第17話 合理的


「ん、あれは……」


 六日目の朝。朝食を済ませたばかりの僕と千影が、狩りをするために塔の外へ出ようとしたときだった。


 入り口付近にて、壁を背にしてパーティー募集のチャットを立てている人物を見かけたんだ。見た目はどこにでもいるような、普通な感じの男の人だ。


 その服装はというと、毛皮の襟首、素肌にレザーベストといったもろに【盗賊】っぽいもので、チャットにもそう書いてある。


「千影、またあの人がチャットを立ててるね」


「ふわ……? うむ。懲りない男なのだろう」


 千影が大きな欠伸をしつつ、あまり興味もなさそうに素っ気なく言う。


 あの人、初日からずっと同じチャットを立ててるから特に目立ってるんだ。どんなチャットかっていうと、『パーティー募集中。どんな人たちでも歓迎。盗みが得意な【盗賊】、在籍中』という極シンプルな内容。


「チャットは別に普通の内容なのに、誰からも拾われないのは妙だよね」


「……果たしてそうだろうか? 実は拾われたが、役立たずだからと追放されたのかもしれん」


「……あー、それはあるかも……」


 じゃないとまともに生活なんてできないだろうしね。水はタダで飲めるけど、魔石がないと食料は購入できないから。


「主よ、あの男に興味があるのか? だとすれば、その理由も教えるがよい。もしも人間特有の同情とやらで誰かを仲間にしようと思うのならやめておいたほうがよいぞ。本当に必要だと思う者を仲間にすべきだ」


「……千影って、結構合理的だよね」


「主のためを思うからこそ、だ」


「なるほど……」


 千影の言ってることは概ね間違ってないと思う。同情で誰かを拾ったとしても、自分たちは元より、結局その人のためにはならないような気がするから。


 ただ、僕が彼に興味を持っているのは、独りぼっちだから可哀想っていうよりも単純にその能力に対してだった。


「理由ならちゃんとあるよ」


「ふむ、それはなんなのだ?」


「【盗賊】だから盗むことが上手なのは当たり前に見えて、実はそうじゃないかもしれない。【テイマー】の僕が一般モンスターじゃなくてボスモンスターしかテイムできないように、実は盗みが凄く得意な【盗賊】は珍しいかもしれないんだ」


「……なるほど。それは確かにそうやもしれん」


「もし本当に彼が盗むのが抜群に上手だというなら、仲間にすることで今よりずっと魔石が溜まりやすくなるかもしれないよね」


「うむ」


 もちろん、仲間にするのであれば彼に望むのはそれだけじゃない。得手不得手はあるかもだけど、【盗賊】ならマッピングができるだろうし、索敵だってできるはず。後者に関しては千影でもできるけど、そこまで範囲は広くないみたいだし。


 あの人を仲間にすることのデメリットについてはわからないけど、メリットについては容易に想像することができた。


 ただ、もちろん気になる点もある。【盗賊】は様々な役割をこなすことができて需要があるはずなのに、なんで毎日パーティーを募集する必要があるんだろうって。


 特に盗みに秀でてるっていうなら、どこかの固定パーティーの枠にすんなり収まっててもおかしくないだけに、そこら辺がとても気懸りだった。


「もしかするとだな……あの男、物凄く性格が悪いのかもしれんぞ」


「う……脅かさないでよ」


「主よ、それくらいのことは想定しておくべきだ。あの三人組にいじめられていたのであろう? それならば猶更」


「た、確かに……」


 千影の言うように、あの男の人は性格に難があるのか、あるいは集団に馴染めないっていう理由で募集チャットを毎日立てざるを得なくなってるのかもしれない。


 一見すると良い人そうに見えても、仲間にしたあとで豹変していじめてくるような人だったら嫌だしなあ。実際、【黄金の牙】パーティーの拓司たちがそうだったっていう前例もあるわけだし。


「そうだ、千影。お試しで声をかけてみるっていうのはどうかな?」


「ふむ、お試しとは?」


「つまりさ、正式な仲間にするかどうかは、しばらく行動を共にしてから決めるんだよ。それならわざわざパーティーを作らなくてもいいし、あとからやっぱりごめんって言っても後腐れしなくて済むわけだし」


「……なるほど。それならばいいやもしれん」


 千影も承諾してくれたことだし、この作戦でいくとしよう。【盗賊】がいたら便利だと思うし、仮の仲間にしている間だけでも魔石を盗めたら魔剣交換用の100個が少しでも近づくかもってことで、僕は声をかけてみることにする。


「……」


「主よ、どうした?」


「ちょ、ちょっとタンマ……」


「ふむ」


 っていうか、チャットに入られたことはあるけど、入ったことは一度もないからさすがに緊張するなあ。


「ねえ千影、僕の代わりにあのチャットに入ってくれる?」


「ノー」


「即答!? って、なんで英語……」


「我は人間の代わりにはならん。あくまでもボスモンスターなのだ」


「そんなこと言って、ラーメン好きなくせして」


「む……そ、それはそれ、これはこれだ! とにかく、主はコミュニケーション能力を高める良い機会だと思うぞ!?」


「はあ……」


 なんか勢いで上手くごまかされてしまった……。中身がボスモンスターなだけあって、本当に主人の言うことを聞いてくれない従魔だ。


 でも、よくよく考えれば千影の言う通りかも。相手がどういう人であれ、交流すること自体が良い経験だと思うことにする。よし、腹は決まった。

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