第13話 表と裏


『皆さん、どうか聞いてください。本日、非常に悲しい出来事がありました……』


「あ……」


 僕とシャドウが二階のフロアを何気なく歩いていると、アナウンスが聞こえてきた。そのよく通る透き通った声には聞き覚えがある。あれは多分、召喚者の少女リーフによるものだ。


「非常に悲しい出来事? 何があったんだろう?」


「ふむ。ラーメンでも床に落としたか?」


「多分……いや、それは絶対違うと思う!」


 周りのみんながそうしてるように、僕たちも二階から一階を見下ろしてみると、兵士たちに抱えられてどこかへ連れられて行く人の姿が。


 どうやら一階のフロアで何か事件が発生したらしい。それでリーフが注意喚起している様子。


『チャットを立てていた兵士を襲撃し、お店から食べ物を盗み出した人たちがいたのです。皆さんの安全と秩序を守るため、どうか万引きなどの犯罪行為には手を染めないでください。もし怪しい行動を見かけたら、すぐに兵士たちに知らせてください』


 リーフによる愁いを帯びた説明が終わると、周囲が俄かに騒々しくなってきた。おそらく、昨日ラーメンについて談笑してた兵士が襲われたっぽいね。


「千影。まったく、酷い話だね」


「主よ。どっちがだ?」


「え。そりゃ、万引きしたほうだよ」


「そうか。我にはそうは思えんが」


「えぇ……? どういうこと?」


「主にとっては、世界の塔の人間が完全な正義に見えるのか?」


「え、それは……うーん……そこまでは思わないけどね。ただ、ルールはちゃんと守らないといけないんじゃない?」


「フン、ルールか。よぉーし。我がやつらのを暴いてやる」


「ええ!? ま、まさか、千影、万引きするつもり?」


「断じて違う。主に迷惑はかけん。多分」


「いや、待ってよ。多分って……!」


 不敵な笑みとともに不穏な発言をするなり、シャドウは螺旋階段を駆け上がり始める。兵士たちのいる三階へ行くつもりだ。確かあそこは通行禁止になってるはず。


 その前に捕まえようと思って僕は慌てて追いかけるけど、スピードが違いすぎて追いつかない。さすが中身はボスモンスターのシャドウナイトだ。


「はぁ、はぁぁっ……」


 僕が息を切らしながらあ三階へ上がろうとするところには、複数の兵士たちが通行禁止というチャットを立てて封鎖していた。ダメだ、もう間に合わない。


 シャドウは既にそこを構わず走り抜けようとしてて、兵士たちが躍起になってそれを止めたところだった。


「おい待て、ここは通行禁止だぞ!」


「ん、通行禁止だと? それは何故だ?」


「何故って……それを部外者の貴様に言えるわけがないだろう!」


「ほう。言えないのか。ということは、余程都合が悪いようだな」


「いい加減にしろ! 貴様も牢に連行されたいのか!?」


「シャ、シャドウ――じゃなくて、千影、やめろって!」


 僕は慌てて千影の手を引っ張るけど、びくともしない。そうだった。パワーも段違いなんだった。


「おい小僧、貴様の連れか。二度とこのようなことをさせるなよ。さもなくば、貴様ごと牢屋へ連行するからな!?」


 こうして僕たちは兵士らにこっ酷く叱られ、睨まれながら二階へ降りる羽目になるのだった。千影が大人しく従ってくれたからよかったものの、一時はどうなることかと肝を冷やした……。


「……千影、なんであんなことしたの?」


「主よ、それしきのことでそう落ち込むな。あれを見たらわかるだろう。この塔は秘密ばかりだ。すなわち裏が多いということ」


「裏が多い?」


「うむ。物事には必ず裏と表があるが、一面を必死になって隠すようなやつには特に気をつけることだ。それはすなわち、表裏の差が激しいということだからな」


「……」


 シャドウの言葉には一理あるというか、本当によく考えてるなって感心するしかなかった。さすがボスモンスターで僕の従魔なだけある……。




■□■




 琉生たちが世界の塔の三階から追放された頃、とある三人組が宿から出て、二階のフロアを歩き始めたところだった。


「ったく、死にてえのかっての。あのめが、どこ行きやがった……」


 それは何故か憤慨した様子の六田啓弐と、恐縮した様子の村島崇、木谷源也による三人パーティーであった。


「まったくっす。佐藤のやつ、六田さんと付き合ってるってのに、見かけて声をかけたら逃げたんすよね。ふざけやがって」


「マジ、むかつくぜ。まさか、ボス以外に好きな男でもできたんじゃ……イダッ!?」


「おいコラア、木谷ィ、んなわけねえだろ。この俺を差し置いて彼氏なんか作るかよ。この世に俺以上の男はいねえんだから」


「そ、そりゃそうだ。完全同意! さすがボス! いよっ、男前! それに比べたら、琉生はゴミ屑当然!」


「バーカ、あんな生きる価値のねえカスと比べんな。あいつに関しちゃ、見つけたらタダじゃおかねえ。生きてるのを後悔するくらい、ズタズタのボロ雑巾にしてやんよ……」


 指の関節をポキポキと鳴らし、刺すように宙を睨んで腕を撫す六田。


 彼らは佐藤玲奈や倉沢琉生について愚痴や文句を言いつつ、その二人を血眼で探している最中だった。


「「「ん……?」」」


 まもなく、彼らは琉生が美少女と一緒に歩きながら談笑しているところを目撃する。


「る、琉生の野郎、異世界で彼女を作りやがったのか……」


「しかもあんな美人っすよ。ふざけてる。六田さん、やつを今すぐ潰しましょう!」


「もし事実ならありえねえ……。ボコボコにするくらいじゃ飽き足りねえくらいですぜ、ボス!」


「まあその気持ちはわかるが、とりあえず待てって、お前ら。俺に名案があんだよ」


「「名案……?」」


「いいから、ちょっと耳貸せや」


「「――おぉっ……!」」


 したり顔の六田の案を耳打ちで聞くやいなや、村島と木谷の顔がパッと明るくなるのであった。

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