第13話
13話 北方へ出発
翌朝、朝食を終えると萌麗たちは宿を出た。預けていた馬車を紫芳が引いてくる。その顔はなぜかにやにやしている。
「紫芳、どうしたのだ」
慧英がそう聞くと、紫芳は得意顔でスッと紙を取りだした。
「ここから北方の地理を聞いて参りました。ほれ、この通り。陽梅の出番はありませんね」
それを聞いた慧英と萌麗は顔を見合わせ、ちらりと陽梅を見た。しかし、陽梅は済ました顔をして突きつけられた紙を見ている。
「何かと思えば……あなたは半分龍ではなくて半分お猿さんなのではないですか?」
「なっ!?」
「私は行商人に行きの道とは違う北へ向かう新道を聞いて参りました。こちらの方が北への近道だそうですよ。ほほほ」
「ぐっ……」
言葉を詰まらせた紫芳は振り向いて慧英を見つめる。見つめられた慧英はこほんと咳払いをして言葉を発した。
「陽梅の道の方を採用しよう」
「なぜですか!」
「来た道は宝珠が反応しなかった。別の道を通った方がいい」
「ぐぬぬぬ……」
至極真っ当な理由に紫芳の顔は怒りやら悔しさやらで真っ赤になって口ごもった。
「ふふふ、また一本とったわ」
「陽梅、駄目よ。喧嘩は」
代わりににやっと笑ってそう言った陽梅を萌麗はたしなめる。そして、この二人はなんでまたこうも相性が悪いのだろうか、とため息をついた。
「と、とにかく北にしゅっぱーつ!」
しかたなく萌麗は険悪な空気を追い出そうと、精一杯明るい声を出した。
馬車は北へ向かう新道を走って行く。道中、特にすることもない萌麗は寝不足もあってやがてうとうとと眠りだした。そんな萌麗の肩に陽梅は上着をかぶせる。
「こんな揺れの中でよく眠れますねぇ……」
「まあ、寝かせてやろう。昨夜は色々あったし萌麗は少し疲れたのだろう」
「ええ、そうですね」
そう頷いた陽梅に、慧英は紫芳の書いた地図を広げて聞いた。
「ところでこの国の北はどんな地だ?」
「北には大河が流れています」
「河か……北に大河、南に山……なるほど」
「そうです、稀国は北の河、南の山脈、東の海に囲まれて天然の要塞となっているのです。だから他国はよっぽどのことが無い限り、こちらに攻め込むのは困難なのです」
「詳しいな」
「私の父は土木を担当する文官の官吏なのです。小さい頃から兄とともによくそんな話をされました」
慧英が陽梅の博識を褒めると、陽梅は少し恥ずかしそうに頬をかきながら答えた。
「兄がいるのか」
「ええ。……ですから萌麗様のお立場が余計に気の毒に感じます」
陽梅はそう言ってため息を吐いて馬車の外に視線を移した。
「……萌麗の立場とはどのようなものなのだ」
「え? えーと……」
唐突にそう聞かれた陽梅は少し動揺した。この慧英にどこまで話していいものか。
「母上が亡くなられて実家もありませんので……慎ましく隠れるようにして暮らしてまいりました。後ろ盾のない萌麗様のお立場は後宮では不安定なものです」
「……そうか」
慧英はそんな陽梅の様子を見てそれ以上は聞かなかった。そんな間にも馬車は進む。やがてまばらに人家が見えてきたところで、御者をしていた紫芳が振り返った。
「もうすぐ町です。ここらで腹ごしらえといきましょう」
「そうだな、ほら萌麗。そろそろ目を覚まそう」
紫芳の声に頷いて、慧英は萌麗を優しく揺り起こした。
「ん……あにうえ……」
「兄上ではないよ、萌麗」
「ひゃっ、慧英様!」
寝ぼけた萌麗が兄を呼ぶのを、慧英は苦笑しながら訂正した。それですっかり目を覚ました萌麗は顔を真っ赤にして頭を下げた。
「し、失礼しました……」
「もうすぐ町につく。昼食にしよう」
「はい……」
紫芳が馬車を止めると、途端に陽梅が町に飛び出していった。
「いい店見つけてきます!」
「ああっ、待て! 僕も……」
続いて飛び出して行こうとする紫芳の肩を、慧英は叩いた。
「これこれ、馬車を放って置くつもりか。店は陽梅に任せなさい」
「うう……」
そう主人からたしなめられて、それでも悔しそうな紫芳に萌麗は微笑みながらその手をとった。
「紫芳はずっと御者をしていたのだもの。ここは休まないと」
「は、はい……」
紫芳は思わず萌麗に見とれ、はっとなってふるふると首を振る。
「ば、馬車を預けてきます! またウロウロしないでくださいよ!」
そう言って紫芳は顔を赤らめながら馬車を預けにいった。
「……どうして仲良くできないのかしら」
「まったくだ」
萌麗がふうと息を吐くと、慧英も苦笑いをする。
「あ、ところでどうです、宝珠の反応は」
「何もないな。もっと北方に行かなければならないだろう」
「北……ですか。今は反乱軍がおこって治安が乱れていると聞きます……」
「……反乱、か」
「重税の為に人心が乱れているのです。申し訳ありません」
萌麗は皇太后の圧政の為に起こった反乱を、慧英に詫びた。一応身内のしたことであるし、と。
「別に萌麗の所為ではない。気に病むな。まあ気を付けていこう」
慧英はそう言って首を振った。そして少しばかり眉を下げ、そんな萌麗に言う。
「そなたは……そのもっと己の事を考えた方がいい」
「私ですか……?」
「いつも他人に心を砕いてばかりではないか。よく考えて見ろ、はじめて後宮を出て町を歩いているのだ。もっと楽しめば良い」
「……楽しむ、ですか」
「そうだ。
そう言われて萌麗はきょとんとした顔をしてしまった。この旅は宝珠を探す為の旅であって観光ではない。
「でも……」
「萌麗はもっと笑ったほうがいいぞ」
「そ、そうですか」
慧英にそう言われて、萌麗はどうしたらいいかわからず手をもじもじといじった。別にいつもふくれつらをしているつもりはないけれど、何がいけなかったかしら、と思いながら。
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