暇潰しの提案
第4話
職場のビルから早足で向かったのは、早朝から営業している行きつけのファミレスチェーンだ。
店の表扉を開けると、「ピンポン」というファミレスならではの来客を知らせる音が鳴り、冷房の効いた店内の冷たい空気が俺たちを包み込む。
「いらっしゃいませー、何名様でしょうか?」
『2名です』
「2名様ですね、ご案内いたします」
テキパキした店員さんに案内され、店内奥の4人掛けテーブル席に辿り着いた。この時間から利用する客は少ないので、ゆったり過ごすことが出来るのだ。
モーニングメニューを注文し、ドリンクバーでジュースを2人とも2杯ずつ確保する。
退勤後の俺らの習慣、その2。ファミレスで飯食いながらひたすら雑談。
「潤、今日レッスン何時からだっけ?」
『今日は18時から1コマだけ』
「その後出勤ある?」
『ない、休み。武士は次出勤いつ?』
「俺今晩もあるよ」
『そうなんだ。最近出勤日数多くない?』
「あー、休みたいやつの分貰ったりしてるからな」
『頑張るねー』
「後ちょっとで目標の貯金額になるんだよ」
ということは、投資のための資金調達の目処が立ってきたってことか。そう言えば武士に詳しく話を聞こうと考えていたのだった。
『投資のためだったっけ? どういうのやろうと思ってんの? なんか色々種類あるじゃん、俺全然詳しくねーけど』
「お、潤も興味持ってきた? 俺はとりあえず初心者のうちは投資信託からやってみようと思ってんだ。少額から始められるからな。んで、慣れてきたらハイリターン狙えるやつにシフトチェンジしていこうって感じ」
注文したモーニングメニューを食べながら、武士は俺にFXはこうで暗号資産はこう、とそれぞれの特色を熱心に説明してくれたのだが、ぶっちゃけ話している内容が全然理解出来ず、“俺には無理そう“という結論に到達してしまった。うん、とりあえず俺は今出来ることをやろう。
『すげーな、武士。俺だったら大損するの怖くて手出せねーわ』
「まぁ、普通の感覚だとそうだろうな。でもさ、正直いつまでも今みたいな昼夜逆転な働き方出来ねーじゃん? どこぞのオッサンみたいに、20年後も必死こいて夜勤のコールセンターで働けるか?」
『おいおい、言ってやんなよ』
再び真島さんの話題に戻ってきて、2人して思わず失笑してしまった。
こんな本人がいないところで弄り倒しているのは悪趣味だとは思うのだが、なんというか……彼はある意味“教訓”のような役割を果たしているんじゃなかろうか。
正直なところ、ああいう人が職場にいるのは気まずい。
自分たちより人生の先輩ではあるが、うちの職場では入ってきて1ヶ月の新人……つまり、超下っ端の後輩なわけだ。
俺らみたいな平のオペレーターはどう接したらいいのかわからず、気を遣うのが面倒になった結果何も話さなくなったし、最初の頃は優しくアドバイスしていた管理職の人たちも、今は同じミスを何度も繰り返す彼に呆れてしまっているのが現状だ。
というか。この1ヶ月程遠くから彼の仕事ぶりを眺めていたのだが、本当にこれは失礼かもしれないけど、まともな社会人経験があるとは到底思えない。
電話応対、パソコンスキル、どれを取っても一般的な会社勤めをしていれば出来るようなことが彼は出来ていないのだ。
デスクワークをやったことがないのだろうか?だとしても、体を使うような仕事をして来たとは思えないような、ひょろっとした体型なのである。
一体今までどうやって生きて来たんだ……真島さんを考察すればする程、謎は深まるばかりだ。
「そう言えばさ、この前送られてきた来月のシフト確認してわかったんだけど、真島さんって出勤日数俺らと同じぐらいなんだよね」
『え、週3ってこと?』
「そうそう。必死こいて働き口探してたような人だと仮定したら少なくね? まぁ、掛け持ちしてんのかもしれねーけど」
武士の話を聞いて、俺も自分のスマホを操作し、先日メールで送られてきたシフト表データを開いてみた。
うちの職場は夜勤帯スタッフだけ、全員の出勤日が確認出来るような仕様になっている。日勤に比べて夜勤は勤務出来る人が限られているため、体調不良や急用が入って休まざる得なくなった場合、自分の代わりを見つけるのが大変だからだ。
ちなみにうちの職場の勤務時間や日数についてだが、夜勤帯で働いていると深夜手当が付くという事もあり、日勤の人が週5日フルタイム勤務をして貰える金額を俺たちは週3〜4日で稼ぐことが出来る。まさに俺や武士みたいに、ここの仕事以外でやりたいことがあるヤツにとっては都合の良い職場だ。
勿論、亘さんみたいに将来
『仕事出来ねーから、シフトカットされてるだけなんじゃない? んで、武士の言うように収入足りない分掛け持ちしてるとか』
「え、でもさでもさ? うちの職場拘束時間長めじゃん? ここやりながらもう1つ、ダブルワークやってける?」
『ま、俺だったら無理かな』
「だよな。俺も絶対嫌だわ」
『それか、趣味に時間使ってたりするんじゃね? 実はオタクだったりさ』
「いや、オタクではないだろ。オタクだったらもっと雰囲気でわかるって。つーか、あの人マジで誰とも喋らねーよな」
『マジで謎。多分結婚とかもしてなさそうだし』
同じ職場にいる冴えない中年男性をネタに雑談していただけだったのに、俺たちは何故か彼に対して不思議と興味を持ち始めていた。
そして、ふと武士からある提案がなされるのだった。
「ちょっとさ、調べてみねぇ?」
『調べる? 何を?』
「だから、真島さんのこと」
何を言ってるんだ、と俺は思った。
そら、真島さんは謎めいていて気になるっちゃあ、気になる。でも調べるなんて、探偵みたいなこと簡単に出来るわけがない。
冷静にそう返そうとしたのだが、武士的には既に気持ちが盛り上がっているようだった。
武士は何か思いつくと、とことん突き詰めていく傾向にある。普段から動画配信者として面白そうなことにアンテナを張り巡らせていたり、投資についても熱心に勉強していることもコイツの性格を物語っている。
『そんな簡単に他人のプライベート探れるわけねーだろ』
「いやいや、試してみねぇとわかんねーよ? 例えばさ、俺とお前は毎回こうやって仕事終わった後に、一緒に飯食ってグダグダするっていうルーティーンがあるわけじゃん? あの人にもそういう定番の行動とかがあるかもしれねーって話よ」
『なかったら?』
「なかったら……つまんねーオッサンだな、終了。でいいんだよ。でも俺が思うに、あの人には絶対何かあるよ」
『なんでそんなんわかんの?』
「勘」
勘かよ。そういうところは適当なんだよな。
時計を見ると午前10時30分だった。武士には悪いが、夕方から養成所のレッスンがあるし、そろそろ今日はお開きにしたいところだ。
『俺、ぼちぼち帰らないと』
「わかってるわかってる。じゃあこれだけ! 潤、次の出勤っていつ?」
『次? 確か水曜だったと思うけど』
「おー、俺も水曜入ってるわ。んで、真島さんは……よっしゃ、奇跡! 入ってんじゃん」
スマホでシフト表データを確認して、テンションが上がってしまっている武士。
なんと次の水曜日の退勤時、真島さんを尾行しようと言うのだ。
『そんなん、見つかったらなんて言い訳すんだよ……俺今より気まずくなるの嫌なんだけど』
「大丈夫。俺ついこの前までさ、探偵事務所を題材にしてるドラマ見てたから! 尾行のコツわかってるんだって」
『ドラマって、お前な……』
「なぁ、1回だけ試しにやってみようよ。絶対、絶対なんか面白いことあるって! 俺めちゃくちゃ勘鋭いから。これでなんもなかったらそれで終わり。潤クン付き合ってよ〜」
ドリンクバーのジュースを飲んでいるだけなのに、酔っ払いのテンションかと思うぐらい武士はノッていた。
そう言う俺も、武士とはだいぶ温度差はあるが、正直ちょっと調べてみたいという気持ちはあった。
最近これといって特別なこともないし、ちょうど良い暇潰しを探していたのかもしれない。
『わかったよ、一緒にやればいいんだろ』
「流石潤クン! 心配すんなって、俺が尾行テクを教えてやるから」
『教えてやるって、お前テレビの受け売りだろーが』
2人でケラケラ笑いながら、伝票を持ってレジへ向かう。
俺は仕方なく付き合ってやってる風を装ってはいるが、実際のところはワクワクしていた。
子供染みているかもしれないが、季節的にも“真夏の大冒険”と呼ぶに相応しいイベントな気がする。
男は幾つになっても、こういうことに心躍るものなのだろうか。
まぁ今は夜勤明けのテンションだから、寝たら冷静になっているのかもしれない。
とりあえずレッスン前なんだし、さっさと家に帰って仮眠を取らなければ。
大きな欠伸をしながら俺たちは会計を済ませ、ファミレスを後にした。
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