実母捜索活動その3 ー真相ー
第12話
〜side A〜
8月n+5日
ゴールデン街捜索の次の日。花金の夜だ。まだ19時前で、帰宅ラッシュの時間帯ってところだ。
今日はマスターと女将さんたちに教えてもらったスナックのママを訪ねるべく、中野に来ている。
理恵たちと待ち合わせの約束をした中野駅北口。1人待機している間、中野駅周辺をなんとなく眺めていた。
新宿ほどではないが、中野も中々活気のある街だ。商業施設と昔からある大きな商店街が共存しているのが便利で、住みたい街ランキングでは毎回上位に来るのもわかる。
女将さんの話によると、例のママの名前はマキさん。マキさんの経営するスナック“
21時を過ぎると混雑し、ちゃんと話が聞けなくなるだろうから、出来るだけ早く行ってホステスさんに呼んで貰った方がいいとアドバイスされた。
まぁ金曜日の夜だし、ママさん目当てで来るお客さんも多いだろうからそれは当然だな。
「亘〜! お待たせ〜」
「ごめんね、待った?」
そうこうしているうちに、小夜と理恵がやってきた。
理恵は結局今日半休を取ってくれたみたいで、またしても小夜を目一杯大人に見えるように服やメイクの面倒を見てくれていた。
ゴールデン街のお店では結局最初から未成年だとバレてしまったが、今回はスナックという場所柄、幼い印象を持たれるとナメられるだろうからな。
「どう? ギャルに見える?」
小夜がそれっぽいポーズを取って見せる。今まで理恵のお下がりで着て来た服は、俺も1度は見たことがあるものばかりだったのだが、今日のギャルファッションみたいなスタイルは見覚えがない。というか、理恵には俺の知っている限りギャル時代はなかった。
『見えるけど……さてはお前、買って貰ったな?』
「えへへ〜正解。理恵さんがお昼で仕事終わって、一緒にランチしてからショッピング行ったー」
まったく、甘えてんなぁ。居候させてもらって、ランチをご馳走になり服までおねだりするとは。
俺が理恵の方を見ると、当の本人は「別に大したことじゃない」というような表情を浮かべていた。
「別にいいんだよ。折角東京に来たんだから、観光みたいなことしてもいいんじゃないかなーって思って」
『マジかよ……ごめんな理恵。小夜、お前少しは遠慮しろよな?』
「はいはーい。つーか、亘ってうちのパパとママよりも口うるさいんだけど」
そんなやり取りをしつつ、全員集合したので目的地へ向かうことにした。
賑やかな商店街の中を数分進み、地図アプリの指示に従って途中で曲がるとすぐ“舞人”と書かれた看板が見えた。ちょうど19時になったぐらいだったので、若いホステスさんが看板の明かりを付けに出て来たところだった。若いホステスさんは、俺たちのことをお客さんなのかどうか判断しかねているような感じだ。
『あの、開いてますか?』
「あ、はい! いらっしゃいませ」
スナックに来るにはちょっと若い見た目の男女3人組だろうから、このリアクションはまぁ当たり前だよな。
おそらくこのお姉さんは早番なのだろう、お店の中には他に誰もいない。お姉さんは開店早々来た珍客を席に案内し、1人でバタバタ忙しそうだった。
「すみません、20時まで私1人なんで出せるお酒限られてるんですけど……」
『ああ、大丈夫ですよ。簡単にすぐ出せるやつでいいんで』
今から氷を割ったりしないといけないみたいだったので、とりあえずお姉さんの手を
俺たちに飲み物を提供した後も、お姉さんはせっせと氷を割りながら俺たちに話し掛けてくれる。
「初めていらっしゃいましたよね? どなたかの紹介ですか?」
『ええ、まぁ』
「すみません、私たちマキさんに会いに来たんです。何時頃いらっしゃいます?」
俺がさりげないスナックでのやりとりをしようとしたのを遮り、理恵が単刀直入に切り出した。
俺はいきなり過ぎないか? と小突いたのだが、理恵から女将さんのアドバイスを忘れたのか、と言い返されてしまった。
まぁ……こういう店でママとゆっくり話せるのは常連さんだけだろうから、混み始める前の今がチャンスなのはわかるけども。でもちょっとはスナックの雰囲気味わったっていいじゃねぇか、普段中々来れねぇんだし。
「ママはいつも21時過ぎですよ、来るの」
「ごめんなさい。出来ればお電話で尋ねてきている者がいると伝えてくれませんか? どうしてもお話しないといけないことがあるので」
「は、はい……」
理恵にお願いされ、お姉さんは不思議そうに首を傾げながらマキさんに電話を掛けてくれた。
「……あ、おはようございます! 今お店にママに会いに来たっていう若い3人組の……はい、はい……わかりました、伝えます。お疲れ様です。……近くに住んでるんで、10分もすれば来ますよ」
『すみません、ありがとうございます』
お姉さんの言う通り、10分もしないうちにマキさんはやって来た。
マキさんはスラっとしたスタイルの美魔女っていう雰囲気の女性だ。おそらくヨウコと同じぐらいの歳なんじゃないかと思う。
俺ら3人の顔を伺い、軽く会釈をした。
「昨日の晩女将さんから連絡があって、なんとなく事情は知ってます。……アカリちゃん、奥のボックス席に移動して貰って」
「あ、はい」
「それから。私たちが話している間、絶対他のお客さんを近づけないで」
「わかりました」
マキさんの指示に従い、アカリさんと呼ばれた早番のお姉さんがカウンターからボックス席へ俺たちの飲み物を運んでくれた。込み入った話になるからとマキさんが配慮をしてくれたのだろう。どんな話を聞かせてくれるのかと、俺の中で期待値が上がっていく。
案内されたボックス席はまさに店の中で一番奥に位置していて、これは事情を聞き出すには打って付けの場所だ。
俺と小夜、理恵は並んで座り、マキさんと向かい合う形になった。マキさんは名刺を取り出し、目の前の俺に渡してきた。
「初めまして。パブスナック、舞人のマキです」
『ど、どうも……』
ニコッと営業スマイルをされ、これがママの貫禄かぁー、と全身に緊張が走る。
こちらがどう切り出そうかと考えているうちに、マキさんの方から話し始めてくれた。
「お店の名前の“舞人”なんだけど、これは元々私がストリッパーだったからなの」
「ストリッパー……」
小夜が度肝抜かれたような顔でそう呟くと、マキさんはクスクスと笑った。
「そう。ステージの上で、お客さんの目の前で服を脱いでいく。それをショーとして魅せるの。お嬢さんからしたらとんでもないことよね。でも、私はストリップショーの踊り子として誇りを持っていたわ。……とは言っても、人は歳を取るもの。どんなに努力して美しい身体をキープしようとしても、若い女の子には勝てない。永遠に出来ない仕事だと悟って今後どうやって生きていくか考えていた時に、私は古谷さんと知り合ったの」
『古谷……』
「古谷さんは小さな芸能事務所のマネージャーをしていたことがある人で、芸能や芸術方面で苦労している人を沢山知っていたの。そういう人たちに表現の場を与えて稼げるようにしてあげたいって、新しくショーパブを作ろうとしていたのよ。古谷さんは人からの紹介を受けて私を知ったと言っていて、ショーダンサーをやる女の子たちにレッスンをつけて欲しいと頼まれたの。そしてその話をしてくれた時……彼の隣にいたのがヨウコ。あれがヨウコとの初対面だったわ」
それからは、マキさんが知る限りのヨウコと古谷に関するエピソードが語られた。
古谷は芸能事務所のマネージャー時代、新人女優やアイドルが生計を立てるのに苦労し、場合によっては事務所からセクハラまがいな仕事を強要されるところを沢山見てきた。
彼はそんな若い女性が安心して仕事が出来、ステージに立つことでファンも獲得出来るような場所を作りたいと考え、健全で芸術性の高いショーパブ開店を目指したのだ。
古谷は人集めのために奔走した。出演パフォーマーは勿論のこと、ショーステージの音響、照明、舞台装置などを担当するスタッフも必要だ。また、ショーパブは夜の飲食業に分類されるため、人脈作りや情報収集を目的に歌舞伎町を始めとする歓楽街を渡り歩いたらしい。
そうしているうちに、劣悪な環境でナイトワークやセックスワークを続け、心身共に疲れ果てている女性たちにも出会うこととなる。古谷はそんな彼女らも救いたいと思いを募らせていき、その中にヨウコもいたのだった。
「ヨウコも私と同じように、人からの紹介で古谷さんと知り合ったんだって。ヨウコは“自分はもう風俗業界じゃないと生きていけない”って最初は断っていたみたいなの。でも古谷さんは何度も口説き続けたみたい。“君は、裸で全てを曝け出さなくても絶対に輝ける”って」
『マキさんは彼女と親しかったんですか?』
「ええ、そこそこ。歳も近かったしね。……古谷さんに誘われて集まった他のショーキャストは、歌やダンスの経験がある子が多かったけど、ヨウコは経験がなかったから不安だったのね……よくレッスンの時間外に私のところへ来て、ちゃんと出来てるか見てほしいって頼まれたわ。古谷さんの期待に応えるために必死だったのよ、きっと」
マキさんはヨウコの個人レッスンの際にプライベートな話をするようになり、2人の馴れ初めを知ったのだと言う。
元AV女優で人気風俗嬢だから、きっと集客面で強みになるだろう……そういう思惑でとある筋から紹介されたのがヨウコだ。
よく笑う明るい女性だが、ふとした時に見せる
古谷はヨウコに初めて会ったその日に一目惚れをする。そして元芸能事務所のマネージャーとしての直感も働いたのだ。“きっと彼女はショーダンサーとして光る”と。
ヨウコが初めてAVに出演した若かりし時。好きでもない、どちらかというと不快感を持つような相手とのセックスをカメラに収められた時に、人を愛するという感情を欠損させた。こうすることにより、ヨウコにとって男性とのスキンシップは“報酬を得る手段”として頭の中で処理することが出来る様になった。
それからは例えどんなに不潔な見た目の男性に陵辱されても、悲しみや怒りを抱くことは無くなった。これを達観している、というのだろう。
また、AV女優であることで彼女の母親に迷惑が掛かっていると知り、自分は家族を持つべきではない人間なんだとも悟った。
誰も愛さず、家族も持たずに孤独に過ごし、ただ男の欲望を満たす……それが自分に許された唯一の生き方なのだと、自分に言い聞かせてきたのだ。
AVを引退し、デリヘル嬢になってからも、ずっとそれを貫いていたのに。
「自分は男の欲望を満たすためだけに存在している……そう言うなら、僕の欲望を満たしてくれ。僕は君がステージの上で美しく舞う姿が見たい。そして、ステージから降りたら誰にも見せたことのない特別な笑顔を、僕だけに見せてくれないか」
『……それが、古谷さんの口説き文句ですか?』
「すごい、詩人みたい」
「でも、ちょっと臭過ぎじゃない? 私だったらそれ言われるとちょっと引いちゃうかも」
マキさんから語られる2人のエピソードを聞いている間、理恵は知らない世界の話に
話を聞いている間に時刻は20時を過ぎ、スナックにはアカリさん以外のホステスさんも出勤してきて、徐々にお客さんも入り始めていた。
「あれ? 今日ママ来るの早いね」
「ふふふ、珍しいでしょ。今ちょっとナイショ話してるから、そっちで大人しく飲んでて?」
「何だよ〜ナイショ話って〜」
「いいから、いいから」
俺たちがいるボックス席まで様子を見に来た常連客らしき中年男性を、マキさんは上手にあしらいながら元いたカウンター席まで戻している。
こっちに戻ってきて煙草に火をつけ、フウッとひと息つくマキさん。流石ママだな、お疲れ様です。
『マキさん、まだお話聞いてても大丈夫なんですか?』
「大丈夫よ。皆さんもう一杯ずつどう? サービスするから」
マキさんのご好意に甘え、もう一杯ずつ飲み物をいただきつつ、話の続きに入った。
恋人関係になったヨウコと古谷だったが、肝心のショーパブ開店のためにそれぞれ忙しく過ごす日々だった。
古谷はプロデューサーとして店のデザインや装飾を担当する人たちと打ち合わせをしたり、ショーの構成や演出をスタッフたちと何度も集まって議論していた。
ヨウコは個人レッスンの甲斐もあり、短期間でダンスの表現力を身に付けていった。その努力を知っていたマキさんは、思い切ってショーのメインとなる演目でヨウコをセンターに抜擢する。“自分より適任な人がいるよ”とヨウコは弱音を吐いたが、私の目に狂いはない! とマキさんは言い切り、ヨウコを説得したのだそうだ。
新宿エリア内で営業する場所が決まり、内装工事に入るとそこからは物凄い速さで準備が整っていった。
そして1ヶ月後。ショーパブとしてすっかり完成された店舗へショーに携わる関係者が集まり、実際のショーを想定したリハーサルが行われるようになった。
「私は舞台袖で見守ることしか出来なかったけど……ヨウコは本当に綺麗だったわ。ヨウコがセンターになる演目は、シカゴというブロードウェイミュージカルの中の1曲だったんだけどね。あなたたち知ってるかしら?」
『いいえ、俺は』
「知ってます! 映画で見ました」
「あら、理恵さん凄いわね。映画の公開も結構前なのに……Cell Block Tangoっていう、セクシーな衣装を着て刑務所の檻の中を模したセットで歌い踊る曲があるのよ。この作品の主人公の1人、ヴェルマ・ケリーの役目をヨウコに与えたの。彼女より上手く踊れる子は何人もいたけれど、彼女の持つ迫力と妖艶さは誰にも真似出来ないものだったわ……私の配役は間違っていなかったし、古谷さんの直感も当たっていた。間違いなく、誰よりも光って見えたんだもの」
「……じゃあ、そのショーパブは成功したの? 私の実母と、古谷さんは今どうしてるの!?」
いよいよ
……だが。マキさんはそこで一度言葉を区切り、表情を曇らせながら再び煙草に火を付けた。煙を深く吸い込んでから
「小夜ちゃん。昨日の夜、女将さんからの連絡を貰って私はずっと迷っていたの……あなたに話すのはここまでにするのか、その先まで話すのか」
「え?」
「ここまでにしておけば……あなたを産んだヨウコはとても魅力的で素敵な女性だった、という美しい事実だけを知って終われる」
「それだけじゃないってこと? ……何があったの?」
「受け入れる覚悟はある? 真実を」
小夜を試そうとしているのか、マキさんはじっと見つめている。
戸惑った小夜は俺の方に顔を向け、助けを求めてくる。
俺は何となく、マキさんから小夜にとって良くないことが語られるのだろうと予測していた。だから“やっぱりそうか”って感じなのだが、小夜はそうではない。
不安なのはわかる。でもお前は覚悟を持って、1人夜行バスに乗ってここまで来たんだろ?
『小夜、お前は何のためにここにいる?』
「……聞かせてください、マキさん」
よしよし、よく言ったぞ。つーか、何だか妹の成長を見守ってるみたいな気分だな。
いつの間にかカウンター席はお客さんで埋まっていて、俺たちのいるボックス席とは別世界のような賑わいを見せていた。
マキさんはわかったわ、と呟いた後、今までよりさらに声を小さくして話し始めた。
「結論から先に言うと、私が話したショーパブは今はもう存在しない。ヨウコとも古谷さんとも、私はもう連絡を取ることが出来なくなってしまってるの。……あなたたちに言ってないことがあったわ、実は古谷さんは店舗のプロデューサーなだけで、オーナーは別にいたの」
『え?』
古谷がショーパブを作るために歓楽街で情報収集していた時期に、“
結城は元キャバクラの黒服で、古谷と知り合った頃は歌舞伎町界隈で複数の店舗を経営する、グループ会社の代表取締役という人物である。
古谷はバーで会った際に結城からアドバイスを受けるつもりでいたのだが、当の本人は一緒に組んで自分がオーナーを引き受けようと話を持ち掛けてきたのだという。
急な展開に最初は戸惑う古谷だったが、冷静に考えると自分には飲食店経営の経験がない。芸能や芸術に関しての知識や人脈はあっても、ショーパブという店舗の運営ノウハウを学ぶのはこれからなのだ。ならば、経営のことは結城に任せて自分はプロデュース業に専念する方が成功の近道なのではないだろうか……。
古谷と結城は正式に手を組むこととなり、ショーパブは結城が代表を務めるグループ会社の新店舗という位置付けでオープンすると決定した。
結城の手回しもあって営業場所もすぐに決まり、内装工事などにかかる費用も全て結城側で用意された。
古谷は元々、自分でどうにかするつもりで資金も用意していた。だが結城と話していくうちに店舗の規模がどんどん大きくなっていくし、経営はうちに任せてよと言われてしまったことから、お言葉に甘えてそうせざる得ない状況になってしまう。今思えば、古谷にとってこれが最大の過ちだったのだろう。
「全て準備が整って、いよいよオープンとなったわ。古谷さんが考え、私がサポートして、ヨウコたちが必死に努力して作り上げたショーを実際に観客の前で披露することになった……でも、私たちの頑張りの証は観客に求められていなかったのよ」
『どういうことですか?』
「結城のグループの新店舗だから、当然客層は結城の系列店のお客さまがメインだったの。ショーパブはチャージ料も高いから、出演している若いショーダンサーが気軽に身内に宣伝出来るようなところでもなかったしね。結城が経営している他の店舗はキャバクラ数軒とピンクサロン……つまり、ショーは芸術性の高いものより“いかがわしいもの”を求めていらっしゃるお客さまが多かったのよ」
“あれ、パンティー見せてくれないの?”
“なんだ、お触りタイムなしかよ……つまんねぇなぁ”
そんな野次が飛び交い、折角ヨウコたちが華やかなダンスショーを披露しても賞賛されることはなかった。
ヨウコは本当ならオープンして軌道に乗った頃に、ゴールデン街でお世話になった女将さんやマスターたちを招待したいと考えていた。
でも、自分の目の前にいる品性のない観客たちを見ると、とても呼べる雰囲気ではないな、と思ってしまう。
オープンすれば達成感が待っていると信じていたダンサーやスタッフたちは落胆し、辞めていく者もちらほら出始める。
それでも、古谷は自分たちが作り上げてきたものに間違いはないと関係者一同を奮い立たせるのだった。ヨウコもそれに食らいついた。
だが。つまらない店と判断した客は二度と来ることはなく、オープンして1ヶ月も経たないうちに閑古鳥が鳴くような状態となった。
そうなってしまってから、結城は古谷にとんでもない提案をしてきたのだ。
「結城は古谷さんにコンセプトを変えろって言ってきたの。自分たちの常連客が望むような“いかがわしい”内容を含むショーにしろって」
「何それ、酷い……」
マキさんの話を聞いて理恵は嫌悪感を
小夜はさっきからずっと
『マキさん、古谷はそれに応じたんですか?』
「応じるわけないじゃない……断固として譲らなかったわ! そんな古谷さんに結城は誰がオーナーなんだ? 金を出してやってることを忘れたのか? って
その後の真相は、非常に胸糞悪いものだった。
古谷は突如、消息が絶たれてしまう。
ショーパブの経営方針で結城と最後まで折り合いが付かなかったため、消されたのではないかとマキさんは言った。
結城が自分の会社を大きく出来た要因の1つは、バックに反社会勢力の影があったからだと考えられている。邪魔になった古谷を始末したのはおそらくその筋だろう。
当時30代半ばで、歓楽街の事情を細かく把握していなかった古谷は、結城は信頼に値する人物なのかという判断がつかなかった。
今思えば、結城は最初から古谷が理想とするショーパブ運営を支持などしていなかったのだろう。
ヨウコを含むショーダンサーを“いかがわしい”方向で十分利用価値があると見越しての計画だったに違いない。
古谷がいなくなった後は結城が指示をし、ショーの内容を変えて行うことになった。
そんなことは出来ないと辞めていく者もいれば、結城の脅しに屈して受け入れる者もいた。
結城が一番に目を付けていたのはやはりヨウコだ。歌舞伎町界隈で有名な元デリヘル嬢が自分の支配下にいるのだから、どうしても有効活用させていきたいところだ。
だがヨウコは結城の支配には屈せず、古谷が戻ってくると信じ、残って結城と対立し続けた。
いよいよヨウコが自分の思い通りにならないと確信した時、結城は最終手段に出た……。
「私は結城の店のダンストレーナーを辞めて、今後についてどうしようか家でずっと考えてたの。そしたら、急にインターホンが鳴った。玄関の覗き穴から見ても誰も見えなくて、不審に思いながらドアを開けると……
「……!!!!」
小夜は絶句した。
ヨウコは覆面の集団……おそらく結城の息がかかった、その筋の人間たちに代わるがわる暴行を受けたのだ。
次から次へと押し寄せる恐怖と憎悪、悲しみ、絶望。そして終着地点にあったのは……虚無。
“あれ、おかしいなぁ。AVでも、風俗でも、散々陵辱プレイを経験してきたはずなのに。なんでこんなに傷付いてるんだろう?”
“そっか……人を好きになること、思い出しちゃったからか。古谷さん……今どこにいるの?”
小夜だけではなく、俺も理恵も絶句してしまった。
ボックス席はしんと静まり返っている。時刻は21時をとっくに過ぎている。マキさんのスナックは繁盛しているのに、不思議と周りの声や物音が全然聞こえない。
話しているマキさん自身も、発せられる声から涙ぐんでいるようだった。
「……それで、ヨウコの心は完全に壊れてしまった。壊れてしまったから、結城が提案した下品なショータイムにも出ていたの。無の感情でね」
『残ったんですか……そこに?』
「例え、自分をボロボロにした人間の元に居続けることになっても……ヨウコは待っていたかったのよ、古谷さんを」
『待っていたかったって……だって、おそらく古谷は』
「そうね、私も彼が今生きているとは思っていない。でもヨウコは信じるしかなかったのよ。まぁ、結局ヨウコもあそこをすぐに去ることになったんだけど」
「どういうこと?」
「小夜ちゃん……ヨウコは、店では使い物にならないと判断されてしまったたの。妊娠が発覚したから……おそらく、暴行を受けたあの時の」
そこまで聞くと、小夜は堪らなくなって店から逃げ出してしまった。
カウンター席で飲んでいた客やホステスさんが、走り抜けていく小夜を見て呆気に取られている。
『小夜っ!!』
「小夜ちゃん!?」
『理恵はここにいてくれ。マキさんのフォローを頼む……小夜、小夜……!!!!』
俺は全速力で、小夜の後を追った。
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