第8話 特性
「う……うわあああぁぁっ……!」
僕は思い切って地面を蹴り、勢いよく駆け出していた。
後ろにいる拓司たちから歓声が上がるのを聞けばわかるように、僕が向かってるのはボスのいる方向だ。
突撃したその瞬間ボスの目が一層煌めき、迎え撃つかのように僕のほうへ迫ろうとしてくるがわかる。
こんなの怖いに決まってる。でももう、そういうのはとっくに通り越していた。全身の感覚がなくなったかのような、ふわっと宙に浮いてるみたいな感じがした。
無我の境地に近いかもしれない。今までの自分だったら絶対にできないような行動。
とはいえ、ボスと勇敢に戦って玉砕するつもりも、拓司たちの囮になるつもりもない。
もう一つの選択肢のほうを、僕は選ぶことにしたんだ。
ボスへ向かって駆け出した直後、【僧侶】の慎也から速度上昇のバフを貰えたのがわかった。
もしこれが逆方向、すなわちボスと反対側へと駆け出していたならバフを貰えなかっただろう。
それどころか【魔法使い】の唯の炎を背中に食らって炎上していたかもしれない。
もちろん、バフを貰ってからボスのほうへ行くと見せかけて引き返すという手もあるけど、それはどう考えても悪手だ。
何故なら、【盗賊】の奏子がそれを見越しているのか、僕の動きを注意深く様子を凝視してるので、彼女に足止めを食らってる間に殺される可能性が高い。
それに、スピードでは【剣士】の拓司のほうがずっと上だからいずれは追いつかれて殺されてしまう。
だから僕は全力で走った。
そして、揺らめく闇が目睫まで迫ろうかというところで、死に物狂いで体を仰け反らせた。
その結果、どうなったか?
影のモンスターは、その勢いのまま直進していった。つまり、拓司たちのほうに突っ込んでいったってわけだ。
ボスモンスターにとっては、単体より複数の獲物のほうが旨味があると思うだろう。いいぞ、狙い通りだ。
「に……逃げろおおおおっ! がっ……?」
叫声を発した拓司の首が地面を転がった刹那、背を向けようとした奏子、慎也の首がほぼ同時に飛んだ。
う、うえぇ……。それにしても、なんていかれたスピードなんだ……。
「へ……? う、嘘……? うごぉ……」
赤い線を首元に走らせた唯が呆然と呟いたのち、胴体を置き去りにした。唯が出していた火球が彼女自身の杖や服に引火し、おぞましい惨劇をこれでもかと明るく照らしつける。
「……はは、は……」
本当に恐ろしいときって、笑声が自然と飛び出ちゃうんだなって……。
【黄金の牙】の面々は、ボスモンスターによってあっという間に斬り伏せられてしまった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「うっ……!?」
ボスがけたたましい咆哮を上げたかと思うと、血の滴る黒い刃を振り上げ、僕のほうへ猛然と迫ってきた。
このままじゃ僕も殺される。もうダメだ――って、そんな気持ちじゃ本当に終わってしまう。
思えば、僕は幼少期の頃からずっと弱いままだった。それでも人をいじめていいっていう理由にはならないし、いじめるほうが100%悪いと思う。とはいっても、それをいつまでも引きずって前に進めないというなら、自分のほうにも問題があるように感じたんだ。
それは、視点を変えれば弱さを盾にしているといえるのかもしれない。
その根底にあるのは狡賢さだ。
だから、弱く見せるのも僕が嫌いな怜悧な人間といえる。
結局、同じだったってわけだね。僕が嫌いな、いじめを傍観している人間たちと。
だったら、死ぬときくらい弱さを言い訳にしない自分でいたい。たとえ虚勢でも構わない。
僕は目を瞑ろうとしたものの、思いとどまった。死んだとしても、それでもいい。最後の最後まで……死ぬ寸前まで、生き抜こうとする意志を、意地を見せてやるんだ――
「はあああっ……!」
僕は絶対に手放すものかと両手で剣を握りしめて影に向かっていく。
最初は相手のスピードがありすぎて無理だと思ったけど、徐々に目が慣れてきたのかギリギリで回避できるようになった。
とはいえ、あまりにも一方的すぎる戦い。それでもこっちが反撃する機会は稀にあり、その際は逆手でナイフを持ち、すれ違うようにして相手の体に命中させる感じだ。
【テイマー】でしかない僕がここまでやれるようになったのは、目が慣れたことに付随した観察力の賜物でもあった。もしかしたら、モンスターの特徴を把握しやすいっていう【テイマー】の隠れた特性のおかげでもあるのかもしれない。
このボスモンスター、最初の十秒間くらいの爆発力は凄まじいけど、思ったより体力がないのか長続きしない。そこから少しずつ速度も威力も落ちて行く感じだ。だから、あの爆発力を出すにはある程度休息する必要があると見ている。
つまり、最初の嵐のような猛攻を間一髪でもなんとか凌いでいれば、必ず反撃のチャンスが待ってるってわけだ。実際そうなってるしね。
「……はぁ、はぁ……」
このまま、少しずつでもやつの体力を削っていけば、いずれは倒せるかもしれない。その前に僕の体力や気力が持たないかもしれないけど。
「……面白い。思った通りだ。我が主人に相応しい」
「え……?」
しゃ、喋った……? っていうかこの声、どこかで聞いたことあると思ったら、幻聴だと思ってたやつだ。
「これ以上、お主と戦うつもりはない。我に従うようには命じないのか?」
「し、従うって……?」
「我はもうお主の力を認めている。従魔にするつもりがないのであれば、その手で殺めるがよい」
影のモンスターは僕の前で跪いていた。僕の従魔になってくれるってこと?
「……そ、それじゃあ、よろしく!」
「御意。我の名はシャドウナイト。お主を我が主人と認めよう」
『ボスモンスター、『シャドウナイト』を従魔にしました』
『【鑑定】スキル、【アイテムボックス】スキルを獲得しました』
「うあ……」
本当にボスモンスターを従魔にしちゃったのか。しかも倒したことになったのか、スキルも豪華そうなのを二つも獲得しちゃったし。まさか、これが僕の【テイマー】の真の特性だったなんてね……。
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