お節介な大人たち
第6話
理恵のマンションを出て自分の家に辿り着くまで45分程かかり、帰宅後シャワーを浴びるなどして、ようやく落ち着いたと思った時には昼を過ぎていた。
普段だったらとっくに夢の中にいる時間だ。自宅まで帰るのに乗ったバスの中では若干ウトウトしていた筈なのに、どうやら色々考え事をしているうちにまた目が覚めてしまったようだ。
あまりにも危なっかしく、それでいて真っ直ぐに突っ走る小夜を見ていて、思わず持ち前のお節介を発動させてしまったわけだが、さてこれからどうしたものか。
実母探しに協力してやると勢いで言ったものの、当然ながら人探しなんてしたことがない。ましてや俺にとってはまったくの赤の他人を探すわけだ。
2000年頃に活躍していたAV女優、美月ウララ……。小夜は現在高校2年生ということは16〜17歳ということか。
年齢早見表をネットで検索してみると、おそらく小夜は2005年生まれだろうとわかった。AV女優を引退して風俗嬢になり、小夜を出産するまで5年。その5年の間で彼女と接点のある人物を見つけ出せれば希望はあるのかもしれない。そうなるとやはり同業者……風俗界隈を当たるのが近道だろう。そういえば、現役・元AV女優が在籍しているという触れ込みの風俗店も多々あると聞いたことがある。新宿エリアでそういう店を探してみるとしよう。
続いて“美月ウララ”と検索してみると、意外とヒットする項目があった。プロフィール記事から出演作品がわかり、試しにその一つを調べてみると……なかなかのハードジャンル作品であった。
小夜の実母かもしれない人だと思うとかなり気まずい。小夜はこういった検索結果を目にしたにも関わらず、探そうとしているのか。
自分に置き換えて考えると、とても同じ行動は取れない。俺だったらショックと憎悪で母親と絶縁してしまうと思う。
冷静になって情報を整理すればする程、小夜の今回の行動が決して生半可な気持ちではないのだと実感する。
『……やべ、いい加減寝ないと』
今夜理恵に電話すると約束をしていたことを思い出した。今後のことを真剣に話し合わないといけないのだから、まずはしっかり睡眠を摂って頭が働く状態にしないと。
……理恵、あんまり変わってなかったな。部屋の中に男の私物とか、そういった形跡もなかったし、新しい彼氏がいるってことはなさそうか。
いやいや。なんでちゃっかりチェックしてんだよ、気持ち悪。きっと寝不足のせいだな、うん。
雑念と煩悩を振り払おうともがいているうちに、いつの間にか俺は
特徴的な着信音が大音量で鳴り響き、俺は目覚めた。
開ききっていない目でスマホのディスプレイを見ると、“理恵”という文字が表示されていてハッとする。時刻は23時過ぎ。どうやら熟睡し過ぎてしまったようだ。
『……もしもし』
「亘、今まで寝てたでしょ」
流石だな、俺のことはお見通しらしい。
『ごめん……もうちょっと早く起きるつもりだった。アラームセットしてたのに』
「別にいいよ。そりゃあ色々あり過ぎて熟睡するだろうしね」
理恵の懐の深さに感謝しつつ、俺は昼間考えていたことを伝えた。
やはり歌舞伎町の風俗店辺りで聞き込みをするのが一番望みがあるだろうという俺の提案に、理恵は複雑そうに反応する。
「確かにそれが一番手っ取り早いんだろうけど……それって、亘が風俗の客として潜入して聞くってこと?」
『まぁ、そうなるだろうな。小夜を潜入させる訳にはいかねーし』
「それってさ、その……“サービス”とかも受けるってこと?」
突然の理恵からのぶっ込みに、電話で話しながら飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。
いやだって、全く考えてもいなかったことだったので。
『ちょ、おま……何言ってんの!?』
「だって、潜入捜査なんだったら怪しまれないように……そういうこともするのかな、って」
『あのなぁ。あーゆーとこで働いてる女の子っていうのは金を貰うことが一番なんだから、サービスしないで話だけでいいってわかれば楽な客でラッキーってなるもんなんだよ。何人か当たっていけば割と情報収集出来ると思うんだけどな……小夜の実母と歳が近いであろう熟女を狙うべきか、それとも昔からの風俗常連客を相手にしているような人気嬢を狙うか……』
「へー。亘、なんでそういうの詳しいの?」
『え? いや……学生の時に飲んだ後ノリで何回か……あ、言っとくけどお前と付き合う前だから!』
「そんなの当たり前じゃん!! もしかして、別れた後……」
『行ってねーよ!!』
という馬鹿馬鹿しいやり取りをしているうちに、なんだか懐かしい気持ちが
つーか俺たちは、どうして別れてしまったんだっけな。
『……小夜はどうしてる?』
「もう寝てる。昨日の夜は夜行バスだったから疲れてたんだと思う」
『そりゃそうか。まぁ、よく考えたらアイツも盛り沢山な1日だっただろうしな』
「ねぇ。なんで、小夜ちゃんのこと助けてあげようって思ったの?」
『え? だから朝にも説明したじゃん。たまたまピンチに
「普通はキャッチから助けるところまでなんじゃない? 朝ご飯奢って、寝泊まりする場所まで用意してあげて、一緒に母親探すの手伝ってあげるなんてそこまでしないよ普通」
『じゃあ、理恵だったらどうしてた? 俺と同じ状況だったら』
「私? 私、だったら……」
俺の問いに、理恵は言葉を詰まらせた。何故だか俺には判る。
真面目で育ちも良くてずっとエリートコースを歩んで来た理恵と、特別目的もなく成り行きで生きてきた俺。
性格も生き方も全然違う2人だったが、唯一共通点があった。
俺も理恵も、ついつい人に世話を焼いたり口出ししたくなるタイプの人間だ。
「同じこと……してたかもね」
『な、そうだろ』
「全然変わんないんだね。私が知ってるまんまの亘」
『なんだよ、別に俺らそんな久しぶりみたいな感じでもないだろ。2ヶ月前も会ったし』
「そうだけど、なんかこういう雰囲気じゃなかったじゃん」
『ま、基本お前の仕事の愚痴聞かされる為に呼び出されてばっかだしな』
「だって……友達みんな結婚して、家庭持ってるんだもん。亘ぐらいしか捕まる人いないの」
仕方なしだ、と言わんばかりの態度の理恵をハイハイと受け流す。
ずっとこんな感じで、俺たちは決して気まずい関係ではないのだ。
理恵と別れたのは3年前のことだ。新卒で入った会社を辞めて、今の職場に移ってしばらくしてからだった。
そもそも、早い段階で大手食品会社の内定を貰っていた理恵に比べて俺は中々決まらず、ようやく内定を貰ったと思えば中小企業。この結果になった時点で相当凹んでいた。
明らかに彼女の方が好条件な就職先だと、男としてはプライドに傷がつく。
実際に社会人生活が始まってからは、商品企画の部門に配属されて充実していると話す理恵に対し、俺は新規獲得の営業職で、常にノルマのことで頭がいっぱいだったから心に余裕が持てなくなっていった。やがて俺がストレスで会社を辞め、今の職場に変わって夜勤になってしまうと、時間も合わなくなりすれ違うようになってしまった。
お互い不満があってとか、喧嘩して別れたっていうわけではない。俺が男として、理恵を幸せにする自信があの時はなくなっていたのだ。
「最近どう?」
『どうって?』
「仕事とか、プライベートとか。うまくいってる?」
『ああ、それなりに。あ、俺夜勤帯でリーダー職やってるって言ってたじゃん? この前SVに上がるの興味ないかって聞かれたよ』
「そうなんだ。いいじゃん」
『理恵はどうなんだよ。充実してんのか、毎日』
「うん、まぁそれなりに」
『おい、言えよ具体的に』
「え? 別に普通だよ。仕事のことは前に話した通り、私のパッケージ案が通って……」
『彼氏いんの? 今』
あまりにも
なんなら、勢いに任せて言いたいこと言えてしまうぞ。今の俺ならな。
「いないよ、別に」
『そうなんだ。じゃあさ……もし俺がSVになったら将来の相手として安心できそう?』
「ええ!?」
『SVになれば、収入も安定すると思うからさ』
「ねぇ、亘それって」
『俺はやり直せたらって思ってるよ、今も』
電話の向こうで困惑している理恵。返事が返ってこない時間が永遠のように長く感じる。
嫌だなぁ、この時間。無理でもなんでもいいから早く返事しろよ。
「今じゃなくて……小夜ちゃんのこと解決してから話そうよ」
『なんだそれ、保留ってこと?』
「そういうことじゃなくて。小夜ちゃんの問題がある間はなるべく変な空気にしたくないの。私、今日あの子にめちゃくちゃ
『ハッ、本当マセガキだな』
「とりあえず! 私たちは小夜ちゃんの東京での保護者なんだから。その役割果たそうよ」
ま、それは一理あるな。今は俺たちが小夜にとって一番信頼出来る大人でいないといけない。
それからは小夜についての話に戻り、とりあえず捜索初日は俺が夜勤明けで翌日出勤がない時にすることとなった。
理恵は平日昼間が仕事なので加わることは出来ないが、退勤後夕方から可能な限り合流すると言ってくれた。
『じゃあ明後日、朝9時半集合だって小夜に伝えてくれ。くれぐれも俺と合流するまで1人で行動しないように言っておいてくれよな』
「うん、わかった」
『理恵……ありがとな、無茶なことに付き合ってくれて』
「本当だよ、感謝して?」
2人で笑い合い、おやすみと挨拶を交わして通話を終えた。
全く確証はないし勘でしかないのだが、この小夜の実母探しというイベントは小夜本人だけではなく、俺や理恵にとっても何かが変わるターニングポイントになるのではないか……そんな気がしている。
決して簡単なことではないのだろうけど。それでも、俺はなんとしてでも小夜が自分のルーツと向き合う瞬間に立ち会ってやりたい……そう思ったのだった。
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