クリスマスイブの約束
第18話
12月に入るといよいよ街は本格的にクリスマスモードとなっていく。菜々子が勤務している商業施設も、1階のメインロビーには大きなクリスマスツリーが飾られていて、その側にあるベンチには子供や恋人などに渡すプレゼントを購入したと思われる人々が一休みしている。その表情は皆明るく幸せそうだ。
「菜々子、ラッピングもう一つお願い」
「はーい! じゃあ1回私がやるので見ててくださいね」
「はいっ!」
レディースファッションフロアの雑貨店。菜々子達がいるこの店も、10代・20代の女性客を中心に混み合っている。レジで客を捌いているマユからラッピング希望の商品を受け取った菜々子は、入って数日の新人アルバイトを横に付けてラッピングのお手本を見せる。
「この時に箱と折り目のラインが綺麗に揃うように注意してね。そうしたら箱を転がしながら中に折り込みます。包装紙に弛みがないか確認して……あとは同じようにして、最後に1箇所だけテープで止めて完成です。じゃあ次のは佐々木さんがやってみようか?」
「わかりました!」
「いらっしゃいませー、どうぞご覧ください!」
笑顔で店内の客に声を掛けつつ、従業員の様子もチェックする。活気のある店内の雰囲気に、菜々子は満足気な表情を見せた。
ファッション雑貨店なので、店内は女性の友達同士でのプレゼント交換用の品を求めている人ばかりだが、その中に周囲の人の目を気にしながらも、商品を見定めている若い男性客がいた。しばらくするとその男性客がそそくさと菜々子の元へ寄って来た。
「すみません、彼女へのプレゼントで探しているものがあって……」
「あ、はい。お伺い致します!」
高校生だと言うその男性客は、彼女が好きなキャラクターグッズの詰め合わせをプレゼントしたいようで、女子が貰って喜ぶのはどういう商品か、絵柄の種類は他にあるか等の質問を菜々子に投げかけた。菜々子はそれに対し、女性視点で実用的なグッズをいくつか提案する。結果男子高校生は彼女の推しキャラクターのポーチ、前髪留めのピン、小さい鏡の3点セットに決め、レジに進んだ。
「ありがとうございます、助かりました」
「いえいえ、またお越しくださいね!」
シャイな笑顔を見せる男子高校生。丁寧にお礼して去っていくのを見て、菜々子は微笑ましく思った。まだ学生なので高価なものは買えない中、どうすれば彼女が喜ぶプレゼントを用意出来るか悩み、女性客だらけの雑貨店に勇気を出して入ったのではと想像すると応援したくなるものだ。折角なら彼女にプレゼント選びのセンスが良いと思ってもらいたい。そう考え、菜々子も彼に寄り添って接客をしたのだ。そして彼からの感謝の言葉が、販売の仕事が好きな理由を思い出させてくれる。
「戻りました。代わりますんで店長休憩行ってください」
「ありがとう、よろしくね」
お昼休憩が終わったレギュラーアルバイトの従業員に声を掛けられ、菜々子はようやく自分の休憩を迎えることにした。時刻は14時を過ぎていたので、かなり遅い昼食である。休憩室で1人弁当を突いていると、小休憩で来た夕羅に声を掛けられた。
「菜々子、今お昼? 遅くない?」
「うん。結構忙しくて。混んでる中で新人研修もしてるから」
「ハードだね。体調とか大丈夫?」
「全然平気だよ。今は忙しい方が楽しく感じるし。……寧ろ、このまま仕事でクリスマス通り越したいぐらい」
菜々子は思わず本音を口にした。
数日前、浩司からクリスマスイブを一緒に過ごそうと誘われていた。正直あまり気が進まず、イブ当日も仕事が終わる時間が読めないため、無理して会わなくても良いのではないかと意見した。だが浩司は珍しく粘る様子を見せ、菜々子の仕事終わりを待つからと言い張ったのである。ならばと菜々子は本心を知られぬよう笑顔を作り、イブ当日に会う約束をしてしまったのだ。
「彼氏はその後どうなの?」
「うん……あの時言った浩司が改めるべき点? それについてはちゃんとしてるとは思う。でも私と夕羅さんのことはやっぱり疑ってると思うし、なんていうか……怖いんだよね。変に執着されてるように感じる」
「モラハラ的なことはされてない?」
夕羅が心配そうな目で菜々子を見つめる。先日の飲み会の帰り際に突如大絶叫告白をしてからというもの、気持ち良いぐらいストレートな愛情表現が多くなった夕羅。かつて恋愛はしない主義でビジュアルが好みの
「そういうのはないよ。ただ、あまりにも模範的な態度取られるから不気味っていうか……」
「模範的な態度?」
「これでもかってぐらい気遣いが出来る男風になってるし、前みたいな論破癖も無くなってる。心を入れ替えた様に見えるけど、自分らしさを消して『女性が思う理想の男』を演じてる感じがするんだよね」
「ふーん。それは確かに気持ち悪いね」
「でしょ? なんかこっちも緊張しちゃって逆に疲れるんだよね……ぶっちゃけ仕事してたり1人でいる方が楽だな、って」
話しながら弁当を食べ終わり、菜々子は深く溜息を吐いた。そんな様子を見て夕羅は菜々子の手を取り、語りかける。
「ねぇ菜々子。あの時……一旦許して様子を見るって自分で言っちゃったから、その言葉に責任を持つために一緒にいるんじゃない? アイツと」
「え……」
菜々子はハッとした。まさにその通りだと思ったからだ。
とっくに浩司から心は離れているのに。昔のような男性依存ではなくなり、自分なりの幸福な生き方を見つけられたはずなのに。それでも何故、浩司との関係を終わらせる選択をしないのか謎だった。
あの日自分は浩司に不満の全てをぶつけ、浩司は謝罪を口にしながら時にたじろぎ、それに対して感情的になる夕羅を眼の当たりにした。事態の収拾を図るためでもあった、あの時の“一旦許す”という言葉が自分に呪いをかけたのだ。その呪いによって“クリスマスイブは恋人と過ごさなくてはいけない”という更なる呪いを生み出している。
「良い子でいようとしなくていいんだよ、菜々子。どうでもよくなった男と一緒にいる時間を作るなんて勿体無いと思わない? もっと我儘に、自分のために行動していいんだって」
夕羅の言葉に、存在に、何度助けられたことだろう。そこでようやく菜々子は決心することが出来た。
「ありがとう、夕羅さん。……私、浩司に別れたいって言おうと思う。クリスマスイブに。どうせなら一番最悪なタイミングでフって、めちゃくちゃ後悔させてやる」
「ふふ……いいじゃん、すんげー悪女」
夕羅がそう言うと、2人は顔を見合わせて笑った。
人によってはなんて性格が悪い女なんだと思われるかもしれない。結局別れを切り出すのならあの話し合いの時に切り出せば良かったじゃないか、なんて非難されそうだ。……だから何だ。良いじゃないか、性格悪くて。大体誰に非難されるというのか。想像上の他人にどう見られるかを気にするよりも自分の幸せをもっと考えよう。
気持ち良いぐらいに開き直った菜々子は、仕事で疲れているはずの身体がいつもより軽くなったように感じていた。
クリスマスイブ。浩司は菜々子との待ち合わせ場所に早めに来ていた。埋立地の中にある巨大なショッピングモールで、ここは毎年この時期になると大きなクリスマスツリーとイルミネーションが出現する。そしてクリスマスツリー付近はデート中のカップルがそれなりに集まっていた。
浩司がいるのはそこから少し離れた場所にある歩道橋で、遠目にはなるがクリスマスツリーとイルミネーションを
「うーん、私イブも仕事あって終わる時間読めないし……無理してイブ当日に会わなくても良いんじゃない?」
イブデートを提案した日。菜々子がやんわりと共に過ごすことを拒否している雰囲気を感じ取り、浩司は不愉快になった。付き合って初めて迎えるクリスマスイベントだと言うのに何なんだ、この可愛げの無い反応は。あらゆるイベントの中でも一番楽しみにするもんじゃないのか、女ならば。……と、ドス黒い感情が芽生えたが、それを押さえ込んで紳士的に返答する。
「だったら菜々子の仕事が終わるまで待つよ。俺の方が終わるの早いし、菜々子はサービス業なんだから仕方ないもんな」
「でも、遅くなり過ぎたらご飯食べるところも少なくなってくるだろうし……予定立てるのも大変じゃない?」
「それはなんとでもなるよ。イブに会うことが大事なんだから」
イブに会うことが大事……。そう。仕事の終わり時間が読めないだとか、食事をする店が見つからないかもしれないだとか、そんなことはどうだって良い。イブに菜々子に会い、この日の為に準備したプレゼントを渡せれば、浩司はそれで良いのだ。
浩司が用意したプレゼント……それは、撮り溜めた菜々子達の隠し撮り写真である。スマホで撮ったものをわざわざコピー機で印刷し、それを可愛い箱に詰めてあるのだ。箱を開けるまでは中身がこんな
撮り溜めた写真には決して自分と一緒にいる時には見ることが出来ないような表情の菜々子、女友達だとは思えない接し方をしている夕羅が写っているのは勿論のこと、ミッキーの存在も突き止め、彼の仕事場や出入りしているゲイバーまで撮ってあるのだった。この時点で浩司は菜々子達の“普通ではない関係”について確信を持っていた。愛の形は自由だと世間では叫ばれているが、浩司からすれば夕羅やミッキーは“異常者”であり、そんな彼らに感化された菜々子も“異常者予備軍”なのである。
だがあくまで菜々子は予備軍だ。未知の世界に足を踏み入れて間もない頃はのめり込むもので、今がその時期なだけ。元からの異常者と違い、何かきっかけを与えれば目が醒めることだってあるだろう。だからチャンスを与えるのだ。証拠写真を突きつけ、本当にここに写る異常者達と同じ道を歩けるのか、と問いたい。異常者の仲間入りを選択するならばこっ酷く捨ててやろう。だがもし冷静になって、自分と同じ正常な人間として生きていくことを望むのなら……許しを乞え。そしてもう二度と自分に不快な思いをさせないように改心しろ。それこそ、今度はこっちが改心したか見極めてやる。生意気な態度を取った仕返しだ。
「ニヤニヤしてんじゃねーよ、気色悪い」
恨みと、この後の展開の妄想で歪んだ笑みを浮かべていた浩司に誰かが声を掛けた。浩司がハッとして振り向くと、そこにはなんと夕羅がいるではないか。
「……なんで、夕羅さんがここに?」
「どうでも良いでしょ。それより手に持ってるそれ、何?」
浩司の手に載るプレゼントボックスを指差す夕羅と、沈黙したまま考えを巡らせている浩司。
忙しく働いている間にこんなことが起きているとは、菜々子は当然知る由も無い。
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