#3 カレーヌードルを食べた
ゆとりと出会って五分程。彼女の背の上で揺られているうちに、私たちはゆとりのテントにたどり着いた。
テントの脇に置いてあった折り畳み式の椅子の上に降ろされる。
「お腹空いてるんすよね? 今準備するから、ちょっと待つっすよ」
「うん。悪いわね」
椅子の背もたれに全ての体重を預け、溶けたようにだらしなく座った。
ろくに動けないので、目の前にあるテントをなんとなく観察してみる。
私の世界のテントは厚めの布に溶かした蝋を塗り込んだものを使っていて、ごわっとした質感だけど、ゆとりのテントは薄くやや光沢があり、さらっとした質感だ。
こっちの世界のテントは、私の世界のテントと比べて脆く見える。これで長旅は難しいんじゃないだろうか。
「……ねえ、ゆとりはどこに行くところなの?」
私の質問に、ゆとりはケトルでお湯を沸かしながら首を傾げる。
「ん? えっと、どういう意味っすか?」
「ここにテントを張ってキャンプしてるってことは、旅の途中なんでしょ?」
「別に旅なんてしてないすよ。まあ、強いて言うならこのキャンプ場に来るまでが旅ってことになるんすかね。片道二、三十分くらいっすけど」
「短っ! というか、何? キャンプする為にここに来たってこと? やっぱり、あんた変わってるわね」
「変わってるっすかね? 普通だと思うんすけど……というか、イザベルちゃんもキャンプする為にここに来たんじゃないんすか?」
ゆとりは、何を言ってるんだとでもいうように苦笑した。いや、その反応はおかしい。私のリアクションじゃないの、それ。
遠くに行くわけでもないのに、キャンプだけしに来る奴なんて相当な変人しかいないと思うんだけど。
それとも、この世界はキャンプが娯楽にでもなっているのだろうか。
「それに変わってるっていうなら、イザベルちゃんの方っすよ。そんな魔法使いのローブみたいな服でキャンプにくるなんて。コスプレキャンプイベントとかでもない限り、そうそういないっすよ」
「こすぷれ? 何言ってるかよくわからないけど、こんな格好なんてその辺にいるでしょ? 私からすれば、あなたが着てる服の方が変わってるわよ」
「カーディガンとジーンズを着てる人なんて、それこそそこら中にあふれてるじゃないっすか」
ゆとりの言葉に再び言い返そうとした時だった。
ぐぎゅるるるるるるる。
私の腹の虫が、一際大きく鳴いた。
「ははっ、ずいぶん大きなお腹の音っすね。そんなにお腹が減ってるんすか」
「うるさいわね。その通りよ」
と、今度はケトルからしゅんしゅんと音が鳴り出す。
「お湯が沸けたっす。あとはこれを……」
ゆとりはカバンから封がされたカップを取り出した。
そのふたを半分だけはがして、中にお湯を注ぎ込むと、もう一度、ふたを閉じる。
ふたの隙間から、スパイスのような香りがふわっと漂ってきた。
「イザベルちゃんの国にカップ麺ってあったんすか?」
「いや。初めて聞くわ」
「じゃあ、今日はイザベルちゃんのカップ麺記念日っすね。あと三分で出来上がるから、もうちょっと待ってるっすよ」
ゆとりはそう言って無垢なほほ笑みを向けてきた。
その笑顔に、なぜか私は再びもにょっとした気持ちになった。
それから、三分後。
「はい。カレーヌードルの完成っす。熱いから気をつけて食べるっすよ」
ゆとりが出来上がったカップ麺と二本の短い棒を差し出してきた。
カップから漂うスパイシーな香りがただでさえ高まっている私の食欲を一層刺激する。すぐにでも口の中に掻きこみたいところ。
なのだけれど――。
「……これ、どうやって食べればいいの? この二本の棒を使うっていうのは、なんとなくわかるんだけど」
「ああ。イザベルちゃん、箸を使ったことが無いんすね。初めてだと難しいだろうから、こっちを使うといいっす」
そう言って、ゆとりがフォークを渡してくれた。
これなら、私にも使い方がわかる。
気を取り直し、カップ麺を口の中に流し込む。
「熱っ!」
「気をつけてって言ったじゃないっすか」
あまりにも勢いよく行き過ぎて、口の中をやけどしそうになる。
ゆとりが苦笑しながら、水を出してくれた。
水を飲み、あらためてカップ麺を味わう。
口いっぱいに広がる刺激的な香り。
程よく口内を刺激する、ピリッとした辛さ。
するっと口の中に入っていく、ドロッとしたスープにコーティングされた細麺。
その麺の食感に程よいアクセントを加える芋やひき肉のような何か……。
端的に言うと、めちゃくちゃ美味しい。
空腹による補正もいくらかあるのかもしれないけれど、今まで食べたことが無い程だ。
こんなものを、お湯を入れて三分待つだけで出来るなんて……。
この世界も、なかなかやるわね。
一人、大きく頷いていると、
「カップ麺をそこまで美味しそうに食べる人なんて、初めて見たっす。やっぱり、イザベルちゃんは変わってるっすね」
ゆとりがそう言って、微笑みかけてきた。
「……そうね。私は変わっているかもしれないわね」
お腹が満たされたことで少し冷静さを取り戻した私は、ゆとりの言葉に首肯する。
この世界は、私のいた世界とは何もかも違うのだ。この世界の事を元いた世界の物差しで測れるわけが無い。
国ごとに常識とされる事が異なるように、世界ごとにも常識は違うのは当然のことだ。
ここの常識に照らし合わせると、多分おかしいのは私の方なのだ。
「ええ……急にどうしちゃったんすか。もしかして、そのカップ麺に変なものが入ってたとか?」
「違うわよ。食事をしたおかげでちゃんと頭が働くようになったってだけ……カップ麺、ありがとう。何かお礼をさせてちょうだい。今の私にできる限りのことはするわ」
例え世界が変わっても、恩を受けたら返すべきということは変わらないはずだ。
そういうことは、きちんとしておきたい。
「お礼なんて別にいいっすよ」
「それじゃあ、私の気が収まらないわ」
「うーん。そうっすね……」
ゆとりは眉を寄せて、考える素振りを見せた後、手をポンとついた。
何か思いついたようだ。
「じゃあ、私と一緒にここでキャンプして欲しいっす」
「は? そんなことでいいの?」
「実は面白そうだと思って、アニメのキャラクターみたいにソロキャンプしてたんすけど、どうも私の性に合わないみたいで。ちょうど、誰か話し相手が欲しいと思ってたところだったんすよ。どうっすか?」
「それでお礼になるなら構わないけど……やっぱり、あんた変わってるわ。話し相手が欲しいからって、こんな見ず知らずの行き倒れと一緒に過ごそうだなんて」
私の言葉に、ゆとりはきょとんとした顔になる。
「何言ってるんすか。見ず知らずだなんて。私達はもう友達じゃないっすか」
今度は私がきょとんとする番だった。
「友達? 私とあんたが?」
「ええ。それ以外に誰がいるんすか」
「……」
ゆとりと話していると忘れそうになるけれど、私は罪を滅ぼす為にこの世界に来た。
言わば、罪人だ。
そんな私が、この世界と友達になるなんてあってはいけないと思う。
それなのに、一瞬、頬が緩んでしまった。
自らの頬をペチペチと叩き、気を張りなおす。
「あんたと私が友達かどうかは置いておくとして、礼は尽くすわ。話し相手って何をすればいいの?」
「じゃあ、まずはイザベルちゃんのこと、色々聞かせてもらうっす。根掘り葉掘り」
なぜか指先をワキワキとさせながら、ゆとりが笑みを浮かべた。
「……お手柔らかに頼むわ」
そんな訳で、私はもうしばらくの間、ゆとりと過ごすことになったのだった。
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