#4 捜索
「――じゃあ、イザベルちゃんは異世界から来た人で、その目的はこの世界に潜んでいる魔法の道具や魔物の退治ってことっすか?」
「まあ、そういうことよ」
「はぁ……」
口をぽかんと開けたまま、私のことをまじまじと眺めてくるゆとり。
ゆとりに自分のことを教えてほしいと言われた私は、どうしたものか少し考えた後、自らが置かれている状況を簡潔に説明したのだった。
「……いきなりこんな話を聞かされて、信じろっていう方が無理あるわよね。私がもし逆の立場だったら、絶対に信じないもの。でも」
「……すごいっす」
「は?」
「すごいっすよ! こんなことがあるんすね! 私、宇宙人とか未来人とか異世界人とか超能力者とか……そういう人にいつか会いたいと思ってたんすよ! まさか、こんなに突然夢が叶うなんて!」
「……」
私の言葉を遮り、子供のようにはしゃぎだしたゆとりの姿に、今度は私が言葉を失う番だった。やっぱり、この子、頭の具合がファニーなことになっているようだ。
「……自分で言っておいてなんだけど、嘘だとは思わないわけ? 普通、信じないわよ。こんな話」
「んー、なんでかわからないっすけど、イザベルちゃんの顔を見たら本当なんだと思ったんすよ。それとも、嘘なんすか?」
「いや、嘘じゃないけど……」
「やっぱり。私には嘘じゃないってわかってたっすよ」
そう言って、ゆとりはなぜかドヤ顔を向けてきた。
私が言っているなら、本当。
なぜ出会ったばかりの私をそこまで信用できるのかわからない。
この子が将来詐欺師に騙されないか、思わず心配になってしまう。
「……うん。あんたはもう少し人を疑うことを覚えた方がよさそうね」
「どういうことっすか?」
ゆとりが心底わからないというように首を傾げる。
……もう、何も言うまい。
「そんなことより、イザベルちゃん。魔法がある世界にいたんすよね? イザベルちゃんは魔法使えたりするんすか?」
「ええ……まあ、魔法は得意な方だったけど」
おそらく、この話の流れ的に次に言われるのは……。
「本当っすか! じゃあ、見せて欲しいっす! 本物の魔法」
まあ、そうなるわよね……。
かつての私は、帝国随一の魔導士の名をほしいままにしていて、最期の時も三千匹程の魔物の群れを一人で殲滅できたくらい魔法の扱いに長けていた。
けれど、今の私は簡単な魔法を使うだけで、空腹で倒れてしまう有様。見世物感覚で、魔法を使える余裕は無いのだ。
「……悪いけど、今の私はそう簡単に魔法が使えないのよ。あんたと出会った場所で倒れていたのだって、魔法を使って魔力が切れちゃったせいだし」
「むぅ……それは残念っすね」
しょんぼりとするゆとり。その顔を見て、私はなぜか少しでも魔法を見せてあげたいという気持ちになった。なんでそんな気になったのかはわからない。
さっきから、ちょいちょいゆとりに対して変な気持ちになるのは何なのだろう。
「仕方ないわね……あんた、すぐに食べられそうな物を持ってる? 持っているなら私にくれるかしら」
「持ってるっすよ。チョコの大袋と一本満足バー。すぐに食べられるっていうと、これくらいっす……今、カレーヌードル食べたばかりなのに、もうお腹減ったんすか? 少し早いけど晩御飯にするっすか?」
「違うわよ。魔法を使った後の魔力回復に使うの」
「それって……」
ゆとりの目が星のようにキラキラと輝いた。
「見せてあげるわよ、魔法。すごく簡単な奴だけどね」
魔法を発動させようと目を閉じた時だった。
「あの、すいません」
突然、ゆとりとは別の若い女性の声が投げかけられた。目を開けて振り向くと、そこにはゆとりと似たような服装の女性がいた。
見たところ、二十代後半から三十代前半くらいの年だろうか。
どこか不安げな表情を浮かべている。
「この辺で、この子を見ませんでしたか?」
そう言って、女性は手のひらサイズで平べったい長方形のモノを差し出してきた。
そこには、十歳になるか、ならないかくらいの幼い少女の絵が映っていた。
……随分精巧な絵だな。本人の姿をそのまま板の上に写し取ったみたいだ。私の世界の画家にはここまでの絵を描く人はいなかった。
感心して見入ってしまったけれど、今はそれどころではない状況であろうことを察し、気を取り直して答えを返す。
「私は見てないわ。あんたは?」
「私も見てないっすね」
私達の返事を聞いて、女性はより表情を曇らせた。
「そうですか……。この子、私の娘なんですけど、散歩に行くって出ていったっきり全然帰ってこなくて。心配になって探しに来たんですけど、全然見つからなくて」
「それは心配っすね……私達も手伝うっすよ」
「本当ですか! ありがとうございます! もし見つかったら、この番号に連絡をお願いします」
女性が絵の描かれた板を指先でいじると、絵が消えて十一桁の番号が浮かび上がった。
ゆとりはその番号を確認すると、ポケットから女性が持っていた板と同じようなものを取り出して弄り始める。
……この世界の人間って、みんなこの板を持っているの? 何なの? この板。
「じゃあ、私は向こうを探して来るので」
ゆとりが板のようなものを弄り終わったことを確認した後、女性は娘探しに戻っていった。
「私たちも探すっすよ、イザベルちゃん!」
「……あんた、やっぱり変わっているわ。知らない人間をそんな簡単に助けようとするなんて」
「そうっすか? 困ってる人がいたら、知らない人だろうと助けてあげた方がいいと思うんすけど」
「そう思えることが変わっているのよ」
ゆとりが言っていることの方がきっと正しい。
困っている人がいたら助けるべきだと、私も思う。
けれど、まったく知らない人間が困っているのを見て、ノータイムで助ける判断を下せる人間はどれくらいいるのだろう。
「さて、あの人の娘を見つければいいのよね? 私の魔法でサクッと見つけてあげるわ。あんたに魔法も見せられるし、一石二鳥よね」
「出来るんすか?」
「ええ。まあ、見てなさい」
目を閉じて神経を集中させ、足元に魔法陣を展開する。
本当は陣の展開を省略して即座に魔法を使えるのだけど、それをすると魔力の消費が増えてしまう。
それに、こっちの方が魔法を使っている雰囲気が出る。ゆとりに見せてあげる意味も含めて、今回は省略無しだ。
「す……すごいっす! イザベルちゃんの足元に魔法陣が! 本物! 本物の魔法っす!」
ゆとりが興奮に満ちた声を上げる。
私からしてみれば、魔法なんてその辺にありふれていたモノだから、なんでそんなにテンションが上がるのかわからない。けれど、ゆとりに喜ばれるのは、悪くない気分だった。
「……――!」
呪文を唱えると、女性が持っていた板に写っていた少女の居場所が頭に浮かび上がった。
しかし、これは……。
「さっきの子の居場所がわかったわ。私達が出会った森の中よ。悪いけど、私はしばらく休憩しないと動けないから、あんたが迎えに行ってあげて」
「わかったっす!」
言うなり、ゆとりは勢いよく駆け出し――。
あっという間に、その姿は見えなくなった。
「……やっぱり、あなたはもう少し人を疑うことを覚えた方がいいわね」
ゆとりが十分離れたことを確認した後、私は貪るように大袋の中のチョコレートを口に放り込む。これで多少動けるくらいに魔力は回復した。
「調子はイマイチだけど、ギリギリ何とかなりそうね」
それから、机の上にあった一本満足バーとかいうお菓子を懐に入れる。
実を言うと、ゆとりには嘘の居場所を教えた。本当のことは教えられなかった。
なぜなら、さっきの女性の娘は、この世界にいるはずのない存在――つまりは魔物――に捕まっていたからだ。ゆとりに教えてもどうすることもできないだろう。
これは、私の役目なのだ。
この世界に紛れ込んだ魔道具や魔物をどうにかするために、私はここに来た。
「必ず私が助けるわ……」
そう決意を呟き、私はゆとりに教えた方向とは逆へと走り出した。
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