深夜の休憩時間
第11話
〜side B〜
8月n+5日
金曜日の深夜(日付変わって土曜日)。世間では花金と呼ばれ、浮かれている人が多いとされるのがまさに今だ。
そんなこともあって、うちのコールセンターも忙しい。「飲んでたら財布ごとどっかに忘れて来ましたー、カード止めてくださいー」という問い合わせが馬鹿ほど来ている。
加えて、何故か今日は亘さんが有給を使って休んでいるため、リーダーが足りなくてバタバタしてしまっているのだ。
元々今日は武士が休みなので、いつもより仕事量が多くて忙しいわ、愚痴れる友達はいないわで、まさにかったるいの極みだ。
なんとか抜けられるタイミングを作り、ようやく休憩に入ることが出来、今に至る。
がらんとした休憩室に1人でいるのはちょっと寂しい気もするが、忙しい中少ない人数でなんとか休憩を回している状態なので致し方がない。
休憩室のテーブル席に座り、コンビニで買ったパンを
“今、動画編集終わった。結構いい感じ”
“潤、やっぱナレーション上手いじゃん!”
このメッセージと共に、完成したばかりの動画ファイルを俺に送ってくれていた。
尾行調査の結果をまとめた動画を一緒に作るという話に俺は了承した。だがびっくりするぐらい武士の仕事が早く、早速今朝読んでほしい原稿を俺に送って来ていたのだ。
なるべく早めに音源がほしいと言われたので、俺もすぐ音声録音アプリを使い、簡易的にナレーション音源を作って送り返したのだが。どうやらその日のうちに音源と組み合わせて動画を完成させてしまったらしい。
添付ファイルを開き、動画を確認する。クオリティーは登録者数何百万人みたいな有名動画配信者なんかと比べてしまったら劣るかもしれないけど、動画編集をしたこともない素人の俺からしたら十分な出来だと思う。
““すげー! いい感じ!””
““お前、仕事早すぎな笑””
リアクションを返すと深夜にも関わらずすぐに既読がつき、返事が返ってきた。
“めちゃくちゃ頑張ったからな!笑 潤が大丈夫なら、ちょっとだけ手直ししてもう上げちゃうけど”
上げるってことは、インターネット上で全世界に公開されるってことか……。よくよく考えるとすごいことだよな。
武士は一応収益ラインに乗ってる動画配信者だから、身内じゃない人にも投稿した動画は見られている。そんな武士制作の動画の演者として俺が関わっているのだ。
最近はSNSなどで有名になる人も沢山いるし、これはいいチャンスなのかもしれないな。本当にいい友達を持ったな、俺。
いや、あれだぞ? 俺は決して自分の知名度アップのために武士を利用して……とか、そういうことを考えてるわけではないよ?
武士は普通に気の合う、人間的に好きないいヤツだ。
でも実際有名人になってる人って、きっとこういう普段からつるむヤツですら、「すげぇ人脈!」って声が出るような感じなんだと思う。
やっぱ東京来て、一発当ててやろうって思ってるんなら、多少のしたたかさは必要だよな。
そんなことを考えたりしていると、休憩室に誰か入ってくる音がした。
その音がした方に振り向くと、一瞬自分の表情がぎこちなく歪んだのがわかった。
入ってきたのは、真島さんだった。
マジか……まさかの休憩時間被りかよ。
夜勤の休憩時間は日勤の人に比べて時間が長い。この静かな休憩室で、よりによって捜査対象者と過ごすことになるとは……。
『……お疲れーっす』
「お疲れ様です」
とりあえず挨拶はしておいた。返してくれたけど……マジで気まずい。
夜勤帯だから外で時間を潰すっていうのも難しいし、これは早いところ仮眠スペースに逃げるが勝ちだな。
““ヤバい、休憩時間真島さんと被った””
““キツイんだけど””
思わず武士にメッセージを送る。
すると、それを見た武士から無理難題なミッションを課せられてしまった。
“潤!チャンスじゃん!”
“なんか喋って、さりげなく情報聞き出してくれ”
いやいやいや。え? 無茶苦茶なこと言うなよ……。武士、お前だって真島さんと話したことないだろうが。
今まで喫煙所で遭遇した時も無言を貫いてきたのに、急に話しかけたら流石に怪しまれるだろ。
俺がそう渋っても、武士は「持ち前のコミュ力発揮しろよ」と調子のいいことを言って、結局作戦決行せざるを得なくなった。
えーっと、なんて切り出したら良いのか。頭をフル回転させ、自然だと思う声の掛け方を模索した。
『……真島さん、まだ忙しそうでしたか?』
「ああ、はい」
……はい、終了。一番話しやすいネタ振ったのに2秒で終わった。これでどう情報を聞き出せと?
まぁ、流石にこれで放棄すると武士にどやされそうなのでもうちょっと頑張ってはみるけども。
『もう仕事慣れました?』
「はい……なんとか」
とても慣れてきたようには見えないんだけどな。そんなツッコミはさておき。
でも、真島さんは話しかければ何かしら返してくれる人のようだ。面倒臭がられたりはしていない……と、思う。適当な雰囲気で喋れば乗ってくれそうだな。
『そういえば、真島さんって俺と入ってる曜日一緒っすよね?』
「そうなんですか?」
『はい。なんか、俺がシフト入ってる時いつもいるなぁって思って。週3で、水・金・土じゃないですか?』
「ああ、確かにそうです」
『やっぱそうでしたよねー。……あ、俺普段は声優の養成所通ってるんですよ。だからここの仕事、合間のバイトとしてちょうどいいんですよねー』
「あー、そういう方結構いますよね」
よしよし。こう言う時はまず自分の話をしてから、相手に振る。この流れなら真島さんのプライベートも多少は暴けるだろう。
『真島さんって、ここの仕事週3入って、他の日って何してるんですか? ダブルワークっすか?』
「ああいえ、仕事はここだけです……」
『そーなんすね。え、じゃあ残りの4日何してるんですか? 週で休日4日もあると暇じゃないですか?』
「ええ、まぁ……」
くそっ、俺の会話スキルは申し分ないはずなのに……なんで
それとも、真島さんにとってあれは隠したいことなのか?
『趣味に没頭してるとか? 俺休みの日はついつい1日中ゲームしちゃうんですよー』
「まぁ……そうですね、そんなところです」
『へー。なんか、本当に勝手なイメージなんですけど、真島さんって芸術系の趣味ありそうですよね』
「……わかりますか?」
だいぶストレートな球投げたなーって言ってから思ったけど、なんか食いついてきてくれた。
やっぱ、表現者の類いは人から興味持たれると嬉しくて話したくなるよな。わかるぞ、その気持ちは。
『あれ、当たっちゃった? なんか、なんとなく美術館とか好きで、行ってそうだなーって思って』
「すごいですね……川上くんの予想通り、僕は立体美術が好きなんですよ。大学も芸大を出ました」
『へぇー、そうなんですね! でも、じゃあなんでここで働いてるんですか? そっち系の仕事じゃなくて』
「あはは……まぁ簡単に言うと、夢破れたってことですよ。昔はテレビ局の大道具を作ったりしてましたけどね……体を壊してしまって」
『なるほど……なんかすみません、変なこと聞いて』
「いえいえ。潰しの効かない人生を選んだのは自分ですから」
なんか、今まで全然絡んだことなかったくせに、こんな土足でズカズカ入るようなクソガキ感出まくってる俺によく話してくれるなぁ、真島さん。
この短い時間で少しだけ彼のことを知った俺は、陰で馬鹿にしてたことを少し反省した。
「でも、今は充実しているんですよ。休日が多いので、自分のペースでアート制作が出来ますから」
『え、じゃあ今なんか作ってるんですか?』
「ええ。……いい素材が手に入ったんでね。仕事の合間に自宅でちまちまやってます」
ついに! ついに、自分の口から語られた。
対象、真島さんはやっぱり何らかのアート作品を制作中なのだ。そして、先日はそのための画材調達で夜勤明けにあの画材屋へ行った。
裏がきっちり取れたのだから、これはでっかい収穫だ。武士、どんなもんだ。俺はやったぞ?
『すごいっすね! いやー、いつか見てみたいっすわ』
「そうだね……機会があればね」
そこまで話し、俺は残りの休憩時間は仮眠に使うと断って仮眠スペースの方へ逃げることにした。
自分のファインプレーを一刻も早く武士に伝えようと、メッセージアプリを立ち上げる。
何となく、俺と会話を終えてからも真島さんからの視線を感じるような気がしていたが、その時の俺は特別気にすることはなかった。
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