第15話
15話 ないしょの話
「いっぱい買い物しましたね……」
「ああ」
慧英がややムキになって買った衣類や装飾品や化粧品はちょっとした山のようになっていた。そこに紫芳と陽梅が戻って来た。
「宿を見つけましたよ。あら、すごい買い物。持ちきれるかしら……」
陽梅もその小山を見て驚きの声を上げる。
「ははは、この紫芳にお任せください」
紫芳は驚く陽梅の横をすり抜けて、荷物を持った。普通なら重くて持ちきれないだろう量を軽々と。それを見て陽梅が歓声をあげる。
「あら、すごいすごい」
「どうだ、陽梅。龍人の強靱さがわかったか」
そう得意気になって紫芳は先に宿へと歩き出した。その後ろ姿を見ながら陽梅は萌麗にそっとささやいた。
「荷物がなくてらくちんですね。紫芳の使い方がわかってきました」
「陽梅……」
ちゃっかり荷物を全部紫芳に持たせたの陽梅はあきれ顔の萌麗にぺろりと舌を出した。
「あんまりからかってはだめよ、仲良くね」
「はあい。では、萌麗様、慧英様、宿にご案内いたします」
陽梅は悪びれずにそう言って、二人を先導した。
「え、では私も市場に行ってこいと?」
「ええ。この際だから陽梅も着替えとか揃えてらっしゃい」
宿に着くと萌麗は陽梅にそう命じた。すると慧英も頷く。
「ほら駄賃だ。紫芳! 女一人では心配だからついていきなさい」
「ええ……」
「紫芳」
「……はい。おい、陽梅待てって」
紫芳は慧英に低い声でたしなめられて紫芳はぶすっとしながらも陽梅の後を追った。
「これで仲良くなりますね」
「どうだかなぁ」
二人を買い物に行かせたのは萌麗の考えだった。一緒に行動すれば少しは息も合うようになるだろうと萌麗は考えているのだが、慧英はそううまくいくものだろうか、と懐疑的だ。
「逆に心配だ」
「まあ、ゆっくり待ちましょう」
萌麗は居間の長椅子に腰掛けると宿の人が用意してくれたお茶を飲んだ。慧英も茶碗を手にその横に座る。
「……紫芳はまだ幼いのだ。すまないな」
「いえ。彼は主人である慧英様に気に入って貰いたいだけなのでしょう。わかっていますよ」
「ああ。任務が無事終わればあれはもしかしたら龍への昇格が縮まるかもしれんのだ。この旅を命じられてから、紫芳は人界の事をずっと調べていた」
「まあ、熱心なのね」
「……まあな」
実直な紫芳と機転の利く陽梅。うまく嚙み合わさればいい相棒になると思うのだが。そう萌麗がぼんやりと考えていると、慧英が萌麗の肩に頭を乗せた。
「あ、あの……」
決して嫌ではない。が、ちょっと距離が近すぎるのでは無いかと萌麗は慌てた。
「慧英様?」
いきなりどうしたのだろうとその顔を覗き混んで、萌麗は息を飲んだ。その顔色は青白くうっすらと汗をかいている。
「どうしました!?」
「すまん、また地上の食べ物を口にしすぎたようだ……胃が……」
「へ……あ、ああ!」
そういえばさっきの料理屋ではちまきをおかわりまでしていた。確かはじめに出会った時もそれで具合を悪くしていたのを萌麗は思い出す。
「萌麗……すまない、どこかで花を……」
「えっと……あ、そうだ」
萌麗は胸元の小袋に入れて下げていた慧英の鱗を握りしめた。これがあれば花仙の力が出せるという。萌麗は持っていた茶碗をテーブルに置いて、念じた。
「菊よ、咲きなさい」
すると、茶碗の中身が振動してそこから芽が出る。そしてするすると茎が伸び、葉が開き、花が咲いた。一輪の大ぶりな花弁の白菊である。
「さあ、慧英様」
「ありがとう……」
慧英は萌麗から手渡された白菊を口にした。そしてごくりと飲み込んで、ふうと息を吐いた。
「……ああ、助かった」
「ごめんなさい。気が付かなくて……」
「いや、俺も忘れていた。うまいからと言って食べ過ぎは良くないな」
慧英はちょっとバツが悪そうに頭を掻く。
「に、しても萌麗。見事な花だった」
「ありがとうございます。何処にでも草木をはやせるみたいですね」
「ああ、工夫すれば身を守ることも誰かを助けることもできるだろう」
「ええ……とりあえず慧英様をお助けできてよかったです」
萌麗はにっこりと微笑んで、慧英から貰った鱗を見つめた。
***
「どこまでついてくる気?」
「慧英様の命令だ。どこまでもさ」
一方、陽梅と紫芳は市場にいた。
「だったら荷物持ちくらいしてくれない?」
「それは命令されていない」
着替え用の古着をいくつか買った陽梅は、それを紫芳に持たせようとしたが、紫芳はツンと横を向いた。
「そーう。じゃあ私はそこで売ってる山査子の飴を食べるけど見てるといいわ」
「えーっ、それは無いよ」
「じゃあ荷物持って」
「……わかった」
陽梅は屋台に行くと山査子飴を二本買って来た。
「そこに座って食べましょ」
そして屋台の横の長椅子に座る。紫芳もその横で飴を受け取りぱくりと食べた。
「くう……酸っぱい。でも甘い」
「私、これが好きなの。久し振りだわ」
陽梅も飴にかじり付いた。
「はあ、美味しい」
「何買ったんだ?」
「少し厚手の服を何枚か。日に日に冬らしくなってくるし北方はきっと寒いでしょ? 紫芳は上着とか買わなくていいの?」
「僕は人間より暑さ寒さに強いけど……上着を着てないと目立つだろうか」
「そうかもね」
「なるほど……」
紫芳は懐から帳面を出すとそこに上着と書きこんだ。
「あなたイチイチ書いているの?」
「ああ……僕は従者だから。慧英様より人間界の事に詳しくないと」
「……ふーん」
陽梅はかしゅと飴をまた一口食べた。
「どうして、慧英様の従者になったの?」
「天帝様の言いつけで龍人の中から選ばれたんだ。父母も喜んでくれたからな、頑張らないと。お前こそ、なんであの冴えない公主の女官をしてるんだ?」
紫芳の問いかけに、陽梅は少し迷った後ぼそりと答えた。
「……誰もやりたがらなかったから」
「……そうか」
「萌麗様は聡明でいい人なのに、みんながバカにするのよ。オカシイじゃない。だから私ぐらいはそばに居てあげたいって思って……あ、これは萌麗様にはないしょよ?」
「ああ、黙っとく」
「……」
「……」
二人は無言で山査子飴を平らげた。陽梅はこの生真面目な紫芳に少し手加減してやろうと考え、紫芳は案外苦労性な陽梅にもうちょっと優しくしてやってもいいかな、と考えた。
「あの……」
「紫芳、そろそろ帰らない?」
「あ、う、うん」
お互い、少し言いたい事を残しつつ、二人は荷物を持って宿に帰った。
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