第6話 違和感


 森の中へ入って僕が幻聴のような不思議な声を聞いてから、およそ数分後のことだった。


【黄金の牙】パーティーの先頭を歩いていた【盗賊】の奏子が、訝し気に首を傾げながら立ち止まった。


「……みんな、止まって。モンスターの気配がする。二匹いるよ。そのうち一匹は種類が違うし、遅れてこっちへ来るみたい」


 奏子が低めの声色でそう発したことで緊張感に包まれる。これはいわゆる【盗賊】特有の索敵ってやつだね。


「グギギ……」


「あ……」


 まもなく、前方の木陰から醜悪な生き物が現れた。あ、あれはゴブリンだ。


 緑色の肌で耳が異様に長く、手には血のついた剣が握られている。まさか、あれで誰かを殺したんだろうか。こ、怖い……。


「だから大丈夫だって、琉生。そこで見てて」


「う、うん」


「慎也、速度上昇のバフを頼む」


「了解」


「そらっ……!」


【僧侶】の慎也の支援を受けた【剣士】の拓司さんがまっすぐゴブリンのほうへ向かっていく。


 は、はや。まばたきした頃には、モンスターとすれ違いざまその首を刎ね飛ばしていた。


「グギャッ……!?」


「お、おおぉっ!」


 僕のものを含めて仲間からの歓声や拍手が上がり、モンスターの死骸が消えていく。


 慎也のバフも大きいんだろうけど、拓司は【剣士】なだけあって剣の振るスピードがとても速かったし、何より手慣れてる感じがした。


「チッ。魔石は出なかったか。まあいい。おっと、次のお客さんだ」


「ブヒイィッ……」


 今度はオークが出てきた。奏子の索敵通り、2匹目が遅れてやってきたってところか。筋肉粒々の豚人間で、両手には大きな斧が握られていた。


「慎也、私にも魔力上昇のバフをお願い!」


「了解」


 その直後、【魔法使い】の唯の杖の先にあった火球が巨大化し、モンスター目掛けて飛んでいった。


「ブヒャアアアッ!」


「やりい! 焼き豚の完成!」


 燃えながら消えていくモンスターを前に、小躍りして喜ぶ唯。


「……食べられたらいいのに」


 今の彼女の発言は聞こえなかったことにしとこう。おそらく豚系の味なんだろうけど、オークの肉なんて想像もしたくない。


 それにしてもみんな強いなあ……て、僕はまだなんにもしてないから気まずい。


「……な、琉生。これで安心したろ?」


「あ、は、はい!」


 彼らの実力を見て、僕は納得せざるを得なかった。短時間でこれだけスキルを生かせて、連携だって見とれるくらい上手くやれてる。


 なるほどね。だからこそ、いかにも頼りなさそうな僕を【テイマー】というだけで拾う余裕があったともいえるのか。


 ただ、好奇心もあったんだと思う。僕が役立たずだと判明すればすぐに考えを改めるんじゃないかな。だからこそ、そろそろ僕も良いところを見せておかないと……。


「あ、もう一匹来るよ」


 モンスターを二匹討伐したこともあって歩き出していたパーティーが、【盗賊】の奏子の発言で再び立ち止まった。


「それじゃ、次は琉生に任せるか」


「賛成っ」


「自分も同意」


「あたしも」


「えぇ……」


 拓司さんの提案に対して、唯も慎也も奏子も同意しちゃってる。


 でも、ここで僕が何もしないわけにもいかない。


 なんとか【テイマー】としての真価を見せないと……。




「モキュッ!」


「はぁ、はぁ……」


 スライムが飛び掛かってきたところで、僕はタイミングよく躱してナイフで仕留めた。でも、満足感は一切ない。


 確かに初めて戦闘を行ったし、【僧侶】の慎也の速度上昇のバフのおかげとはいえ、この手でスライムを倒すこともできた。


 でも、目的はそこじゃないんだ。


【テイマー】の僕に求められているのは、モンスターを従魔にすること。それがどうしても果たせなかった。


 セオリー通り、弱らせてから仲間になれと念じたつもりだけど、何も起きなかった。


 従魔にできそうだっていう空気感がなかったのも大きいのかもしれない。違うモンスターならテイムできたのかもしれないけど、それでも一発回答できなかった責任を痛感していた。


 周囲にしらけた空気感が蔓延したことで、僕はもうスライムを倒すしかなくなっていたんだ。その結果、雑魚が頑張ってスライムを倒しました、みたいな空気が漂ってしまったってわけだ。


 せめて、魔石でも出てくれば雰囲気は変わったかもしれないけど、まったく出ないので雰囲気は悪くなるばかりだった。


「み、みんなごめん。僕、役に立てないみたいだから、もうパーティーを抜けるよ」


「いや、大丈夫だよ、琉生。な、みんな?」


「そうですよ。気にしないでください、琉生」


「自分もそう思う。琉生は初めて戦うんだから仕方ない」


「あたしも同感。琉生、そんなの気にしなくていいよ」


「あ、ありがとう、みんな……」


 僕はお礼を言いつつも、内心は複雑だった。


 こんなに役立たずなら失望の色も少しは見せるはずなのに、それがまったく見られない。なんていうか、不自然なまでに寛容なので違和感がある。


「それより、琉生。俺たちこの近くで洞窟を見つけてるんだ。みんなで行ってみようか」


「洞窟……?」


「ああ、琉生。その洞窟の奥にさ、ボスモンスターっぽいのがいるらしいんだ」


「え、ええぇっ……!?」


「【盗賊】の奏子によるとな。遠目に鑑定したが、それが普通のモンスターと違って通用しなかったから可能性は高いってさ。もしボスなら、そいつを倒せればスキルをゲットできるはずだ」


「そ、そうなんだね……」


 洞窟ってだけでも怖いのに、ボスまでいるようなところへ行こうって……。リーダーの思わぬ発言に、僕は戸惑うばかりだった。このパーティー、積極的すぎてやっぱりなんか変だ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る