実母捜索活動その1
第8話
〜side A〜
8月n+2日
火曜日の朝。小夜が東京にやって来た日から2日後の朝だ。
夜勤明けの俺は待ち合わせ場所として指定した、新宿駅西口近くの大型家電量販店へ向かって歩いていた。
15分程定時を過ぎてしまったので少し焦っている。待ち合わせ時間を9時30分に指定したのは、確実に俺が先に待ち合わせ場所に着いて、小夜を待っている状態にしたかったからだ。やはりこの新宿という街で、地方から来た未成年の少女を1人にさせるわけにはいかない……そう俺の正義漢センサーが働いたのだった。
家電量販店付近までやってくると、入口前に小夜がいるのが見えた。
時計で時間を確認すると、9時25分。意外と待ち合わせ時間はきっちり守る方らしいな。
「お疲れー」
『おう。待ったか?』
「別に。っていうか、なんで西口の方で集合なの? 歌舞伎町って東口方面なんでしょ?」
『アホか。あんな治安悪いエリアでお前を1人で待たせられるか』
紳士だのパパみたいだの弄られたが、とりあえず俺が考えた今日の予定を伝えるべく、あと俺が腹減ってるというのもあったので朝飯を食うことにした。
小夜は理恵に朝飯を用意して貰っていたようなのでジュースだけでいいらしい。となると…またファーストフードかカフェかよ。小夜が東京にいる間は魚焼き定食は諦めよう。
『駅前色々あるけど、どっか希望はあるか?』
「んー、折角東京に来てるからお洒落なカフェがいい」
『俺がそんな店知ってるとでも? 大体今まだ朝9時半だぞ。小夜が言ってるようなとこはまだ開いてねーよ』
新宿駅西口と百貨店が繋がっている所で一旦足を止めて良さげな店がないかをスマホで調べる。西口はオフィス街エリアなので、ビジネスマンターゲットなカフェや喫茶店が充実しているはずだ。
俺が一生懸命調べているうちに、どっかの政治団体が街宣車で演説をし始めた。この辺りはよくこういった演説をやる場所として定番なのだ。朝からご苦労なこった。
マイクを使って我が国を脅かすなんたらかんたら、再び強い日本をなんたらかんたら……と怒鳴り声に近い口調で話す人と、その演説を熱心に聞いてる一部の聴衆。
旅行で来てたり、この地に住んで働いている外国人だっていっぱい居るのに、なんだかなぁっていつも思う。うちの職場にも外国人何人かいるし。
そして、こうやって
まさに、カオスな空間。見ろよ小夜、これが大都会新宿だ。
「なんか……怖いね、ここ」
『やっとわかったか。お前がどれだけ無謀なことしようとしていたか。まぁ東口エリアの怖さとはちょっと種類が違うけどな』
「うん……。亘や理恵さんがいて良かったって思う」
『そうとわかったなら、もうちょっと俺への態度改めろよ』
ようやくちょうど良い喫茶店を見つけ、俺は小夜を引っ張りその場を離れた。
結局選んだのは新宿駅西口と繋がっている、地下街のとある喫茶店だ。
込み入った話をするならチェーン店など若者でガヤガヤしているところより、こういう年齢高めの客層で設定されている所の方がいい。
小夜はメロンクリームソーダ、俺はサンドイッチとドリンクのセットでブレンドコーヒを注文した。
『さて、今日の予定だけど。まず、俺なりにこうすれば手掛かりが掴めるんじゃないかっていう計画を立てた』
俺が作成したメモをスマホにて小夜と共有。歌舞伎町界隈で昔からAV女優がよく在籍していると言われているデリヘルを何店舗かピックアップ済みであること、ラブホテルで待機しデリヘル嬢に来て貰い、そこで聞き込みをするということがそこには書いてある。
メモを読み終わった後、小夜は不安そうな目で俺を見てくる。おうよ、お前の言いたいことはわかってるぞ。
「ねぇ、私と亘でラブホ行くってこと?」
『そうするしかねーだろ。だから理恵に、出来るだけ大人っぽく見える服着せてメイクしてくれって頼んだんだよ』
「亘、私に何もしてこないよね……?」
『しねーに決まってんだろ』
「デリヘルのお姉さんと、目の前でなんか始めたりも……」
『しねーよ!!』
思わず大きな声を出してしまい、注文の品を運んできたウェイターさんに怪しまれた。
大丈夫です何でもありませんと弁解し、メロンクリームソーダとサンドイッチセットをそれぞれ
腹ごしらえも済み、いよいよ行動開始だ。
「やばー、私ラブホ初めて入った! お風呂のライトめっちゃギラギラしてる〜!!」
『おい、小夜……ちょっとは静かにしろ』
歌舞伎町の端、ラブホ街にあるうちの1つに早速やってきた俺たち。喫茶店を出てからここへ入室するまでは小夜が補導(あるいは俺が職質)されないかヒヤヒヤしたが、意外にも堂々としていれば簡単に切り抜けられるもんなんだな。つーか、緊張から解放された小夜のはしゃぎ様……オイコラ、部屋に入ったら安心ってわけじゃないぞ。
しかしこの捜索活動、金がかかるなぁ……。ラブホ代だってフリータイムの時間と言えど5,000円したし、これからデリヘル嬢さん達を呼ぶのに安くても1人10,000円は超える……。いや、この方法を提案したのは俺だし、小夜から金を巻き上げるつもりはないんだけども。しばらくは節約生活だな。
最初にお呼びしたのはベテラン嬢っぽい、つかささん。店の
やる気満々な感じで、部屋の入口で出迎えた瞬間サービスに入りそうになったので必死で止めに入り、なんとか事情を説明。態度が一変して急に素の感じを見せてきたが渋々話を聞けるようになった。
「何よ……折角可愛いボーヤを相手に出来るって思ってたのに……」
『スミマセン……』
「それより、そこのベッドに座ってる子。未成年なんじゃないの!? 勘弁してくれない?」
実際はじめて見たであろうリアル風俗嬢、しかもちょっと怖そうな熟女に睨まれ、小夜は縮こまっているようだ。俺はつかささんを
「ま、私も中絶の経験があったり、離婚した元夫に親権譲って以来子供に会ってないもの。この業界で働く女の話として珍しいことじゃないわよね。……あんた、仮にその元AV女優の“嬢”が本当の母親だとわかったとしてどうすんのよ? 会いたいわけ?」
「あの、私は……」
『つかささん、彼女はどうしても実母に会いたいというより、自分のルーツを知りたいという気持ちが優先なんです』
完全に
「自分のルーツねぇ……知らない方がいいことだってあると思うわよ? なんせ、あんたらの常識とは違う価値観で私たちは生きてるんだから。……知ってるわよ、美月ウララ」
『知ってるんですか!?』
「と言っても、噂でよ? 彼女は当時この界隈で有名だったから。女優時代はそこそこ人気あったみたいだし、嬢になってからもサービス精神旺盛で評判だったのよ。私が相手した客からもしょっちゅう話聞いてたわ。NGがなくて追加オプションはなんでも出来るし、普通の嬢なら参っちゃうようなマナーの悪い客でも上手いこと飼い慣らして、良客に更生させちゃうって」
その後、つかささんから人伝に聞いたという“美月ウララ”の様々な武勇伝が語られたのだが、あまりにも刺激が強い内容だったのでここでは割愛しておく。ちなみに小夜は終始苦笑いを浮かべていた。
武勇伝以外に得られた情報としては、つかささんと同じ店舗ではなかったということだけだった。ここでつかささんが持っていたタイマーが鳴り、60分コースの終了が告げられた。
俺が財布から15,000円を取り出そうとすると、つかささんは「いらないわよ」と言ってホテルを出て行った。
38歳設定だが、おそらく小夜の実母と同世代の現役嬢として何か思うことがあったのかもしれない。聞き込み対象第1号がつかささんのような優しい人でよかった。
……だが。それ以降は散々であった。つかささんの助言があって、歌舞伎町エリア・古参常連客に人気の店舗に在籍している嬢を狙ってみたのだが、誰もつかささん以上の情報は持っていなかった。いやそれだけならいいのだが、如何せん若い嬢たちは、俺のことはそっちのけで小夜と勝手にガールズトークを始めてしまったり、挙げ句の果てにはホテルに設置されているカラオケで盛り上がったりなどやりたい放題。そしてしっかり代金は徴収される……そんな子が2〜3人続いた。
「じゃね〜小夜ちゃん! お母さん探すの頑張って〜」
「うん、ありがとー! 楽しかった〜じゃね〜」
カラオケ三昧のギャル嬢に、笑顔でお見送りをした小夜。
オイコラ。楽しかった〜、じゃねぇんだよ。
『小夜。俺今日めちゃくちゃ貯金切り崩してるのわかってるか?』
「そんなこと言ったって、手掛かりなくてもお金払わないといけないんでしょ? だったら楽しい方がいいじゃん」
『お前……地元戻ったらバイトして、今日の分なんとかして俺に返せよ!』
兎に角俺の所持金の都合上、今日は次が最後になる。お呼びしたのは俺がチェックした嬢の中ではそこそこ評価の高そうなフウカさん。年齢は27歳となっていて、プロフィールと相違はなさそうだ。結果、この人が今日イチの“当たり”を持っていたのだ。
「私は直接知らないんだけど……彼女が行きつけだったっていう飲み屋は知ってる」
『飲み屋?』
「ゴールデン街あるじゃない? あの中に結構昔からあるところで、70歳ぐらいのマスターがやってるとこ。私も人に連れてって貰っただけで、2回ぐらいしか行ったことないんだけど……」
『店の名前、わかりますか?』
フウカさんから店名を聞いた俺たちはゴールデン街に向かった。木造長屋の小さな店が連なっている非常にディープな空間だ。店や区画の多さから迷いそうになりながらも、それらしき店を見つけることが出来た。入口からごちゃっとしていて、まさにゴールデン街の老舗店という雰囲気だ。店の外からでも賑わっているのがわかる。
「いらっしゃい。初顔だね?」
『ああ、はい……』
どこかから戻ってきた風の爺さんに声を掛けられた。多分フウカさんが言っていた70歳ぐらいのマスターだろう。
物凄く気さくな感じで、そのまま店の中に連れて行かれそうな気がしたので『また来ます』と言って切り抜けた。
入りたいのは山々なんだが、なんせ今は金がない。全くサービスを受けてないのに、謎に風俗で散財したせいで。
ゴールデン街を抜け、歌舞伎町の通りを歩きながら、小夜と今日の収穫について話した。
『ま、どうなるかとは思ったけど意外と手掛かりが掴めるもんだな』
「さっきの飲み屋はいつ行くの?」
『そうだな……また2日後の木曜ぐらいかな。俺本来、週末は連勤なんだけど……よし、木曜と金曜は有給使って休むか』
「ええ!? そこまでしてくれるの!?」
『ママにしばらく東京にいるって報告してても、あんまり長くなってたら不審がられるからな。どうせなら捜索活動畳み掛けるぞ? ったく、マジで俺に感謝しろよな』
ふと小夜に目を向けると、彼女はガールズバーの入口付近でプラカード持ちをしている女性と、その女性と話している若いサラリーマンを見ていた。
その男女はキャストと客なのだろうが、なんとなくそれ以上の関係のようにも見えた。
「ねぇ、亘。なんで歌舞伎町で働いてるんだろうね、あの人」
『え?』
「あそこにいる女の人。テレビで見るキャバクラ嬢の人みたいに派手な格好してない。どこにでもいる、普通の女の人に見えるの。今日話聞かせてくれたデリヘル嬢さんたちだって……最初のオバサンはなんか違うけど、他の人たちは全然風俗で働いてるように見えなかった」
『別に珍しいことじゃねーよ。東京で生きていくのは何かと大変だから、生活のためにナイトワークやセックスワークを選ぶ人もいる。田舎生まれのお前には考えられねーだろうけどな』
「私の母親も……そうだったのかな」
『さぁな。ゴールデン街のあの店に行けばなんか事情わかるんじゃね?』
きっと小夜には今、この東京・新宿という街は酷く恐ろしいところのように映っているのだろう。
当たり前のことだ。東京だって魅力的な場所はいっぱいあるっていうのに、小夜はここに来てから闇の部分ばかりを見てしまっているのだからな。
スケジュールに余裕が生まれるかはわからないが……東京滞在期間中、どこか観光地にでも連れて行ってやりたいなと、お節介野郎の俺は思った。
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