発見

第14話

新宿駅西口付近。花金の新宿は非常に騒がしい。

 会社の飲み会帰りのような団体、路上ライブを行う弾き語りアーティスト、帰宅のために急ぎ足で歩いて行く人……様々な事情の人間が入り乱れている。



 舞人を飛び出し、外で待っていた小夜と理恵を引き連れて、俺は急いで電車に乗り込んだ。中野の商店街から駅に向かって歩いている間、ずっと2人から事情説明を求められ続けたがとりあえずは無視をした。駅のホームに辿り着いてからようやく俺の立てた仮説を話したのだが、2人は半信半疑という感じだ。


「女の人って、中々ホームレスにはならないんじゃないかなぁ……ヨウコさんはずっと仕事柄、身なりを綺麗にしてたんだよ? そういう人は例えどんなに追い込まれても、路上生活するまでにならないと思うんだけど」


 理恵は新宿に到着してからもずっと、この持論を展開している。

 まぁ、理恵みたいな常に自宅も完璧に片付いていて、仕事も新卒からきっちりキャリアを積み上げているような人間からしたら考えられない話なんだろうけど。


 でもこれまでのエピソードを聞いてきて、俺はなんとなくヨウコの心情が想像出来る。

 ヨウコはとにかく、自分がどうなろうと人に迷惑をかけたくないと考える人間なんだ。

 自分がAV女優でいることで恥をかいていると母に言われると引退をし、古谷の期待に応えるため一生懸命ダンスレッスンに取り組み、古谷を信じて経営者と対立し、やがて暴行を受ける……。その後、PTSDを発症してしまった自分がいるとマキさんに迷惑がかかると考えて姿を消してしまった。


 これまでの彼女の行動から、俺が想像した“舞人を去ってからのヨウコの生き様”はこうだ。

 大切な友人の1人であるマキさんの元を離れたヨウコは、もうこれ以上厄介ごとに人を巻き込みたくないと考えた。

 誰にも頼らず、1人孤独に生きると決意して、まずは仕事を探しはじめる。スナックで男性客に触れられるだけで取り乱す程だ、以前のような風俗や水商売の職につけるはずがない。しかも若い時から今までずっと性風俗系の経験しかして来なかったから、職探しは難航しただろう。

 もしかしたら日払いの倉庫作業や、住み込みの新聞配達などにあり付けた時期があったのかもしれないが、それも長くは続かなかった。

 やがて本格的に路頭に迷うが、誰の世話にもなりたくない……そうして辿り着いたのが新宿駅西口だった。

 10代で非行に走った時期があれど、ヨウコは一貫して心優しく真っ直ぐな人物だ。人に迷惑を掛けるぐらいなら路上で野垂れ死ぬ方がマシだ、そういう考えに至っても不自然ではない。



 俺が先導し、女性ホームレスをよく見かけていた西口の喫煙所付近までやってきたのだが、それらしき人が見当たらない。

 というか、ホームレスの人が誰もそこにいないのだ。


『あれ、おかしいな……いつもこの辺にいたのに』

「亘の気のせいなんじゃないの?」


 俺のヨウコ現在ホームレス説にどうしても納得のいかない理恵は、必死に探している俺に無駄足だと言い続けている。

 小夜はというと……ずっと浮かない表情で、無言のまま俺たちに着いてきているという感じだ。

 これまで実母を知る人から様々な話を聞き、人柄や事情を理解し、向き合ってきた。辛い事実も突きつけられたし、出来ればこのまま見つけることが出来ずに終わりたいとも思っているのかもしれない。


“どんな真実だろうと、受け止める覚悟を持て”


 と、俺は小夜に言った。

 今となっては、なんて無責任なことを言ってしまったのだろうと後悔している。所詮しょせん自分のことじゃないから、何とでも偉そうに言えてしまうのだ。

 自分の言葉に責任を持つため、俺はこいつを支えてやらないとな。東京の兄として。


「あのー、誰か探しているんでしょうか?」


 普段ホームレスの溜まり場になっているところで不審な動きをしていた俺たちに、1人の若者……つーか、俺と歳が同じぐらいの男が近寄ってきた。


『いや、えーっと……』

「あ、すみません急にお声がけして。僕こういう活動をしている者なんです」


 その男は、俺にA4サイズの冊子を渡してきた。その冊子は、彼が所属しているホームレス支援団体のパンフレットのようなものだった。


「僕らの団体は、新宿エリアで路上生活をしている方に食べ物や衣類を配ったり、お話をうかがったりしているんです」

『へー。そうなんですね……』

「はい。たまに身内の方が探しに来られることがあるんですけど……皆さんはそうじゃないんですかね?」


 なるほど……でも身内が探しに来るっていうのは、きっと路上生活歴が浅い人なんだろうな。そういう人ならまだ助かる見込みがあるってことか。

 ん? 待てよ。ということは、この人ならもしかして……?


『あの、この辺りによくいた女性のホームレス……判ります?』

「……ああ、たぶん判ります。女性の方は少ないですから」


 俺は読みが当たった、と興奮して小夜と理恵の方を見てみる。信じられないと驚く理恵と不安そうな小夜。

 支援団体の男が言うには、警察から定期的に立ち退くよう注意されるため、ホームレスたちは寝泊まりの場所を少しずつ変えながら生活しているとのことだ。

 今いる場所として目星が付いているところがあり、これから様子を見に行くと言うので、俺たちは彼に同行させてもらうことにした。


「……その女性ホームレスとは、話をしたことありますか?」


 向かっている途中、小夜が質問をした。彼はありますよと、淡々とした口調で答えた。

 今までヨウコに縁がある人物を順に辿ってきたが、おそらくこれが終着地点になるのだろう。


「僕はこの団体に入って活動するようになって5年ぐらいなんですが、あの女性は僕が団体に入る前からこの辺りにいたそうです。こんな言い方すると他の方に失礼かもしれないですけど、なんで路上生活をしているんだろうって疑問に思ってました……髪が伸び放題ですし、服も薄汚れてはいますけど、元々は綺麗な女性だった筈なんですよ。よく見れば判ります」


 彼は思い切って、なぜこういう生活をしているのか、その女性ホームレスに問いかけたことがあるらしい。

 すると女性ホームレスはこう答えた。“もう、やるべきことは1つしかないから”と。

 どういうことなのか詳しく聞こうとしても、それ以上は何も教えてくれなかったのだそう。


 話を聞いて俺たち3人は顔を見合わせた。

 彼にはどういう意味なのか理解出来なかった部分が、俺たちには判る。

 やるべきことは1つ……古谷が自分の元へ帰ってくるのを待つことだ。


 支援団体の男に連れられてやってきたのは東京都庁近くの高架下だった。普段は西口地下広場に大勢の路上生活者が寝泊まりしているようだが、そこを追いやられるとこの辺りに流れてくる人がいるようだ。


「新宿中央公園は前に怖い思いをしたから行かない、って聞いたことがあるんでこの辺りだと思うんですけど……」


 男性がキョロキョロ辺りを見回している。俺たちも一緒になって探し始めた。

 複数箇所にホームレスの居住形跡があり、物が雑多で探すのは至難の業だ。何ジロジロ見てやがる、とでも言いたげに睨まれたりもして軽く恐怖を覚える。

 そんな中、女性モノの私物が多く置かれている場所が目に止まった。

 そして……夏の日差しを避けるためだろうか、カラフルな傘を2つほどうまいこと重ね合わせ、バリケードのようにして身を守りながら、誰かが寝ているようだった。


『ここにいる方、女性じゃないですかね?』


 覗き込む勇気が持てず、俺は支援団体の人を呼んだ。俺の呼びかけに反応して、探していた他のメンバーも駆けつけてくる。

 男は慣れた風にしゃがみ込み、寝ている人物に話しかけた。


「起きてますー? お腹空いてませんか、今おにぎり持ってるんですよ。……ちょっと傘退けますね」


 反応がないので、男はバリケードの傘を退かした。寝転がっていたのはやはり女性ホームレスだった。

 小夜はマキさんから受け取った写真を取り出し、目の前の人物と見比べる。俺も覗き込んで確認したが……間違いなくヨウコだった。

 どれだけ路上生活を続けて肌が浅黒くなろうとも、元々の整った顔立ちは変わり様がない。


「お母さん……」

『小夜……?』


 小夜の口から初めて聞いた言葉だった。

 今まで小夜はヨウコのことを“実母”や“母親”というような呼び方しかして来なかった。それは倉敷にいるパパとママ、養父母のことを大切に想ってのことだろう。

 だが今、ようやく産みの母に会うことが出来た。ヨウコが中絶をせず、産むと決意をしたからこそ、今ここに小夜はいる。

 “お母さん”がこの世に導いてくれたからなのだ。ヨウコも小夜にとって大切な存在だと、ようやく心が認めたってことなんだろうな。


「お母さん……会えてよかった。私、お母さんと同じように高校生で東京に来たよ? やっぱり私たち、親子なんだね」

「小夜ちゃん……」


 絞り出すように呟いた小夜の姿を見て、理恵も涙ぐんでいた。俺の胸にも込み上げてくるものがあったが、バレると後で茶化されそうだと思い、グッと抑えた。


 だが、支援団体の男が異変に気付く。声をかけているのに全く応答がないため、ホームレスのヨウコの体を揺すった。

 次の瞬間。男の顔色が変わり、呼吸や脈があるかを確認し始めた。

 普通の事態ではないと、俺たちもそこでようやく解り、緊張が走る。


「……亡くなってます」

『え?』

「おそらく、数時間経ってます……硬直してますから。こういう時期ですし、熱中症になってしまったのかもしれませんね……」


 男は冷静に横たわっているヨウコの体にスマホのライトを当てて様子を見ている。夜の暗がりで判らなかったが、光を当てると顔は青白く、生気がないのは明らかだった。

 ホームレス支援をしていたら、こういうことは日常茶飯事なのだろう。男はすぐに110番通報をしていた。


 しかし、俺らはそう冷静にはいられない。俺と理恵は頭の整理が追いつかず、唯々言葉を失っている。

 そして……小夜はその場で膝から崩れ落ち、泣き叫んだ。




「そんな……嘘じゃろ、折角会えたのに!? なんで……なんでなんよぉっ!!??」



 小夜の悲痛な叫び声が、夜の静かなオフィス街に木霊こだまする。

 俺と理恵は掛ける言葉が見当たらず、その場に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る