囚われ

@ashleynovels

第1話(完結)

彼に初めて会ったのは、寒い1月の夜のことだった。


この街がよく似合う古風なコートにビンテージのネックレス、柔らかい髪に優しげな瞳。


会って数分で、私は彼の視線のやり方に引き寄せられた。彼の方を何気なく見遣ると、彼はその透き通るようなブラウンの瞳を必ず合わせてくる。この感覚はなんとも不思議だった。


紗良は、その関係を周囲の人全てに宣言するかのように、彼の手をずっと握っている。彼はそのわざとらしさに気づかないかのように、表情を崩さない。その瞳は、義務感と倫理観に縛られているように見えた。


「お腹空いたから、まずGreggsにでも行かない?」

紗良がそう言い、私たち3人は冷たい空気に包まれた夜の街をその方向に向かって歩いた。店のほとんどは閉まっていたが、パブやレストランだけは賑やかで、そこに集う人たちは、彼の堅い表情とは裏腹に朗らかな笑顔を浮かべていた。


店に着くと、彼は紗良が選んだクッキーと、自分用のピザを買う。紗良は当たり前かのように、その様子を眺めていた。私はその傍でクッキーを1つ買った。


私たちは店の近くのベンチに座った。紙袋からそっとクッキーを取り出す。初めて食べるGreggsのクッキーは、予想外に甘くなくて美味しかった。紗良も気に入った様子で食べている。

「ねえ、ティッシュ取って」

紗良が彼にねだり、彼はティッシュを手渡す。ちらりと見ると、彼は相変わらずの表情をしていた。


「なんでもやってくれるからいいの」

紗良と彼の様子を見て、紗良がかつて私に語ったことを思い出した。

「絶対に私に合わせてくれる。返信も早いし。あとおしゃれだし、経済学専攻なんだよ。将来も安定してる」

私はその話を軽く受け流した。正直あまり興味がなかった。それの何が魅力的なのかわからなかったからだ。紗良から聞く彼の話は、あまりにも浅く聞こえた。


今になって、なんだか悔しかった。全然興味のなかった彼に、一目見ただけで、これほどまでに惹かれているとは。


彼の瞳や表情を見ると、無性に苦しくなった。誰か、彼に自由を与えてくれる人はいなかったんだろうか。ずっとこうやって、周りの人の表情を窺い、誰かの望みを満たすことしか、認めてもらう術がなかったのだろうか。


私と彼はほとんど同時に食べ終わった。ベンチの近くにはゴミ箱があり、彼はそれに目をやった。私はその仕草だけで、彼が次に何をしようとするかわかった。


彼は案の定、座っている私と私が抱える紙袋に目をやり、手を差し出してきた。

「捨ててくるよ」

小さな声。私は差し出された彼の手を見つめた。


私には何もできない。彼はほとんど他人同然だ。しかも、友達のパートナーである以上、私は親しくなることすら許される立場にない。それでも私は、どうしても彼の鎖を切りたかった。少なくとも、小さな罅くらい、入れたかった。


行動を起こすまでの数秒は、永遠のようにも感じられた。私は何も言わず、彼の手に握られていたパッケージのゴミを取った。あまりに予想外のことだったのだろう、案外彼の手に力は入っていなかった。


彼は少し驚きの声をあげたが、私はそれを無視して立ち上がり、ゴミ箱に自分と彼のゴミを捨てた。


その様子を見て、紗良は私の名前を呼んで大声で笑い出した。

「相変わらず気が強いなあ」

やっぱり紗良には、見えていないんだろう。


彼は戸惑いの表情を私に向けていた。あたかもこれが人生で初めてだったかのように。


彼にも見えていないのかもしれない。でも、私の行動がふたりにどう捉えられていようと、どうでもよかった。私は、めったに出会えないような一瞬で心を奪われた人を、ただ自分勝手に救いたかった。

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