本性

第12話

「ごめん、菜々子ちょっと……一旦休憩しない?」

「何、浩司。もうバテてんの? まだ2つしか乗ってないのに」


 ちょうど良いところにベンチを見つけた浩司は菜々子に声をかける。菜々子は立ち止まって話を聞くが納得がいかない。今日のデートは浩司にとって“償い”なのだから、多少無理をしてでも彼女を楽しませようとする姿を見せて欲しいところだ。

 現在菜々子と浩司がいるところはテーマパークである。先日菜々子に無理矢理パチンコに付き合わせたお詫びとして、今度は菜々子が希望するデートプランにすると約束したのだった。


 菜々子と浩司の年の差は4つだが、意外にも4つでもジェネレーションギャップは生じるものである。小さい頃に見ていたアニメや学生時代に流行っていた音楽も違ってくるし、20代前半の菜々子にとってテーマパークは楽しくてついついはしゃいでしまう場所だが、一方で20代後半、普段デスクワークがメインの浩司にとってはかなりハードな遊び方のようだ。


「言ってなかったんだけどさ……俺、そんな高い所得意じゃないんだ」

「そうなんだ。じゃあいいよ、ちょっと休憩して」


 本当は今日はずっと自分が主導権を握ったまま文句を言わせないつもりで考えていた菜々子だったが、流石に無理して絶叫モノに乗ったのであればそれはそれで可哀想だ。そう思い、渋々休憩を許した。


「元気だね菜々子。やっぱこういうとこ好きなんだ」

「元気だねって……まだアトラクション2つだよ? 待ち時間もあるし、パレードの時間も決まってるんだから効率良く回らないと」

「いやわかるけどさ。俺菜々子よりはオジサンなんだからちょっとは手加減してよ」

「やだ。今日は私が満足するように過ごすって決めてるの。さ、シナモンチュロス食べたいから隣のエリアまで歩くよ」


 そうは言いつつも、菜々子はなるべく浩司に負担がかからないよう途中休憩を挟んだり、ハードなアトラクションを避けたり気遣いをしながらこの日のテーマパークデートを楽しんだ。浩司も午前中はヒーヒー言っていたが、1日中パーク内で過ごしていくうちになんだかんだ楽しんでいる様子だったので、決して独りよがりなデートではなかったことに菜々子は内心ホッとしたのだった。

 結局閉園の時間まで居たので、あとはもう家に帰るぐらいの時間しかなく、テーマパークからの距離が比較的近い浩司の家に菜々子は泊まることにした。浩司が住んでいる場所の最寄駅に辿り着いたのは23時頃だったのだが、改札口付近に差し掛かると、そこに2人が知っている人物が待ち構えていた。


「よぅ、浩司」


 慎也だった。どうやら自分達……というよりは浩司に用があって待ち伏せしていたような雰囲気である。慎也の顔を見るなり、菜々子は自分の顔が強張るのを感じた。折角1日楽しく過ごせていたというのに、何故気に入らない人間と遭遇することになるのか……。


「びっくりしたぁ。慎也、なんでこんなとこにいるんだよ」

「いやー、ここで待ってたらお前に会えるかなって」

「キモいこと言うなよ、要件言ってみ?」


 浩司にはなんとなく慎也の“要件”が予想出来ているような、そんな口振りだ。それに対し慎也も嫌な笑みを浮かべ、明るい口調で答える。


「金貸して欲しいんだ、とりあえず3万」

「だろうと思った。スロットか、競艇か?」

「いやまぁそれのせいでもあるんだけどさー、支払い滞納し過ぎて多分もうすぐ携帯止められる」

「マジかよ、ウケる」


 そんなやり取りをしつつ、浩司はヘラヘラ笑いながら自分の財布から1万円札を3枚取り出し、慎也に渡す。菜々子はこの一連の流れを目の当たりにしても尚、何が面白くて浩司が笑っているのか1つも理解が出来なかった。菜々子の感覚では友達間でのお金の貸し借りはあり得ないことで、しかもこんな軽いノリで成立することも信じられなかったのだ。慎也は次の給料日に返すと言っていたが、全く信用が出来ない言葉である。慎也は目的が達成出来た瞬間にさっさと駅の改札の方へ消えて行った。菜々子は慎也が自分達の視界から完全に消えたのを確認し、浩司に話しかける。


「ねぇ、なんであんな簡単にお金貸しちゃうの?」

「アイツは仕方ねぇんだよ。自己破産してるから消費者金融使うのも無理だし」

「だからって普通あんな軽い感じで友達にお金借りる? っていうか、給料日に返すって言ってたけど本当に仕事してるの? あの人」

「今はしてるよ、キャバクラのボーイだけど」


 菜々子は心配性だなぁと笑う浩司。納得はいっていなかったが、菜々子はそれ以上言及することをやめ、浩司の自宅へ向かった。



















「ういーっす、お疲れ〜」


 慎也が浩司から3万円を借りた1週間後、また慎也は菜々子と浩司が一緒にいる所に現れた。場所は浩司の自宅マンションで、お家デートのつもりでいた菜々子はキッチンに立ち、配信サービスの海外ドラマを観ながら食べるさかなを作っている所だった。玄関から聞こえてきた慎也の声に、思わず調理の手を止めてしまう。


「お前マジでいつも唐突過ぎだろ、連絡しろよな」

「いやいや、サプライズの方がおもしれーだろ? あれ、つーか菜々子ちゃんいるのかよ。それは悪かったわ」


 慎也は玄関の方からリビングに入ってきて菜々子の姿を確認するなり、全く悪いと思っていないような口調で浩司に謝罪する。それに対して今更かよと浩司は膝打ちを喰らわせ、苦笑いをした。慎也は給料が入ったということで早速先日の3万円を返しに、ついでに御礼として持参した酒を浩司と一緒に飲もうと思っていたのだった。


「御礼って、どーせこれお前の店の余り物とかだろ?」


 浩司は慎也が持ってきた酒のボトルを眺めながらそう言い放つ。どれも菜々子が見たことないような派手な装飾の洋酒ばかりなのだが、よく見るとどれも開封されていて、中身が半分以上なくなっているものもあるのだ。すると慎也は流石と言いながら浩司に拍手を贈る。


「いやー、やっぱ浩司は頭いいよな! ほんとその通り。入れ替え作業してて処分対象だったやつ全部持って帰ってきた。まぁでも珍しい酒ばっかだから、久しぶりにこういうのもいいんじゃね? ほら、菜々子ちゃんも一緒にさ」

「私は……」


 菜々子が遠慮しますと言おうとした時、慎也は菜々子が先程までキッチンで作っていた肴を見つけ、違和感を感じるぐらいの距離まで近づいて来た。


「すげーじゃん、これカルパッチョ? 菜々子ちゃん料理好きなんだな!」

「まぁ……」

「他にも結構洒落たツマミいっぱいあんじゃん! 折角だしみんなで飲もうよ」


 断る隙を与えない慎也の雰囲気に菜々子は完全に飲まれ、お家デートの筈が男女複数人の“宅飲み”になってしまった。てっきり浩司が断ってくれるのかと思えば、仕方ないなと笑って承諾をしていたので、菜々子はその時点で何もかも諦めてしまった。

 一緒に、みんなでと言われたが、菜々子が楽しめるわけがない。終始浩司と慎也の地元トーク中心だし、2人が飲んでいる中ずっと配膳係をしているような感じだった。だが、その方がマシだと菜々子は思っていた。以前パチンコの後の焼肉に付き合った時は外食だったので、ずっと近くにいて愛想笑いをしたり、ある程度話を聞いたりしなくてはならなかったが、今回はこうやって食べ物を出したり、要らないものを下げたりしていれば慎也とあまり関わらなくて済む。


「菜々子ー、こっち来いよ」

「いいよ、私に気遣わないで」

「違う違う。こっち来てくんねーとさ、俺コイツに潰されるから」


 その言葉を聞いて菜々子がリビングへ行くと、浩司がかなり酔っぱらいとして仕上がっているのを慎也がケラケラ笑っているという光景が目に入った。テーブルには慎也が持って来た酒の中でも一番目に付く髑髏どくろの装飾ボトルと、ショットグラスが2つ、無造作に放置されたトランプの束がある。


「慎也さん、2人で何飲んでるんですか?」

「飲んでみる? 菜々子ちゃんも」


 菜々子の問いかけには答えず、先程まで浩司が使っていた空のショットグラスに髑髏の酒を注ぐ慎也。菜々子は渋々ほんのちょっとだけ口を付けるが、少量口に含んだだけで思わず悲鳴を上げてしまった。


「うわっ……なんですか、これ」

「テキーラだよ。何、飲んだことないの? クラブとかバーに行ってさ、罰ゲームでイッキ〜、みたいな」

「飲んだことないですっ! ねぇ浩司、大丈夫なの!?」


 心配すると浩司は大袈裟だと声を上げるが、交際するようになってから菜々子が今まで見た中で一番酔っているように思える。こんな強烈な酒を持ち込んで友達を潰そうとするなんて信じられないと慎也に対して怒りを覚えたが、当の本人は浩司の今の姿が面白いらしく、声を出して大笑いしている。


「浩司マジでテキーラ弱いよなぁ。どうするギブする?」

「ばーか、しねぇよ。負けなきゃいいんだよ、負けなきゃ」

「あ。つーかさ、菜々子ちゃんが浩司の助っ人になったら良いんじゃね?」


 何の話をしているのか最初は不明だったが、どうやら彼らは2択ギャンブルをずっとやっていたみたいだ。シャッフルしたトランプの束から1枚引き、それがハートやダイヤの赤かクラブやスペードの黒が出るかを賭け、外した方が罰としてテキーラショットをイッキするという、なんとも馬鹿馬鹿しいゲームだ。だがこういったくだらない事にヒートアップする男同士のノリというのも菜々子は知っていた。

 慎也の提案はこうだ。浩司と菜々子がペアになって慎也と対戦し、負けた際のテキーラショットは交代制にする。そうすれば1人で戦う慎也の方が飲む量は増えるだろうという話だ。そしてもし菜々子が飲む事になったら男2人が飲んでいる量の3分の1だけにするというハンデもあり。そんなことする必要ないと浩司は強がっていたが、菜々子はそれを制して慎也の提案を了承した。浩司にこれ以上沢山飲ませたくないという思いと、慎也の要望に少しでも付き合えば満足して帰ってくれるかもしれないという期待があったのだ。


 菜々子を加えてテキーラショットを賭けた2択ギャンブルが再開された。1枚引かれて絵柄が伏せられたトランプ。ジャンケンをして勝った方が先に赤か黒かを選べるというルールに則り、じゃんけんに勝った菜々子は赤を選んだ。慎也は必然的に余った黒となる。伏せたトランプをオープンすると、正解は黒だった。早速菜々子が負けてしまったので慎也は楽しそうにショットグラスに少しだけテキーラを注ぐ。煽る慎也を尻目に菜々子はグイッとテキーラを飲み干した。喉が焼けるような感覚があったものの、飲めないことはないと菜々子は思った。夕羅やミッキーと飲み歩くようになってどうやら酒に強くなってきたらしい。


「いいじゃーん、イケるね〜」

「本当に大丈夫か、菜々子」


 調子を乗らせようと煽り口調の慎也と、まさか本当に飲むとは思わず驚く浩司。そんな2人のリアクションに対して菜々子は涼しげな態度で迎え撃つ。


「全然大丈夫。はい、次」


 その後繰り返し2択ギャンブルは行われ、3人それぞれほぼ平等にテキーラショットを浴びた。だが、やはり菜々子より先にこの遊びを始めていた浩司に限界が来た様で、完全に潰れてソファーで爆睡してしまった。菜々子も少量ずつとはいえ、今まで飲んだことがなかったような強い酒を複数回イッキした事により、判断力が若干鈍っているのを感じる……そこへすかさず慎也が近づいてきた。


「ははは、浩司のやつ彼女放置して潰れるとはな。ダッセー」

「慎也さんが飲ませたんじゃないですか」


 決して許可してはいないのに、慎也は菜々子のすぐ横に腰掛け今にも肩を抱いてきそうな雰囲気だ。菜々子が視線を外して素っ気ない態度を取ると、慎也はまた視界に入るように距離を詰めてくる。菜々子はこの状況に危機感を覚えた。


「まぁそうなんだけどな。浩司潰して菜々子ちゃんとオハナシしてぇなーって思って」

「何言ってるんですか……私は正直あなたのこと苦手なんで話すことなんてないです」

「そんなもんわかってるって」


 次の瞬間、菜々子は慎也に強い力で掴まれた。慎也のゴツゴツした手が菜々子の太腿をいやらしい手つきで撫でる。咄嗟のことで声が出ず固まってしまう菜々子。


「お前が俺のことを好きか苦手かなんてどうでも良いんだよ。俺が興味あんのは浩司とどんなセックスしてるかだよ」

「なに、それ……」

「なぁ正直に教えてくれよ、お前浩司にお願いされたらどんなプレイでもヤるだろ? 初めて顔見た時からそう思ってんだよ俺」


 慎也は菜々子が大声を出せないように手で口を塞ぎつつ、リビングの床に押し倒した。菜々子が着ているトップスのネック部分を広げ、中の下着を確認してニヤついた表情を浮かべる。


「おお、結構派手なデザインのやつ付けてきてんじゃん、気合い入ってんなぁ。なぁ、意外とアイツ変態プレイ好きだろ。今までどんなことした? アイツの昔の女は車中や外でヤッたことあるって言ってたな……まぁでもお前はインドア派って感じか。だとしたらAVの再現とかか? なぁ教えろよ、どんなプレ……」


 怒りの頂点に達した菜々子は、上から押さえ付けて饒舌に話す慎也の隙を見つけ、股間目掛けて膝蹴りを入れた。慎也は声にならない呻きを上げ、菜々子から離れる。


「ぐっ……このクソがっ……!!」

「どっちがクソなの!? 意味わかんない……浩司に言うから」

「ああ、勝手にしろよ。言ったって別に大したことないって返されると思うぞ? 俺は今までもアイツの女にちょっかいかけたこと何回もあるし、そのことに対してキレられたことねーしな。くっそー、痛ぇ……」

「……帰って」


 菜々子が絞り出した声は低く、怒りや恐怖、憎悪を含んだものだった。完全にシラけてしまった慎也は膝蹴りのダメージを引き摺りつつも、菜々子に言われた通り浩司宅から去って行った。

 後に残されたのは襲われかけて今も肩を震わせている菜々子と、全く気付かずにソファーで爆睡している浩司だ。近くでこんな一大事が起こっているにも関わらず、呑気にいびきをかいている姿を見て、菜々子はひたすら虚しさを感じ涙するのだった。

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