第11話 客人


「おおっ……」


 世界の塔の二階フロアにある宿。その個室に足を踏み入れた途端、僕は思わず驚きの声を漏らしていた。


 そこは誰が見ても快適だと思える空間だったからだ。


 へえぇ。思っていたよりずっと広いじゃないか。それに、なんでも揃ってる……。


 具体的には、テレビでしか見たことはないけどタワーマンションの一室くらいの広さで、ざっと見てもシャワー、トイレ、ソファ、テーブル、照明、ベッド付き。


 それだけじゃない。エアコンはないが似たようなものはあるのか室内の気温は一定に保たれ、ちゃんとドアには内側から鍵まで掛けられる。


 しかも向こう側の壁一面が窓になっており、その先にあるゆったりとしたスペースのベランダからは『フォレスティリア』の壮大な森林世界を優雅に見渡すことができた。


「すご……」


 月明かりと靄に包まれたその景色は、昼に見せてきた素の表情とはまた違って、鳥肌が立つような神秘的な一面を披露してくれた。


 こうした絶景を安全な場所からゆっくり見られるなんて、まるで異世界旅行でもしてるかのような気分だ。


「ふう……」


 シャワーを浴びてさっぱりしたあと、服を着た僕はソファに腰を下ろした。


「……」


 なるべく考えないようにしてたのに、リラックスしたせいか母さんや父さんの顔がふと脳裏に浮かぶ。


 二人とも、今頃元気にしてるかな? 息子が行方不明になったからって憔悴しきってたらどうしよう。僕が異世界にいるなんて思いもしないだろうしね。


 時間がそれなりに経過して、慣れてきた頃にホームシックになってる人は結構いると思う。最初は色々とありすぎて麻痺してたのか、僕も油断すると気が滅入りそうだ。それでも学校では毎日いじめられてたから、現実世界に帰りたいとまでは思わないけどね。


 というか、もしかしたら僕らの存在自体がなかったことにされてる可能性もある。そうでないなら神隠しに遭ったとかで大騒ぎになってそうだし、こんな大がかりな召喚が可能ならそれもありえそうだ。そういう風に考えると気持ちも少しは楽になってきた。


 それにしても、こんなに設備が整った広い部屋に、魔石1個だけで宿泊できるなんてね。


 魔石自体はカップラーメンと宿代で残り1個になっちゃったけど、明日からまた従魔のシャドウと一緒に狩りをして稼げばいいだけだ。


 そういえば、世界の塔の人たちは魔石をなんに使うんだろ?


 たとえば、塔の結界とか照明等のエネルギーの原動力とか……?


 初期装備と違って便利な武具も売ってるみたいだし、それらの材料にもなってるのかもしれない。


 まあいっか。そんなの考えてもわかりそうにないし、知ったところでしょうがないことだろうしね。


「シャドウ、まだ寝てるの?」


 僕は自分の影に向かって問いかけてみたけど、どれだけ待っても一向に返事はなかった。


 寝る前にちょっと会話しようかと思ってたのに、まだお休み中なのかな?


 あるいは、起きてるものの不機嫌状態で返事するのをためらってるのかも。それなら邪魔するのもなんだし、僕もそろそろ寝るとするか。


 ふかふかのベッドに横たわると、驚くほど一気に眠気が来た。異世界のベッドだし、もしかするとそういう催眠の効果があるのかもしれない。


「――う……?」


 トントンとドアを静かにノックする音がして、僕は目を覚ました。


 窓を見ればわかるけど、まだ薄暗い。早朝といったところか。ここには僕が一人で泊ってるわけで、どこかのパーティーの一員が別の部屋と間違ってノックしたっぽい。


 要するに勘違いってわけだ。なのでもうちょっと寝ようとしたら、ほどなくしてまたドアを叩く音が響いた。今度はかなり大きめのノック音だ。


 あー、なんなんだよもう。頭に来たせいか完全に目が覚めちゃったじゃないか。一体誰なんだ?


「あ……」


 もしかして、いじめっ子の六田たちに嗅ぎつけられた……? 想像もしたくなことだけど、僕がここに泊るところを目撃されてたのなら十分ありうる事態だ。


「ゴクリッ……」


 それ以降、相手も苛立ったのかドンドン、ドンドンと荒っぽいノック音が継続的に響いて、僕の高鳴る心臓のドクン、ドクンという音と重なっていた。


 ここまでしつこく乱暴にドアをノックしてくるってことは、あいつら以外には考えられない。


 というか、僕はなんでこんなに恐れてるんだ。ボスモンスターと戦う勇気があるのに、いじめっ子たちに立ち向かうのは無理って、そんなのあまりにも滑稽すぎるじゃないか。


「よーし……」


 僕は勢いよくベッドを下りてドアの前へ向かっていく。こうなったら、もう関係ないから絡んでくるなって堂々とあいつらの前で宣言してやろう。


 念のために従魔のシャドウが起きてからにしようかなと思ったけど、首を横に振って邪念を消し去った。これくらい一人でなんとかしないと、この慢性的なチキン病は一生根治できないだろうからね。


 そういうわけで、僕は鬼気迫る表情を作り出すと、思いっきりドアを開け放ってやった。


「もう関係ないから絡んで来るな……! って……!?」


 ドアの向こう側には、僕の予想の斜め上を行く、が立っていたのだった……。

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