実母捜索活動その2
第10話
〜side A〜
8月n+4日
前回の捜索活動から2日後、つまり木曜日の夜だ。時間は20時頃。
俺と小夜、今回は理恵も含めた3人で、新宿ゴールデン街にやってきた。
当初は“出来れば理恵も捜索を手伝ってくれたら良い”ぐらいに思っていたのだが、事情が変わった。この前のデリヘル嬢への聞き込みの際に散財し、さらには給料日前ということで、俺は今とてつもなく金がない。情けない話だが、今日聞き込みを行うお店の飲食代は理恵に払って貰うしか方法がないのだ。
どうしようも無い奴だと言いたげな表情で俺の隣を歩く理恵。小夜は引き続き、理恵から借りた洋服を着て目一杯大人に見えるように振る舞っている。
『小夜、わかってるよな?お前は……』
「わかってるってば。19歳の大学生設定で、お酒は飲まない。でしょ?」
『マジで頼むぞ……俺も理恵も犯罪者になるのは御免だからな』
念の為言い聞かせ、俺たちは一昨日も来た美月ウララの行きつけだったと言われる飲み屋の
店内に入るとすぐにカウンターがある、10席もないような小さな店だ。カウンターの中には昨日話をしたマスターの爺さんがいた。
「おぅ、この前の兄ちゃんか。いらっしゃい」
『その節はどうも。連れが2人いるんですけど、大丈夫ですか?』
「大丈夫だけど、混んできたら出て貰うから。そこんとこよろしくな」
確かゴールデン街のマナーで、一つの店で長居せず何店舗かはしごするべし。っていうのを聞いたことがある……狭い店ばっかだし仕方ないよな。
3人で並んでカウンター席に座る。俺たちの他には常連客っぽいオジサンが1人と、おそらく女将さんだろうなという
「こんな若い子たちが来るの珍しいんでねーか?
「
常連のオジサンと女将さんがそんなやり取りをしていたが、女将さんが小夜を見つけるなり、顔をジーっと見つめ出した。マズい、怪しまれている……。
「お嬢ちゃん、うちにはパンケーキやタピオカはないよ?」
『ああ、この子は大学生なんです。ちょっとガールズバーで知り合って……』
「へぇ〜。どこの店だい? あたしゃ、この界隈のオーナーは何人か知ってるよ」
『店? えっとー』
フォローで入ったつもりが墓穴を掘ってしまった。しどろもどろしている俺を見て、女将さんはケラケラ笑い始めた。
「ごめんよ、意地悪して。わかってるさ、この子が大学生じゃないことぐらい」
『あはは……ですよねぇ』
「まぁ、騒いだり暴れたりしないならいいよ。お嬢ちゃん、オレンジジュースとコーラどっちがいい?」
「オレンジジュース……」
小夜が小さく
俺と理恵の目の前には緑茶ハイ、小夜にはオレンジジュース、そしてマスター手作りの一品料理が並び、とりあえず乾杯。
この店は下町の飲み屋コンセプトのようだな。
って、おいおい。俺たちは飲みに来たんじゃないぞ。第一の目的があるんだ。
「んー! マスターこの煮物美味しいね!」
「ハハハ、口に合って良かったよ。姉ちゃんたち普段こんな店で飲まないだろ?」
「そんなことないですよー、よく会社の上司に色んなところ連れていってもらってますから」
理恵はマスターとフレンドリーな雰囲気を作っていた。なるほどな、こういう場所での聞き込みは理恵の方が向いているのかもしれない。流石社会人だな。
小一時間もすると、理恵はこの店に
「へー、それじゃあ小夜ちゃんは1人で東京に来たのかい?」
「はい……」
「家出娘かぁ? ま、この辺
「違う! 私は……」
「皆さん。実は……協力して欲しいことがあるんです」
絶妙なタイミングでそう理恵が切り出す。そして俺も加わり、これまでの経緯を飲み屋にいる人々に説明した。
一通り話したが、美月ウララの名前を出しても皆あまりピンと来ていないようだった。
「うーん……この辺、元AV女優で風俗のお姉ちゃんやってる子は結構いるからねぇ……ここで仕事の話したりするわけでもないし」
マスターは腕を組みながら考え込み、なんとか思い出そうと頑張ってくれているものの、心当たりのある人物が浮かんで来ないみたいだ。
よくよく考えるとマスターは長くここで店をやっているわけだから、今までものすごい人数の客と出会っているのだ。20年近く前に通っていた女性客の中から該当の人物を思い出すなんて中々難しい。ネットから拾ってきた美月ウララ出演AVのパッケージ画像(比較的刺激が少ないもの)も見せ、どうにか思い出して貰おうと願う。
すると、画像を見ていた女将さんが何か思いついたように声を上げた。
「ちょっと待って……この子、ヨウコちゃんじゃない?」
『女将さん……?』
「うん、間違いないよ! 岡山出身だって言ってたし」
「亘、戸籍謄本に書かれてた実母の名前……“ヨウコ”なの!」
女将さん、さらに小夜からも新事実が飛び出し、俺は思わず緑茶ハイを口から
やがて、思い出したかのようにマスターとトクさんも「ああ!」と声を上げた。
「ヨウコちゃんかぁ! そうだ、よくここ来てたよ。俺はてっきりホステスさんだと思ってた」
「懐かしいなぁ、気さくで優しい子だったよな? トクさん」
マスターとトクさんは美月ウララ=ヨウコが元AV女優の風俗嬢だとは知らなかったようだが、女将さんはやはり女性同士ということもあって、より深い話をすることがあったのだろう。女将さんが語り始めた。
「ヨウコちゃんは確か母子家庭で育ったって言ってたね。裕福ではなかったから、同級生が持っているような可愛らしい洋服やおもちゃが買ってもらえなかったり、休日に旅行や遊園地に連れて行ってもらったことがなくて寂しい思いをしたって。それで中学生ぐらいから非行に走って、警察のお世話にもなったりもしたって言ってたね」
女将さんが聞いたヨウコの過去はこうだ。
ヨウコは高校生の時、自分の力でお金を稼げるようになりたいと考えて家出をした。そして東京に辿り着いたのだ。
地方から出てきた少女に悪い大人が目をつけ、言葉巧みに誘い、AV出演……。後に自分の選択に後悔を抱くが、その頃にはもう“この道”でしか生きられなくなっていた。
やがて彼女の母親から連絡が入る。母親曰く、“地元でヨウコがAV女優になったと噂になっている。私は恥ずかしくて表に出られない”らしい。
この言葉を聞き、ヨウコはAVを引退する決意をした。だが母子の関係が回復することはなく、絶縁状態になってしまうのだった。
「それで引退後、歌舞伎町で働き始めたんだって。生い立ちを聞いたのは、あの子が凄く落ち込んでた日だったかなぁ。仕事で相手した客にネチネチ説教されたって言ってたっけね……暗い話をしたのはその日だけで、普段は本当に明るい子だったよ」
「明るかったよなぁー、飲みっぷりも良かったし」
「飲み比べでトクさんの方が潰れてたもんなぁ!」
「言うんじゃねぇよ! ……そういや、なんで急に来なくなっちまったんだろうな?」
『え? 急に来なくなったんですか?』
俺がそう聞くと、マスターもトクさんも顔を見合わせて
すると、女将さんがまたも有力な追加情報を提供してくれた。
「好きな男が出来たんだよ。ここにも数回、一緒に来たことがある」
「好きな人!?」
小夜が“好きな人”というワードに真っ先に飛びつき、女将さんに話の続きを
女将さんの話によると、ヨウコが紹介したい人がいるということで“とある人物”を連れて来たらしい。
とある人物は
「ヨウコちゃんは古谷さんと一緒に叶えたい夢があるって言ってたね」
『叶えたい夢?』
「あまり詳しくはないけど……新しくショーパブをオープンさせるって話してたっけね。古谷さんがプロデューサーになって、ヨウコちゃんもショーに出るダンサーをやるって言ってたよ。それで自分は今の仕事から足を洗うんだって」
美月ウララの本名はヨウコであること、孤独な生い立ちに、古谷という彼女が愛した男の存在……そしてショーパブという新たなキーワード。
女将さんから沢山の話を聞けたが、残念ながらここで手掛かりは途切れてしまった。ヨウコとはこの店だけの付き合いだったため、連絡先も知らないとのことだ。
だが、ヨウコと親しい仲だった友人の女性なら連絡が取れると教えてくれた。その女性はおそらく元々ヨウコの同業者で、現在は中野でスナックのママをしているらしい。
マスターが店の奥から名刺ファイルを持ってきて、その方のお店の名刺を探し出してくれた。俺たちは
その後他の客が何組か入って来てカウンターが埋まりそうになったので、ゴールデン街のマナーに沿ってここを出ることにした。
「じゃね〜、マスターご馳走様!」
「おう! 理恵ちゃん、今度は普通に飲みにおいでよ。小夜ちゃんも、もっとお姉さんになったらな?」
「そ、そねーに子供扱いしなんなっ!」
「お? つい方言が出ちまったか! 可愛いねぇ」
マスターとトクさんは理恵のことが気に入ったようだし、小夜のことはからかいつつも実母探しに関しては応援してくれているみたいだった。
帰り際女将さんは余分に作ってしまったものだと言って、俺におかずの入ったタッパーを持たせてくれた。沢山の情報をくれたのは女将さんだし、この人には頭が上がらない。
それにしても、この店にいる間は昭和にタイムスリップしたような気分だった。人との繋がりや温かさを直接感じることが出来るというか……。
当時孤独だったヨウコにとって心の拠り所だったんだろうなと、勝手に想像しながら俺たちはゴールデン街を後にした。
今日の捜索活動はこれで終了だ。帰宅するため新宿駅まで歩いている途中、小夜は生き生きした表情で回想を巡らせていた。
「マジですごいよ! 私こんなにも情報が聞き出せるなんて思ってなかった!!」
『そうだな。正直俺もビックリしてる』
「亘、明日も有給取ってるって言ってたよね? っていうことは、中野のスナックには明日行くんだよね? 明日も付き合ってあげるよ!」
先ほどの店でいい感じに出来上がっている理恵が、いつもとは違う陽気なテンションで絡んでくる。
もしもし、理恵さん? 俺らは飲み屋巡りをしているわけじゃないんですよ……まぁ、調査費用出してくれてるので強く言えませんが。
「私、母親がAV出演や風俗の仕事をしてたって知った時……ぶっちゃけ軽蔑した。でも女将さんの話聞いてちょっとは境遇も理解出来たし、きっと“古谷さん”っていう人と出会って暗闇から抜け出せたんだよ。そう考えると、今ちゃんと幸せになってるのか会って確かめたいっていう気持ちになった」
「ねぇねぇ!もしかしたらさ、小夜ちゃんの本当のお父さんってその“古谷さん”かもしれないね?」
「やっぱそう思う!? 誰のものにもならない孤独を抱えた風俗嬢が、自分のことを救ってくれた人と結ばれて、そして生まれたのが私……うわぁ、でーれーロマンチックじゃなぁ!!」
妄想を膨らましている小夜と、酒が入って調子良く同調している理恵の隣で、俺は1人居心地悪く歩幅を合わせて歩いていた。
女はやっぱ、こういう話が好きなもんなんだなぁ……。ついていけねぇ。
確かに、小夜の想像通りなんだとしたら素晴らしい美談だろう。でも、俺は何か引っ掛かるなぁと感じていて。
マスターや女将さんたちは現在のヨウコの消息を知らない。古谷という男とその後どうなったのかも。
女将さんは、“店に来なくなったということは、歌舞伎町界隈から居なくなって、幸せに暮らしているんだと解釈している”と言っていた。
だが、かつてヨウコは自分の生い立ちを女将さんに話しているのだ。そして大切な存在だと、古谷のことも紹介している。
それだけ信頼している女将さんに何も連絡をせずに姿を消すのだろうか?
ショーパブのオープンは? 古谷と共に叶えたい夢だと言ったが、その後本当にオープンしたのか?
もしオープンしたとしたら、世話になった女将さんやマスターを招待したりしそうなものだ。女将さんが何も知らなかったということは実際そのお店はオープンすることはなかったのではないのだろうか……?
「亘〜!! なんしょん? 歩くの遅いんじゃねぇ!?」
小夜に岡山弁で怒鳴られ、ハッとする。
普段歩くスピードが速い俺が、考え事をしていたために気づいたら小夜と理恵にだいぶ距離を空けられてしまっていたみたいだ。
小走りで2人がいるところまで向かうと、小夜にわざとらしくため息を吐かれた。
「もう、何ぐずぐずしとん?」
『悪い悪い。つーかお前すげぇ方言で喋るじゃん』
「う、うっせー! 田舎者だって馬鹿にしとるんじゃろ……」
『別に。逆に俺、関東生まれだから方言喋れるの羨ましいけどな……方言女子可愛いと思うし』
「亘に言われても嬉しゅうねえわっ」
「はいはーい、騒がないでもう家帰るよー小夜ちゃん! じゃ亘、明日も会社終わりに合流するから。中野駅北口集合でよろしく〜」
そう言って理恵は騒ぐ小夜を引っ張り、新宿駅東口へ消えていった。
酒に酔っている女性と未成年女子の2人組をこのまま帰して大丈夫なのだろうかと不安が過ぎったが、流石に理恵も電車に乗ればシャキッとするだろうと信じることにした。
2人が見えなくなるまでは見守り、その後俺も自分が乗る路線の駅へ向かう。
女将さんから預かったおかずのタッパーを見つめながら、この捜索活動が終わったら個人でもあの店には飲みに行くようにしようと思ったのだった。
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