第14話
14話 グルメにショッピング
「馬車を置いてまいりました!」
「ちまきが絶品だというお店を見つけてまいりました!」
紫芳と陽梅が戻ったのは同時だった。
「うん、ご苦労。では昼食といこう」
四人は町の入り口から陽梅の見つけてきた料理屋に向けて歩き出した。頃合いよくお腹も減っている。
「ちまきは好物です」
そう言う萌麗は少し嬉しそうだ。そんな萌麗に慧英は首をかしげながら聞いた。
「ちまきとはどんな食べ物だ?」
「あら、天界にはないのですか? 竹の皮で具とお米を蒸したものです」
萌麗は慧英にそう説明した。すると慧英は感心したように言う。
「ほう、美味そうだな。人界の料理は工夫があっていいな」
「そうですかね?」
「ああ、天界の食べ物はどれも味がいいのだが、そのせいかあまり調理に手間をかけない。……人界は面白いな」
萌麗にはその面白いという感覚はよく分からなかったが、自分達の世界のことを褒められるのはなんだか嬉しかった。
「あそこです」
しばらく歩いて、陽梅が指し示したのは先日の料理屋とは違って大きく立派な店構えだった。
「ここのご主人は屋台のちまき売りから一代でここまでお店を大きくしたのだとか」
「へぇ……きっと美味しいのね」
四人は料理屋に入り、また適当にお薦めを頼んだ。もちろん名物のちまきも忘れずに頼む。
「うわー、美味しそう」
まず運ばれてきたのは茸と豚肉の壺蒸しの湯だった。
「うーん、滋養が付きそうですね」
萌麗が一口すすると、具材の旨味が閉じ込められた芳醇な味わいが口いっぱいに広がった。
「臭み消しのショウガは体を温めるといいます」
このところ曇りがちの少し寒い気候が続いている。萌麗はそう言って慧英の椀にお代わりをよそった。
「ありがとう」
続いて、焼売や餃子などの蒸し物、それから麺が出てきた。どれも料理人の仕事の行き届いた味わい深い一品だった。
「さて、当店の名物のちまきをどうぞ」
そうして運ばれて来たのはやや小ぶりのものにコロコロとした肉とタケノコの具がたっぷりと詰まったものだった。
「ああ、竹のいい香り」
萌麗は包みを開いて、ふくよかなその香りを嗅いだ。
「これは手の込んだ料理だ」
慧英も萌麗の手つきを真似て包みを開く。その横で紫芳が一足早くちまきにかぶりついた。
「はふっ……、もちもちして美味い!」
「紫芳、意地汚いですね。あむ、美味しい!」
陽梅も紫芳の行儀にケチをつけながらちまきを食べた。その美味しさにお説教も止まる。萌麗はそんな二人に苦笑しながら、自分もぱくりとちまきを口にした。
「まあ、この肉の味付け、どうやってるのかしら……」
甘辛く味付けされた肉の調理方法は巧みで臭みが一切ない。萌麗はここの店主なら皇宮の厨に勤められるだろうと思った。
「うまいな、もう一つ貰おうか」
「ええ」
慧英も気に入ったようだ。追加のちまきを頼んだ。
「ふー、お腹いっぱい」
評判の料理をひたすら食べた四人は大満足で店を出た。
「それでは馬車に戻りましょう」
萌麗がそう声をかけ、町の出口に向かおうとするとその手を慧英が掴んだ。
「萌麗、少し市場を見てみないか?」
「え?」
「買い物をしよう」
「そんな……先を急がねば……」
「あら、萌麗様。いいじゃありませんか。少なくとも着替えはもう少し要ると思いますよ」
「だろう。ほら陽梅もこう言っている。よし、今日はこの町に泊まろう。紫芳!陽梅! 宿を取ってきてくれ」
「かしこまりました」
「ちょっと待って……」
萌麗の制止を聞かず、紫芳と陽梅が我先にと駆けだして行く。
「慧英様ったら……」
萌麗は一日でも早く宝珠を集めて、皇帝を救いたいのだ。寄り道をしている場合ではないのではない。そんな萌麗の耳元に慧英は囁いた。
「萌麗、我々は商人のふりをしているのだ。売り物も無しにこの先、北の地方に向かうのは不自然ではないかな?」
「それは、『太白』を使って品物をだせば良いのでは」
「……なかなか言うな」
慧英はちょっとあきれたように首をすくめた。そして萌麗の眉間を抑えた。
「……ずっとこんなところに皺を寄せていると痕になるぞ」
「慧英様……ちょっ……」
萌麗が嫌がって身をよじると、慧英は愉快そうに笑った。
「……慌てて都を発ったのだ。なにかと足りないものもあるだろう。それに俺も人界の町を見て見たいからな。付き合え、萌麗」
「もう……」
慧英の強引な口調に萌麗は抵抗を諦めた。と、同時に慧英が以前言ったように萌麗に外の世界を楽しませようとしてくれているのでは、と気付いた。
「……慧英様」
「ん?」
「あ、ありがとうございます」
「ふふふ」
萌麗がそう言うと、慧英はようやく真意が伝わったかとにこっと笑う。
「さ、市場にいってみようか」
「はい……」
先に立って歩き出した慧英のあとを萌麗は付いて歩く。町の市場まではさほど離れていなかった。
「ほう、人が沢山だ」
「南の街はもっと大きかったですから、きっと商人が逃げ出していなけばこれ以上に栄えていたんでしょうね」
「ああ。……しばらくすればまたあの街も栄えるだろう」
「そうですね。良かったですね」
にこにこと笑顔を振りまく萌麗を慧英はじっと見た。萌麗の他人の為に心を尽くす姿勢はきっと美徳なのだろう。だけど、慧英にはそれにしたって自分を疎かにしているように映る。つい、どうにかしてやりたいという気持ちが湧く。
「そんなことより買い物だ。ほら、このかんざしは?」
「この間立派なものを戴きましたよ」
「普段使いのものがいるだろう。よし、これとこれ……これも似合うな。おい、包んでくれ」
いちいち聞けば遠慮が帰ってくるとわかっている慧英は景気よくかんざしを買った。するとその様子を見て、あちこちの店から声がかかる。
「どうだい、これ古着だけど上等なものだよ」
「よし、貰おう。いくつか広げてくれ」
「紅はいかが」
「買おう」
「おやつに干し果物はどうですか。甘くて美味しいよ」
「よし、萌麗どれがいい?」
「ちょっと慧英様……」
さすがにポンポンと買いすぎだ、と萌麗が口を挟もうとすると慧英は萌麗の顔を見て首を振った。
「萌麗、昨日のおとりのお礼だ。もっと我が儘を言っていいんだ。他に欲しいものはないか?」
「お礼と言うならなら陽梅にも……あ」
「なんだ、欲しいものがあったか」
「あの毛皮の上着、北方に行くなら必要じゃないですかね?」
「あ、ああ……そうだな。確かに萌麗の言う通りだが……」
そう答えながら慧英は上手く行かないな、もどかしい気持ちでと頬をかいた。
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