそりと内心息をつく。


「すみません。魔女殿に向かって子供と侮るのは無礼が過ぎた。許されよ」


 メイブとロッティの様子を見て、レオンは素直に頭をぺこりと下げた。


「まあいいわ、許します。ところで私の〈領域〉ドメインに引っかからず、よく『癒しの森』に入ることが出来たわね?」

〈領域〉ドメイン…ですか?」

「不法侵入者対策の結界魔法のことね。無断でこの『癒しの森』に踏みこもうとすると弾かれて入れないの。だから私の招きがナイと入れない筈なんだけど?」

「そうなんですか…」


「うーん…」と小さく唸り、ロッティはチラリと窓の外に視線を向けた。


「もしかしたら”森の意志”が働いたのかもしれない。あなた大怪我してたし。それにメイブが連れてきたから、たぶんそうなんだと思う。メイブは森の意志を正確に感じ取れる子だもの」

「”森の意志”ですか?森に意志なんてものが」


 レオンはメイブをチラリと見る。ちょっと胸を張り、得意げな様子のメイブ。


「あるわよ、もちろん。生き物には全て意志がある。この『癒しの森』は特に強い意志を持っているわ。だから傷ついたあなたをほっとけなかったのかもしれないわね」

「そうですか。私は、この森とメイブ殿、そしてあなたに助けられたんですね」


「なるほど」と頷き、レオンは穏やかに微笑む。

 そしてレオンは笑みを消すと、真摯な光を宿す翡翠色の目をロッティに向けた。


「あなたに是非、我が国のお世継ぎチェルシー王女を救っていただきたいのです」


 ロッティは目を見張った。そしてメイブは「ん?」と視線を天井に向ける。


(薬屋のおじさんが、メルボーン王国の王城が”曲解の魔女”に襲われたって話をしていましたね!でもなんだって王女が…)


「レオン、詳しく話してくれる?」

「はい。およそ一週間ほど前のことです。突如城に”曲解の魔女”コンセプシオン・ルベルティが現れました。謁見の間で国王と共に政務に就いておられたチェルシー王女に向かって、”曲解の魔女”は唐突に罵り始めたのです」


 その時の様子を、レオンはつぶさに語り始めた。

 レオンの話を黙って聴いていたメイブは、次第にぷんぷん怒りだす。


(人間はなんと愚かなのでしょう。魔女の館を襲うなど笑止!”曲解の魔女”は引きこもりなれど、”全てを曲げることのできる”固有魔法は一級!とうてい人間ごときが太刀打ちできる相手ではないのですよ!

メルボーン王国は、数ある王国でも平和を象徴する東の大国。そんな国の王女が生き物を傷つけるとはちょっと信じがたいのです。

”曲解の魔女”は滅多に人前に現れないし、関わろうともしない。そんな彼女を怒らせたってことは相当のことなのです。イメルダしゃんを半殺しにした奴がいて、犯人が王女だと思って彼女は押しかけたのですね。禁断の『魔女の呪い』を使うとは、その怒りの度合いが想像つくというもの…)


 胸中で怒るメイブとは裏腹に、ロッティは何か思うところがあるのか、無言で渋い表情を浮かべた。


「私の怪我は、”曲解の魔女”の魔法によって、私の攻撃が跳ね返されてついたものでした。我々の攻撃は全て跳ね返されてしまい、近寄ることさえ無理だった…」


 レオンは複雑な感情を滲ませた息をつく。端整な顔が悔しさに歪む。


「コンセプシオンは1000年以上を生きる魔女。”全てを曲げることのできる”固有魔法は強力だわ。人間の繰り出す攻撃なんて、彼女の前では児戯に等しいもの。あなたの負った深い傷は、魔法で倍返しされたのね…納得」


 傷の経緯が判って、ロッティは内心呆れてしまう。攻撃が返された場所が悪ければ、その場で命を落としていてもおかしくなかったのだ。


「本当に、運が良かったわね」

「はい」


 レオンの赤い髪を見つめながらロッティは小さく微笑んだ。


「…姫様は虫も殺せない程心優しいお方です。平和を尊ぶ国を象徴するに相応しいお世継ぎなのです。”曲解の魔女”のペットがどんなものか判りませんが、命をもてあそぶような真似をして、平然とできる方じゃない。

”癒しの魔女”殿、どうか我が国の姫をお救い下さい!お願いします!」


 レオンの顔をロッティは何も言わず見つめる。そして重いため息を一つついた。


「判ったわ。まずは王女様の容態を診てみましょう」

「おお、かたじけない!」

「ぴよぴよぴよお!」

訳:[ご主人様!なんと、なんとお優しいのでしょう。さすがはわたくしめのご主人様なのです!]


 メイブは飛び上がって喜んだ。


「それとあの…」

「うん?」

「改めてお礼を申し上げます。傷を治して下さり、ありがとうございました。招き入れてくれた森にも感謝します」


 真摯に礼を述べるレオンに、ロッティはドキッとしてちょっぴり赤面する。


「ど、どういたしましてっ」


(おや?ご主人様が照れた。…珍しいのです。好みの顔って言ってたから…イエイエ、ご主人様に限ってそれはナイナイ!)


 ロッティの挙動にちょっと感じるものがあったが、メイブは頭を振って否定した。


「服も直しておいたわ。準備ができたら出発しましょう。一刻を争うようだから、移動用魔法陣使って、速攻王都リベロウェルまでひとっ飛びするわよ」

「はい。ありがとうございます!」

「ぴよ!」

訳:[ご主人様とお出かけ♪]

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