第7話 自己防衛
「……」
何かがおかしい。でも、それを口に出したくても言い出すことができない。
【黄金の牙】パーティーの一人として洞窟へと向かう中、僕はそんなもどかしさに苛まれていた。
この金縛りに遭ったかのような感覚、どこかで味わったことがあると思ったら、すぐにわかった。
そう、周りからの圧だ。悪意を持った連中から感じる独特の圧力。
いじめられるとデメリットしかないと思われがちだけど、決してそうじゃない。そうした嫌な空気を敏感に感じ取る能力が備わる。自己防衛能力は間違いなく上がる。
それと似たようなものを拓司たちから感じて、気づけば額から汗が零れ落ちていた。
彼らは一見親切で無害なパーティーに見えるけど、本当にそうなのだろうか?
今となったら、【黄金の牙】というパーティー名がフラグに思える。欲望のままに獲物を貪るモンスターの汚い牙を連想するからだ。
そう考えると段々と不安が募ってきて、世界の塔へ向かって逃げだしたくなる。でも、今からだとさすがにもう遅いか。
今にも漏れそうだって嘘をついて、その隙に全速力で逃げるっていう手もある。でもそれを提案したら僕が逃げようとしてるんだって勘付かれるかもしれない。
「琉生、怖いのか? 大丈夫だって」
「……あ、そ、そうですよね……」
パーティーリーダーの拓司が肩をポンポンと叩いてきて、僕は生きた心地がしなかった。
「リーダー、もうすぐ着くみたいだよ」
「おー、そうか。意外と早かったな」
マッピングの役割も兼ねる【盗賊】の奏子を先頭にして、僕たちはやがて大きな穴の開いた岩場まで辿り着いた。
こ、これが例の洞窟なのか……。
入口の大きさは縦横に10メートルくらいあって、まるで巨人の住処のようだ。
天井から突き出た氷柱を思わせる岩の数々がモンスターの牙のように見えてきて、僕の不安や恐怖心はデバフを受けたかの如く増幅するばかりだった。
でも、ここまで来たらもう引き返せないし、覚悟を決めるしかない。彼らと一緒に森へ入った時点でそれは決まってたことなのかもしれないけど。
『……ようやく来たか。待ち詫びたぞ……』
「う……?」
まただ。またあの変な声がどこからともなく聞こえてきた。でも、拓司たちは普通に歩いてる。ってことは、僕にだけ聞こえたってこと? 一体どうして……。
「はっ……」
【魔法使い】の唯の杖から火の玉が出て、洞窟内がパッと明るくなる。
というか、いつの間にか拓司たちが僕の周りを固めるかのように歩いていた。
これって、どう考えても逃げられないようにしてるよね?
僕が怖がっているから安心させようとしてるだけなのか。あるいは、逃げられないようにするためなのか……。
どっちにしろ、僕の抱いている猜疑心を露にはできない。
いざというときに逃げるためにも、仲間を疑っていると思わせてはいけない。
ただ単にモンスターのことを怖がっていると思わせたほうが得策だ。
「止まって。向こうからモンスターがうようよ来るよ!」
奏子が索敵した通り、やがて洞窟の奥から色んなモンスターが出てきた。
今までも登場してきたゴブリンやオーク、スライムはもちろん、蝙蝠やスケルトンなんかも。そいつらは一匹だけじゃなくて二匹同時で出てくることもあって、難易度は跳ね上がっていた。
それと、【黄金の牙】パーティーの雰囲気も今までとは明らかに違っていた。
会話がほとんどなくて、殺伐とした感じでひたすらモンスターを倒すだけの状態が続いていたんだ。
それだけならまだいい。
誰も僕にテイムなんかさせる気はないようで、それどころかこっちのほうを見向きすらしない。
まるで、もう僕には遠慮する必要なんて毛頭ない、とでも言いたげに。
そんなことが延々と続くうち、僕の疑惑は確信に変わっていった。
やっぱり、これは普通じゃない。
ボスなんて最初からいなかったっていう可能性も出てきた。拓司たちは初めからリンチ殺人が目的だった可能性さえある。
今すぐにでも逃げようかと思ったけど、真実を知ってからでも遅くはない。
それに、怖がって何もできないように思わせ、油断させてから全力で逃げたほうが効果がありそうだ。
……というか、僕ってこんなに冷静なキャラクターだっけ?
あの幻聴のような変な声を聞いてから、何故か落ち着きを取り戻せたような気がする……って、前方のほうから見えてきたあれは……人影?
いや、違う。近くに人はいない。
剣を持った影がそのまま切り離されて仁王立ちしているかのようなモンスターだ。
輪郭は炎の如く揺らめき、双眸のみが怪しく光を帯びていて、遠目からでもそれが普通のモンスターではないことが見て取れる。
じゃあ、拓司たちは本当にボスモンスターと戦うつもりだったのか。
「ほら、琉生。あたしと場所を代わりな」
「え、なんで……」
僕は先頭にいる【盗賊】の奏子から、立ち位置を入れ替わるように促された。
「はあ。琉生。お前、なんでここまで来たのかまったくわかってないみたいだな」
「た、拓司さん、どういうこと……? ボスと戦うんじゃ……?」
「戦うのはてめーだよ、キモ男」
悪態をついてきたのは、意外にも【魔法使い】の唯だった。
「ププッ……唯のその豹変ぶり、いつ見てもやばい」
【僧侶】の慎也が噴き出しつつ、蔑むような目を向けてきたので僕は胸を締め付けられる思いだった。遂に本性を露にしたのか。
「で、でも、戦うっていっても、僕は【テイマー】だから、前衛向きじゃないんだけど……」
「じゃあさ、陰キャの君に何ができんの? ねえ。それとも、ここで私たちに殺されたい? あんたが生き残る道はね、ボスに突っ込んで私たちの踏み台になるしかないのよ。わかる?」
「……」
なるほど。彼らはこうして誰かを囮にして、その間にボスを攻撃して倒そうとしてたのか。裏を返せば、それだけ強力なボスということになる。
「行かないっていうなら、無理矢理行かせてやる」
『【黄金の牙】パーティーから除名されました』
「はっ……」
リーダーの拓司から除名されてしまった。これで、僕はパーティーから袋叩きにされる条件が整ったってことだ。
「ナイスアシストッ、拓司。さー、慎也、魔力上昇のバフ頂戴」
「オーケー」
「くっ……!」
【僧侶】慎也のバフによって唯の杖の先の火球が拡大して、焼けつくような感じがした。パーティーメンバーから解除されたことで、洞窟を明るく照らすための炎が凶器に変わってしまったんだ。
「さあさあ、キモ男。ここで生きたまま燃やされて死ぬか、それとも一気に楽になるか、どっちにするうぅぅ!?」
「……」
狂気の笑みを浮かべた唯によって、僕は究極の選択を強いられる。苦しんで死ぬのはもちろん嫌だし、あっさりボスに殺されるのも嫌だ。
そんな絶望的な状況なのに、何故か僕は落ち着くことができていた。
これって……多分あれだ。
緊張が高まりすぎたせいか感覚が麻痺して、逆にプレッシャーを感じなくなってるのかもしれない。これも自己防衛の一種だろう。
僕はそれで冷静になれたおかげか、一つの打開策を見出していた。一か八か、この苦境を突破するには、おそらくあの方法しかない……。
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