勇者の嘘

 怒声を上げたのは第三騎士団の騎士団長である。濃い髭に濃い顔、妻は一人、子供は三人いる。子煩悩で愛妻家、騎士の中の騎士として、王国からの評価も高い。

「ここは立ち入りが禁止されている領域だ。貴様ら覚悟しておけ」


 ケイは表情一つ変えず、立っていた。不敵な笑みを携えたまま、ジッと前を見つめている。

「ゆ、勇者様!いや、勇者とて、ルール違反は許容出来かねますぞ?」

「遅かったなサールマン」

「は?」


「この娘が誰だか分かるか?」

 騎士団長であるサールマンは視線を少女へと向ける。覚えているも何も、自分がきっかり引き渡した人物のはずだ。

「魔王の娘がなぜここに?」

「王女様の命令でな、この娘を保護しにきた。」


「待ってください。そのような命令聞いておりません」

「当たり前だ。魔王の娘がこの牢獄にいることは、俺と王女しか知らない」

 サールマンは深呼吸をした。何かがおかしい。理屈では説明ができないが、勇者は今、信用ならない。


「であれば、王女に確認を………」

「無駄だ、サールマン」

「どうして、ですか?」

「王女は死んだ」

 勇者は笑っている。おかしい、そのようなはずはない。王女は先日まで、元気に職務をこなしていたはずだ。

 サールマンは、部下に王女の寝室を確認してくるように告げた。


「サールマン?王女が死んだ、だから、俺はここに魔王の娘の保護をしに来たのだ」

「あなたはどこでその事実をお知りになられたのですか?」

 サールマンは一つの義務感に駆られていた。ここで、勇者を解放してはいけない、という義務感だ。


「使用人に聞いてみるといい、夕刻、俺が王女の寝室から走り去ったの見ているはずだ」

「であれば、あなたは王女殺害の嫌疑をかけられることとなりますが、よろしいですね?」

 サールマンは思わず笑みがこぼれた。詰みだ、ここで弾劾裁判の嫌疑をかければ、勇者を確保することができる。事の真相は、その後にゆっくりと解明すればいい。


「もちろんだとも」

 やはり、何かおかしい。勇者はなぜ自身満々に受け入れるんだ?まさか、本当に勇者は王女の任を受けただけなのか?であれば、なぜ否定しない。おかしい、何がおかしいぞ。

 まさか…………。

「勇者よ、ここからの質問は注意して答えていただきたい。私はあなたを処刑する権利だってあるのだ」


 協力者の存在だ。

 犯人はもう一人いる。


 サールマンは神妙な面持ちで勇者へと告げる。

「王女を殺したのは貴様ではない。貴様の協力者だ。だからこそ、そのような態度を取っているのだ」


 勇者の表情は崩れない。

 サールマンはさらに思索を進める。

―読めたぞ。


「ここは王の血筋を持つものが入れられた牢獄。であるなら、秘密の抜け穴だっていくつも存在する。貴様の協力者は王の血筋を継いでおり、クーデターを狙っているのだな?」

―であるなら、勇者の態度にも納得がいく。

「貴様がここで怪し気な行動をしていたのは、そう時間稼ぎ。最も調べたくない場所を隠すためだ」


 瞬間、第一級警報が鳴り響いた。やはり、王女が死んだのは本当だ。


 サールマンは叫び、周囲の兵に伝えた。

「皆、今すぐ、この場に隠している抜け穴を洗いざらい探すのだ。その奥に、王女殺害の犯人がいる」


 これで、違和感は…………ない。いや、まだある!

 勇者は不敵に笑っている。まだ、足りないパズルのピースがある。

「ええい、勇者!もう一度言う。ここで貴様を殺すことだってできるのだぞ?洗いざらい吐け!」

「随分と元気じゃないかサールマン。やはり騎士団長とだけあって、おつむの出来もいいな。よく考えるんだ。貴様じゃ俺を殺せない」


 サールマンは考える。

 殺せない、なぜだ?

 一度スタート地点に、思考を戻せ。そう、勇者の目的はクーデターによる政権の交代。そのためには何が必要だ?国民の不安だ。国家の支柱たる勇者を殺せば、国民たちは新たな守護者を求めることになる。


 つまり、勇者の死は、勇者の目的の完遂に繋がるのだ。


「考えろサールマン。お前の妻子供の命がかかっているんだぞ?まだ、見落としているところはないか?」

 見落とし、だと?

 サールマン、お前は優秀なはずだ。騎士学院だって一位の成績だった。心技体を揃える。それこそが、サールマンお前だ。


 見落としたところ、そう。

 魔王の娘がなぜ、ここにいるか?


 魔王の娘は人類にとっても、魔族にとっても最重要人物。しかし、クーデターが成功した暁には、どちらにせよ手に入る。それはつまり、今欲しい人材であるということか?いや、それはおかしい。本当に魔王の娘が欲しいのであれば、勇者の協力者とともに、逃走を図るはずだ。


 サールマンは深呼吸をし、考える。見落としたもの、見落としたもの。

 魔王の手首から、手枷が外れている?これだ。これこそが見落としだ。


 魔王の娘は欲しいのではなく、必要な人材なのか?


「総員、戦闘配備につけ」

 サールマンは再び叫んだ。

 兵士は一斉に並び、剣を勇者と魔王の娘に突き付けた。


「なるほど、考えたものだな。勇者一人であれば、我々とて簡単に抑えられるだろう。しかし、魔王の娘を上手くそそのかし、二人で騎士団を相手取るつもりだな。それに、団員を穴の奥へ探しに行かせれば、さらなる戦力の分断を図れるだろう。もし私が真相に気づかなければ、我々の背中を二人で襲撃する腹積もりだったな?」


「ふふ、やはり、賢き男よサールマン。それなら、最後のクイズだ。俺はなぜ、この事実をお前に伝えようと画策したと思う?」


「くそ、早く言え。我々とて、貴様と刃を交える覚悟は出来ているのだぞ?」

「司法取引だ。俺たちはもう充分時間を稼いだ。俺たちを解放しろ」


「そんなこと出来るはずがないだろ?」

「もちろん、一戦交えたっていい。だが、それで、王女殺害の嫌疑が掛かった人物を逃がすのか?分かるだろうサールマン、アポなしで王女の部屋に訪れることのできる人物。その首は重いぞ?」


「しかし…………」

「速く決断を下せ、サールマン。今この瞬間も時は流れている。刻一刻と、王女殺害の犯人は王都脱出の準備を進めている。俺たちだって命は惜しい。だから、この賭けをしているんだ」


「ぬぅ」

 サールマンの首筋を汗が伝う。選択は団長たるサールマンが行わなければいけない。しかし、その選択はあまりにも大きすぎた。


「分かるか?これは賭けだ。俺たちと取引せずに、協力者を逃がすか。俺たちと取引して、協力者を捕まえるチャンスを僅かばかりでも得るか。確かに、これは俺たちにとって分の良い賭けだが、この賭けの天秤に乗るのは、サールマン、お前の妻子供の首だぞ?クーデターが成立すれば、国家の暴力機関たる、お前の運命などたかが知れているだろう?」


 サールマンの脳はもう限界だった。

 分かりきった事実はあまりに少なく、すべき選択はあまりに酷だ。

 国のために、御身を尽くす。騎士団長としては当然の考えでも、時間の制約が彼を追い詰める。


 最良の選択肢を考えれば、やはり国だ。

 クーデターの主犯を取り押さえるべきだ、とサールマンのは決断を下す。


「分かった。我々はお前たちがここを離れるのを手助けする。その代わり、お前たちはこれ以上邪魔をするな。これでいいな」


 サールマンは選択した。

 サールマンは生粋の騎士団長である。

 最も、国家にとって分の良い賭けを選ばねばならない。


 憎たらしい勇者の首と、国家の存亡を賭けた大犯罪者の首、比べるまでもなかった。



 王城を離れ、王都の下町へと送られた勇者と魔王の娘は草陰で、一息ついた。

「いやー、何とかなったな?」

「しかし、いいのですか。あなたの協力者を売ってしまったのでしょう?」


「協力者、誰だそいつ?」

「いやでも、サールマンさんは協力者がいるだとか」

「あれは、全部、あいつが頭の中で作り上げた妄想だ。俺は最初から一人だし、あいつの妄想に乗ってやっただけだよ」


「えー、じゃあ、騎士団は今?」

「ああ、亡霊を追いかけていることだろうよ」

 ケイはけらけらと笑って見せた。

 その様子を、ルイスはただ呆然と見つめていた。

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