協力者

第5話

〜side A〜


 小夜を連れてやって来たのは、高円寺駅から徒歩10分ぐらいのところにあるマンションだ。

 見覚えのあるエントランスをくぐると、お高いオートロックマンション特有のガラス張り自動ドアとインターホンが待ち構えている。本当、良いとこ住んでるよなアイツ。

 確かあいつの部屋番は……記憶を頼りに番号ボタンを押すと、お目当ての人物が応答してくれた。


「はい」

『俺。女の子1人連れてるけど大丈夫か?』

「えぇ……? まぁ、とりあえず入って」


 声の主は戸惑いつつもロックを解除し、自動ドアを開けて俺たちを迎え入れてくれた。

 すぐ近くにあったエレベーターに乗り込み、5階のボタンを押す。エレベーターの中で小夜は俺に、おそらく今一番の疑問であろうことを聞いてきた。


「ねぇ、ここ誰の家? 亘さんの彼女?」

『彼女じゃないよ』


 面倒臭くてそれ以上は言わなかった。5階、そして目的地の部屋の前まで到着し、再びインターホンを鳴らす。

 今度は応答はせず、代わりに鍵の開く音がマンションの廊下に響いた。


「亘、何? 急に」

『悪い。とりあえず中に入れてくれ。色々説明するから』


 玄関先で話していると、近隣住人に何か揉めていると思われかねない。相手もそこはわかっているようで、渋々俺たちを部屋の中に入れてくれた。

 迎え入れてくれたのは理恵りえという、大学時代の同級生……まぁ、元カノってやつだ。

 3年ぐらい前にちょっとしたすれ違いで別れてしまったが、その後も何かと連絡を取ることがある、なんとも微妙な関係の女だ。

 しかしこんな突然の訪問にも対応してくれるのだから、理恵も理恵でお人好しというか、何と言うか。


「まだ掃除出来てないから、少し散らかってるよ」


 そんな風に言われたが、思わず『どこがだよ』とツッコミたくなるぐらい綺麗に片付いている。

 リビングの中央にテーブルとソファーがあり、俺たちは理恵にそこで座って待つよう言われた。

 統一感のあるお洒落な家具を眺めながら、流石新卒でホワイト企業に入社し、キャリアを積んだ人間は生活水準が違うよなぁと染み染み思った。

 付き合っていた頃、理恵の家で過ごした後に、我が家に帰宅してはよく落ち込んでいたのを覚えている。


「名前なんて言うの? その子」

『小夜、っていうらしい』

「らしいって何? よく知らないの?」

『今朝知り合ったばっかだから』

「全然状況わかんないんだけど……小夜ちゃん、紅茶でいい?」

「はい……」


 小夜め、俺には散々生意気な口聞いてたくせに……こいつ猫かぶりしてやがる。

 しばらくして、理恵はティーポットとカップが3つ乗ったお盆を持ってやって来た。


「はい、どうぞ。……で、亘。私のことは小夜ちゃんになんて紹介してるの?」

『面倒見のいい、優しいやつ』

「は?」

『小夜、改めて紹介する。コイツは理恵っていって、俺の大学時代の同級生だ。とりあえず東京にいる間はコイツんちで世話になってくれ』

「はぁ!? ちょっとどう言うこと!?」


 うん、まあその反応は正しいよな。

 想定内のリアクションを貰ったところで、俺は今日夜勤明けから今までの間に起こったことを順を追って理恵に説明した。

 最初はイチイチ大袈裟に反応していた理恵だったが、やがて呆れ返ったのか大人しく俺の話に耳を傾けるようになっていった。


「……まぁ、話はわかったけど。でも、その実母探しは具体的に何日間でやるって決めてるの?」

『それはこれから考えるよ。とりあえず調査してみねぇとわかんねぇこともあるし』

「なんか、行き当たりばったりって感じ……小夜ちゃん。岡山からここに来る時、ご両親にはなんて伝えてる?」

「言ってない」

『え』

「え」


 思わず理恵と声が揃ってしまった。おいおい、それはマズくないか?

 状況を冷静に考えれば考える程、事の重大さに震えてくる。


『小夜、今すぐ携帯確認しろ』

「充電切れちゃってるの。バスの中にいる時から」

『マジかよ!? 理恵、早くケーブル貸してやれ!!』


 理恵からケーブルを借り、充電をしながらスマホの電源を入れる小夜。するとすぐにスマホが振動し、大量の不在着信通知を受信したのだった。


「やばーい、めちゃくちゃママから電話かかってきてたんだけど」

『当たり前だろ! このままだと実の母親探す前に、お前の捜索願い出されちまうぞ!?』


 言ってる側から、またしても着信を知らせる振動。まさに今、リアルタイムでかかって来ている。

 血の気が引いていくとはこういうことかと、身を持って体験した。

 小夜にはとりあえずスピーカーモードで電話に出るよう指示し、様子を伺うことにする。




「……もしもし」

「小夜ちゃん!! あなた今どこにいるの!? パパもママもどれだけ心配してると思ってるのよ!?」


 小夜のスマホから割れるように大きな声が鳴り響き、俺や理恵の耳をも刺激してきた。

 当然といえば当然な展開だ。

 発狂寸前の小夜ママとは対照的に、小夜はまるで人事のようなテンションで受け答えをしている。

 一体どういう神経してんだ??


「ごめーん、携帯充電切れてたの」

「何呑気なこと言ってるの!! 本当にもう、警察に相談するかどうか迷ってたんだから……一先ひとまずママが迎えにいくわ。今どこにいるの?」

「東京」

「と、東京!? どういうことなの小夜ちゃん!!」

「昨日塾が終わってから夜行バスに乗って来た」

「そういうことを聞いてるんじゃないの!! なんで1人で東京にいるのよ!?」


 ああ、哀れだ小夜ママ。養子とはいえ、こんな奇天烈な行動を取る娘を持つと大変だよな。

 というか、どうするつもりなんだよ……収拾しゅうしゅうかなくなってきてねぇか?

 どうしたものかと俺が頭を抱えていると、突然側にいた理恵が小夜のスマホを奪って話し始めた。


「すみません、小夜ちゃんのお母様ですか?」

「え? そうですけど……誰、あなた」

「私、小夜ちゃんの友達の理恵っていいます。東京で会おうって約束してたのは私なんです」

「ええ?? 東京にいる、小夜のお友達っていうことかしら……??」

「はい!! まさかご家族に内緒で来るとは思っていなくて、私もさっき知ってビックリしてるところです」


 突然出てきた娘の友人が良識ある大人だとわかって安心したのか、小夜ママは大分落ち着きを取り戻してきたようだった。

 理恵、ナイスだぞ。やっぱりコイツは頭がいい。


「ご心配おかけして申し訳ございません。東京滞在中は私の自宅で寝泊まりさせますのでどうか安心してください。念の為、後程私の連絡先もお教えいたしますから」

「そう……何から何までごめんなさいね、理恵さん。……でもあなた、小夜とは同世代のお友達ではなさそうだけど。小夜とはどうやって知り合ったの?」

「あ、それはですね……お、“推し”です!!」

「“推し”??」

「そうです!! 小夜ちゃんとは、共通の趣味を通じて知り合いました! SNSでずっと連絡を取り合ってたんです!!」

「ええ……ああ、小夜がよく話してた“あれ”かしら?」

「そ、そうなんです!! 推しを愛する者同士、年齢世代は関係ありませんから!!」


 咄嗟の思いつきで何とか話を成立させている理恵に感動しつつも、理恵へのアシストの為に俺は小夜に小声で質問を投げかけた。


『んで? お前の“推し”って何?』

「……ご当地ゆるキャラ」

『ゆるキャラか。またニッチなとこいくなぁ』


 俺はたった今知り得た情報をメモに書き、さりげなく理恵に見せた。

 それを確認した理恵は、さらに言葉を付け加える。


「……あーそれで、東京滞在期間中にオフ会イベントがあったり、特に小夜ちゃんが推しているキャラクターの聖地巡りもしようと思ってるんですよ〜! なので、ちょっと長めの滞在になるかもしれません」

「そうなの…… でも、理恵さんはご迷惑じゃないかしら?」

「いえいえ! 私は全然。あ、小夜ちゃんに変わりますね〜」


 ファインプレーを決め、理恵はスマホを小夜の手元に戻させた。その後小夜は小夜ママから“これからは黙って遠出しないように”と叱られたり、“戻ってきたらちゃんと夏休みの課題をやるように”など、ごく一般的な母親からの小言を聞かされてはハイハイと返事をして、なんとか通話を終了させた。

 通話を切った瞬間、3人揃って大きなため息を吐く。


『はぁー、なんとか乗り切ったな……』

「理恵さん、マジで天才」

「うん、私も自分のアドリブ能力にビックリしてる」

『何はともあれ、これで俺と理恵が誘拐事件の犯人として捕まるってことはなくなったな。……よし。じゃ、そういうことで後はよろしく』


 ドッと疲れが押し寄せて来たように感じた俺は、一旦自宅に帰ろうとソファーから重い腰を上げた。

 だが、すぐに理恵に呼び止められてしまう。


「え? 後はよろしくって、亘はどこ行くつもり?」

『いやいや、帰るに決まってんじゃん。俺夜勤明けだから。とりあえず寝たい』

「ちょっと待ってよ……小夜ちゃんをうちで預かるのはいいけど、実母探しはどうするつもり? 私は普通に平日仕事だよ?」

『それに関しては、ちゃんと今晩電話するから。俺からの連絡待ってろって』


 理恵はまだまだ納得がいっていないような表情だったが、仕方なく了承してくれた。

 大人しく俺と理恵のやりとりを見ていた小夜と目が合う。

 生意気言ったり、突拍子もない行動取ったりしていても、中身はまだまだ10代のお子様だ。

 きっとこれまでずっと不安で、今ようやく安心出来たに違いない。

 俺はポン、と小夜の頭を撫でた。


『じゃな、小夜。一旦帰るわ。理恵の言う事よく聞いて、我儘わがままわねーようにしろよ』

「……ばか。カッコつけんな」

『はあ? 恩人にかける言葉か、それ』

「頭ポンポンして許されるのはイケメン俳優だけだし」

『あーそうですか』


 ったく。本当に生意気なヤツだな。

 というか……そうか、そうなのか。“頭ポンポン”されて女子は喜ばないのか。

 くそっ、俺はずっとテレビドラマや少女漫画に騙されてたってことか。


 軽くショックを受けつつ、帰り支度をして玄関に向かった。靴を履いている時、タタタタッと、小走りで小夜が近づいてくる足音がした。

 何だよ、まだなんか文句があるってか?




「亘!」

『おい、なんで呼び捨てなんだよ。“亘さん”だろ』

「ありがとね、色々」

『……おう』





 ちゃんとお礼言えるんじゃねーか。

 素直に感謝をされ、なんだか気恥ずかしくなってしまい、俺はそそくさと理恵のマンションを後にした。

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