第12話 ミステリアス


「……ど、どなたでしょうか……?」


 このように、僕が思わず敬語になっちゃうほどのが扉の向こう側に立っていた。


「むうぅ……」


 彼女は不満そうに腕組みをしつつ僕の顔をじっと見ている。


 一体誰なのこの人。どんなに思案を巡らせてもわかりそうにない……。


 少女の格好は【剣士】っぽくて、大剣を背中に担いでる。というか、銀色の長髪に赤い吊り目を見ればわかるように、どう見ても日本人じゃないよね……?


「まさか、忘れたのか? 酷い……」


「い、いや、本当に知らないし、人違いじゃ……?」


「それは絶対にありえない」


「ちょっ……!?」


 彼女が部屋に押し入ってきて、ドアをバタンと閉めたかと思うと、僕に触れるほど顔を近づけてきた。


「……主よ、我だ」


「……あ、主って、まさか……シャ、シャドウ……!?」


「シッ。主よ、ここでそんな大声を出せば、誰かに聞かれる可能性もある」


「あ……」


 僕はハッとなって口を押さえた。


 そうだ。確かに、いくら従魔とはいえ、ボスモンスターを連れてるのがバレたら、後々色々と面倒なことになるかも。


「もしかして、特殊能力の『変化』を使ったの?」


「そうだ。人間の姿になってみた」


「凄い。本当に人間みたいだ……」


「うむ。別によいが、べたべた触らぬほうがいい。世間的に見たらセクハラだから目立つぞ」


「ご、ごめん! つい……」


「というかだな。我はずっと主のそばにいられなかった。だから謝るのは我のほうだ」


「え、どういうこと?」


「実はな……昨晩、私は塔の中に入れなかった。ここは結界によってスキルを大きく制限されているせいか、私は影のまま塔の外に置き去りにされたのだ。しかもその状態で眠っていた」


「ありゃ……」


 つまり、シャドウは『影移動』を使った状態で寝てたから、塔の外に押し出された格好なのか。なるほどね。いくら呼びかけても返事がなかったのは、こういう経緯があったからなのか。


「といっても、従魔としてこのまま入るのは目立つゆえ、『変化』で我の思う美少女の姿に変身したあと、主が泊まっている部屋を探していたというわけだ」


「なんだか、すっごく面倒なことをさせちゃったみたいで、ごめんね……」


「かまわん。ただ、途中で何人かの男にしつこくパーティーに入らないかと勧誘され、中には部屋の中へ連れ込もうとするやつもいた」


「ええ……大丈夫だった?」


「うむ。死なない程度に叩きのめしておいた」


「ははっ……シャドウらしいや」


「しかし、やつらは何故ああも執拗に勧誘するのか」


「まあ、そんなに美少女なら当然かも」


「ふむ。美しいものほど棘があるからこそ、この姿を選んだというのに。人間の趣味というのはよくわからん」


「……」


 確かに美しいけど棘がありすぎ。


 僕たちはそれから、最後の魔石1個を消費して、カップラーメンを購入して部屋の中でシェアすることにした。


「どう? シャドウ、美味しい?」


「うむ……。これは中々いけるな。不思議な触感だ。程よい辛味も癖になる。ズズッ……」


 カレー味のラーメンを美味しそうに啜る美少女。その中身がボスモンスターのシャドウナイトだなんて、説明しても主人の僕以外誰も信じないだろう。


「ゴクッゴク……プハッ、ご馳走様」


「え、シャドウ。ラーメンの汁まで全部飲んじゃったの!?」


「うむ。美味しかった」


「ははっ……」


 ラーメンをあっさり平らげるシャドウに僕は笑うしかなかった。そのせいで自分はあんまり食べられなかったんだけど、満足してもらえたならそれでもいいや。あ、やっぱり僕のほうが主人に忠実な従魔みたい……。


 そのあと、僕はシャドウに人間名『光山千影みつやまちかげ』と名付けた。シャドウって呼ぶより、このほうが自然だからね。名前の由来は、光の山から千の影ができる、だ。それを説明したら、シャドウ――千影も気に入ってくれたみたいだからよかった。


 って、あれ……!?


 それまで僕らは部屋の中にいたはずが、気が付けば部屋の外の通路にいた。ドアを開けようとしても開かない。ん、ウィンドウが表示されてる。どれどれ……。


『あなたはここに宿泊する権利を既に失っています』


「……」


 なるほど。一定時間が経過して朝になったら、宿から自動的に弾き出される仕様なんだね。よくできてる。


 てなわけで、僕は従魔のシャドウと二人で塔内を散策することにした。なんだか体がだるくて、すぐに狩りに行くような気分じゃなかったんだ。


「……お、おい、あれ見ろよ。すげー美少女……」


「いいなあ。あんなに美人な彼女がいるなんて」


「綺麗……」


「ちぇっ、見せつけんなよ。チクショー」


 僕たちとすれ違った人たちはみんなこっちのほうを振り返ってきて、様々な声が飛んでくる。


 僕はそれがとても誇らしいと思う一方、彼女が従魔でボスだと知ったら、みんなどんな顔をするのやらと想像して楽しくなるのだった。


「シャドウ……じゃなくて、千影。これからどこ行こっか? ふわあ……」


 思わず欠伸が出てしまった。あんまり寝てないしなあ。


「主よ、そんなに眠いのか?」


「だって、千影が朝早くからドアをノックして起こしに来るから」


「すまんすまん」


「最初は遠慮してたのか静かにずっとノックしてたのに、途中からあんなに乱暴にしてきたからね」


「ん? 私は遠慮などせず、普通に扉を叩いていただけだが」


「え……?」


 そ、そういえば、最初のノック音はとても静かだったんだよね。じゃあ、あれって別の人物……?


 一体誰だったんだろう?


 ま、まさか、異世界にも亡霊がいるのかも。そう思うと、急に背筋が寒くなるのだった。シャドウナイトのほうがよっぽどミステリアスで怖いはずなのに……。

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