身辺調査その2

第15話

〜side B〜


8月n+7日


 土曜の出勤が終わって日曜の朝。俺と武士は今日、2度目の尾行調査を決行する。

 昨日の夜、最初の尾行調査を元にして作った動画を武士が投稿したところ、そこそこの再生回数を叩き出したようだった。コメントでも続編を期待するようなものが書き込まれていたことから、武士も俺もますます調査に対して意欲が湧いてきている。

 退勤後、陰に隠れながら真島さんが職場のビルから出てくるのを静かに待つ。一度経験済みなので、俺たちの尾行スキルもプロの探偵並みになった……というのは言い過ぎか。


『“いい素材”ってなんなんだろうな……』

「え? なんか言ったか?」


 俺の呟いた独り言に武士が反応した。その後なんて返していいか思いつかなかったから、俺はただの独り言だと流したのだが……。

 実際引っ掛かっていることがある。この前、夜勤の休憩中に聞いた話の中で真島さんが言った“いい素材が手に入った”という言葉を、俺はその時画材屋で購入したものととらえていた。

 だがよくよく考えてみると、購入した画材はあくまで制作するのに使う道具であって、素材とは別物なのではないか? と気付いた。

 では、真島さんにアート制作の意欲を持たせた“いい素材”というのは何なのか。この先尾行を続けることで、その答えが明らかになるのではないかと俺は密かに期待している。


「潤、ボケっとすんな。出てきたぞ」


 武士に小突かれ、俺は現実に引き戻された。職場のビルのエントランスから出てきた真島さん……尾行対象が視界に入る。

 ギリギリ視界から外れないぐらいの距離が空いたところで尾行開始。さて、今日は退勤後どのような行動を取るのだろうか。





 俺たちの期待に反して対象は、今日新宿ではどこにも寄り道をしないようだ。すぐに駅へ向かい、帰りの電車に乗ろうとしていた。

 流石にここで調査を切り上げるわけにはいかないということで、いよいよ俺たちは対象の居住地域まで踏み込む決意をした。

 同じ電車の、隣の車両に乗り込む。新宿から4つ目の荻窪駅で対象は下車した。


 荻窪駅周辺は大きなバスロータリー、商店街、商業施設に飲食店と一通り揃っていて、住むのには便利だなーという印象。だが、駅前を離れると入り組んだ住宅街となる。

 対象は駅前のスーパーで食料や日用品の買い物を済ませ、自宅がある方なのだろうか、天沼八幡通りという小さな商店と住宅が入り乱れた通りへと歩みを進めていく。新宿や荻窪駅前は人通りも多かったから割と尾行は簡単だったのだが、居住エリアともなると難易度が変わってくる。幸い複雑に入り組んでいる通りなので隠れる場所はあるが、万が一後ろを振り向かれて気付かれでもしたら一貫の終わりだ。尾行の気配を悟られぬよう、慎重に行動せねば。


“潤、一旦コンビニに入って待機してくれ。マル対が足を止めた”


 俺よりも前を歩いていた武士から、メッセージアプリで指示が入った。

 確認して早々、俺はすぐ近くのコンビニに入って雑誌コーナーの物色を装う。

 武士も遅れて俺と同じコンビニに入ってきて合流した。


「やべー、急に立ち止まったからビビったわ」

『どこで立ち止まった?』

「こっから見えるじゃん。……コーヒー豆専門店か?」


 雑誌コーナー、目の前の窓からわずかに見える看板を武士が指差した。武士が言った通り、コーヒーショップの看板のようだ。

 そういえば最初の尾行調査の時も最終的に喫茶店に立ち寄っていたっけ。今立ち寄っている店もコーヒー豆を売っているところだし、対象は相当コーヒーが好きなのだろう。

 自販機やインスタントのコーヒーしか飲んだことがないから、俺にはコーヒー好きのこだわりはよく判らないが、ひょっとすると自宅にはコーヒーメーカーがあるのかも知れないな。


 対象がコーヒーショップから出て来たのを確認し、尾行を再開。

 通りの名前にもなっている天沼八幡神社や大きな公園を通過し、対象はひたすら歩き続けている。荻窪駅からはかなり離れているような気がするな。

 周辺を観察してみて思ったのだが、この辺りは一軒家やしっかりしたファミリー層が住むマンションが多い印象だ。案外良い家に住んでるのか? ……いやいや、収入源はうちの職場で夜勤週3だぞ? しかも昔の仕事はリタイアしたって言ってたじゃん。きっと突如現れる木造ボロアパートとかに……。


「潤、隠れろ」


 武士に引っ張られ、建物の陰に隠れた。これは偶然なのだろうか、まさにたった今俺が想像した通り“突如現れる木造ボロアパート”がそこにはあって、そのうちの1室に対象は入っていった。ということは、ここが対象……真島さんの自宅なのか。


「ついに家を突き止めたな。やったぜ」

『うん。でも……』


 武士は調査での大収穫にややテンション上がり気味という感じだが、俺はそんな気分にはなれなかった。

 一軒家や綺麗めのマンションに囲まれた木造ボロアパートっていう部分は別に問題じゃない、そんなのいくらでもあるだろうから。俺が気になっているのはそこではない。

 俺たちが見つけた木造アパートは、外からも各部屋の玄関先が見えるような造りだ。真島さんが入っていったのは2階奥の部屋なのだが……部屋の外には木材やらパンパンに物が詰まったビニール袋やら、何に使うのかよく判らないガラクタが置かれていて、一部にはブルーシートが掛けられているのが見える。なんというか……俺にはこれがゴミ屋敷のように思えてならない。あと、別に俺は霊感とか全然ない人間なんだけども……真島さんの部屋一帯からすげぇ嫌な気配を感じるというか……。


 突然カシャ、っていう音がした。俺の隣にいる武士がスマホで写真を撮っていたのだ。


『お前、何してんだよ』

「見ればわかんじゃん。証拠抑えてんだよ。やっぱ当たりだったな! すげー面白いじゃん、真島さん」

『やめとけって、気持ち悪ぃ……』

「はぁ? 何言ってんだよ、折角いい素材が目の前にあんのに」

『いいからそれ以上はやめとけって!』


 俺が武士からスマホを取り上げてにらむと、武士は驚いた表情で固まった。俺がこんな風にキレたことなかったからな。

 静かな住宅街で声を出してしまったため一瞬緊張したが、特に誰かに目撃されたりはしていないようだった。


『……とりあえず、駅の方まで戻ろう』



















 荻窪駅周辺まで戻ってきて、バスロータリーの前で作戦会議をすることになった。

 自宅の異様な雰囲気を目の当たりにした俺としては、ここで調査打ち止めを希望しているのだが、武士は調査続行を譲ろうとしない。


『武士はあれ見てなんとも思わなかったのかよ!? 絶対異常だよ、あの人』

「ヤバそうなのは俺でもわかってるよ。だからこそだろ? 折角バズり動画になりそうなネタなんだからさ、もっと決定的な何か……インパクトのある画が必要なんだって!」

『動画職人の血が騒ぐってか? それでトラブル発生したらどうするんだって話だよ!』


 バスロータリーで突っ立ったまま、俺たちは小一時間ぐらい言い争った。友達付き合いになってからこんな風になったのは初めてだ。

 気の合うヤツではあるけど、俺と武士で決定的に違うのは冒険心があるかどうかっていうところだと思う。

 そりゃあ、俺も真島さんの尾行調査を楽しんではいた。でもそれは自分に危険が及ぶことはないと決めつけていたからだ。

 真島さんは一見職場ではずっと怒られている冴えない中年男性だけど、ひょっとしたらとんでもない一面を隠し持ってるんじゃないか?

 外にあれだけ物が溢れているということは、部屋の中にはもっと“何か”でいっぱいなのではないか?

 その“何か”をもし突き止めてしまったら……果たして俺たちはその時も無事でいられるのか!?

 なぁ、俺たちはとんでもないことに首を突っ込もうとしているんじゃないのか……そこをどう思ってるんだよ、武士!!


「潤、お前めちゃくちゃ想像力豊かだな。流石声優志望」

『武士が真面目に考えなさすぎだろ!!』

「単純にゴミ屋敷オジサンなだけだろ。つーか、ゴミ屋敷の住人って荷物触ると人が変わるって言うよな? 最終的に掃除手伝いながら怒らせてみるとか面白いかも」

『お前、いい加減にしろって!!』


 思わず怒鳴りつけると、武士は不機嫌そうにため息をついた。これまでは俺の言うことを全て茶化ちゃかしてきていたが、マジトーンで何か言いたげな雰囲気だ。


「あのなぁ。潤は俺の動画使ってプロモーション活動してんだぞ? なんだから、やるべき仕事はちゃんとしろよ」

『プロモーションって、ナレーションやってることか?』

「そうだよ。お前だってさ、俺の動画きっかけでファン出来たらいいなぁ、とか都合いいこと考えてたんだろ? そんぐらいわかるっつーの」

『それは……』


 図星を突かれて、反論出来なかった。武士にはお見通しだったんだな。

 黙ってしまった俺を見て、武士は言い過ぎた悪い悪いと、肩を叩いてきた。


「いやさ、別に責めるつもりじゃねーんだ。でも、一応俺は仕事の依頼主でもあるのよ。ナレーションの件はギャランティも払うわけだし」

『それは、そうだな……』

「つーかさぁ、コメントの中には潤の声いいですねっていう反応もあったよな? ……ってことはよ。一応この調査活動と調査内容の動画投稿っていうのは俺ら2人にとってそれぞれメリットがあるわけじゃん? 俺は再生数稼げて、潤は自分のプロモーションにもなる。だったらさ、中途半端にここで終わるっていうのは非常に勿体無いことだと、俺は思うんだよ。違うか?」

『わかった、わかったよ。ちゃんと動画にオチがつくようには続ける。……でも、実際に尾行すんのは次で最後にしようよ。それだけは頼むわ』

「ふーん……まぁ、いいよそれは。ったく、心配性だな潤は」


 ということで、何とかお互いに落としどころを付けて話はまとまった。

 次の調査活動は明日、月曜日だ。理由は俺と武士の仕事休みがかぶっていて、偶然にも真島さんまで休みだったから。これは何かの罠なのだろうかと、恐怖すら感じる。

 最後の調査活動のため、ついに真島さん宅監視大作戦を決行する。最初は武士がインターホン鳴らして突撃しよう! と提案してきたのだが、それだけは勘弁しろと俺が説得したのだった。そこまで話が決まった頃にはお昼を過ぎていたので、駅前の牛丼チェーンで飯を食い、その日は解散という流れになった。



 俺は渋々調査続行を承諾するも、やはり自分の中の嫌な予感だけはどうしてもぬぐえずにいた。

 以前武士が真島さんには絶対何かある、根拠は自分の勘だと言っていた。結果、その勘は今のところ当たっている。

 ならば俺にだって言わせて欲しい。真島さんの自宅には、他人が知ってはいけない何かがきっとある……根拠? そんなの、俺の勘だよ。

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