#6 エピローグ

 目が覚めると、そこはゆとりのテント脇に置いてあった椅子の上だった。


「良かったっす! 気がついたんすね!」


 私が起きたことに気付いたゆとりがガバっと抱き着いてきた。そのあまりの勢いに椅子ごと後ろにひっくり返ってしまう。


 ゆとりに覆いかぶさられるような体制。顔が近い。こうしてみると、ぱっちりとした目と幼さの残る丸っこい顔立ちがなかなか可愛らしい。ほんの少しだけ、ドキッとしてしまった。


 照れを隠すようにゆとりから顔を背けて、私は訊ねた。


「あの子は?」


「イザベルちゃんが気を失った後、すぐに目覚めたから、そのまま、あの子をお母さんを呼んで引き渡したっす」


「何があったか、聞いた?」


「私も気になったから尋ねてみたんすけど、どうも何があったのか、ちゃんと覚えてないみたいだったっす。なにか怖い目にあったことは覚えているようだったっすけど」


「なるほどね……」


 ゆとりの話を聞き、私は考えを巡らせる。


 マギカメイデンに襲われたことをはっきり覚えていないなんて……。マギカメイデンに捕らえている人間の記憶を消すような機能は無いはずだ。


 おそらく恐ろしい経験をしたトラウマでその時の記憶が抜け落ちたのだろう。人は大きな心理的なショックを受けた時、精神を守るため、その原因を忘れてしまうことがあると聞いたことがあるし。


 なんにせよ、覚えていないならそれに越したことは無い。下手に覚えられていて、魔道具や魔物の存在がこの世界の人間にバレたら厄介なことになるだろうし……。


 と、そこまで考えてから気づいた。


 いや、もうすでに知ってしまっている人間がいるな……。


「……わかっていると思うけど、あんたもこの事は誰にも話しちゃダメよ。出来ることなら忘れなさい」


「嫌っす!」


「は? こんなこと、誰かに知られたら……」


「誰にも話しちゃダメなことはもちろんわかっているっす。でも、忘れるのは嫌っす! こんな面白い体験」


 私は唖然としてしまった。


 自分から魔物と戦おうとしたり、魔物と遭遇したことを面白い体験と言ったり……この子、やっぱりちょっと頭の具合がおかしな子なのかもしれない。


 はあっと、私は溜息をついた。


「……じゃあ、忘れなくてもいいわ。でも、絶対に」


「わかってるっす。誰にも言わないっすよ。まあ、誰かに教えてあげても誰も信じてくれなさそうっすけど」


 そう微笑むゆとりと目が合う。可愛らしい笑顔だ。顔が近いせいで、妙にドキドキする。私はもう一度、息を吐き出す。


「……というか、いつまであんたは私の上に覆いかぶさっているつもりなのかしら?」


「ああ。そういえば、そうだったっすね」


 ゆとりは私の上から退くと、私が起き上がりやすいように手を貸してくれた。


 立ち上がった私は、伸びをしてから、ゆとりに告げる。


「じゃあ、私はそろそろ行くわ」


「え? 行くって、どこにっすか?」


「次の魔道具や魔物を探しによ。言ったでしょ。私はそういうモノをどうにかするためにこの世界に来たんだって」


 せっかく知り合えたゆとりと別れるのは、少しばかり名残惜しい。けれど、これから始まる旅の中で何度も経験するはずだ。慣れておかないと。


「じゃあね」


 別れを告げて立ち去ろうと歩き出そうとした時だった。


「ちょっと待つっす!」


 ゆとりが私の腕をつかんで引き留めてきた。


「何?」


「私にもイザベルちゃんの手伝いをさせて欲しいっす!」


「は?」


 私は目が点になってしまった。


「私、自分がこれだって思える面白いことをずっと探しているんす。イザベルちゃんと一緒にさっきの魔物と戦った時にこれだって思って……だから、私にも手伝わせて欲しいんす!」


「……あのね、さっきのは特別。だいたいあいつと戦う前に言ったけどこれは遊びじゃないの。命懸けのことなの。面白そうなんて理由で首を突っ込まれたら迷惑なだけ」


「私は面白いことのためなら、命だってかけるっすよ。今の退屈な日常にずっといる方が、息が詰まって死んじゃいそうっすもん」


 ゆとりは真っ直ぐに私を見据えて、そう言ってのけた。その言葉に嘘は無いと感じさせるような眼をしていた。


 でも、やっぱり現地の人間を巻き込むわけにはいかない。


 そう私が告げるより先に、ゆとりが言葉を続ける。


「だいたい、また今回みたいなことがあったらどうするつもりなんすか? そういう時のためにも、私はいた方がいいと思うっすよ? 戦闘要員として」


「それは……」


 私は言葉を詰まらせた。


 この世界では、私は魔法を連発できない。そのため、本来魔法を主力として戦う私にとって、魔道具や魔物との戦闘は実際相当困難なモノになるだろう。そんな時、魔法による強化は必要なものの、身一つで敵と戦ってくれるゆとりがいたら心強いのは確かだ。


 というか、ゆとり、頭ファニーなくせに、自分を売り込むのが、なかなか上手だ。思わず感心してしまう。


 どうするべきか、少し悩んだ後、私は結論を出した。


「……わかったわ。あんたの言う通り、あんたがいた方が安心なのは事実よ。そこまで言うなら、たっぷりこき使ってやるから覚悟しなさい」


 そう告げると、ゆとりはぱあっと顔を輝かせ、私に抱き着いてきた。


「これからよろしくっす! イザベルちゃん!」


「ああ。うん。よろしく」


 全身にゆとりの温もりを感じながら、私はまた大きな息を吐き出す。


 やっぱり、魔道具や魔物をこの世界の人間に知られたら、厄介なことになった。


 でも、不思議とそこまで嫌というわけでもない。


 ゆとりたっての希望なのだ。せいぜい私の罪滅ぼしに付き合ってもらおう。


 こうして、私の日本で第二の人生が幕を開けたのだった。

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罪滅ぼしとして、異世界に不法投棄された魔道具を回収する話 風使いオリリン@風折リンゼ @kazetukai142

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