無謀な行動
第2話
バーガーに
何故か俺を見ながら失笑している。おい、普通に失礼だろ。
『何笑ってんだよ』
「別に? なんか……魚への執着強っ、って思って」
ツボに入ったのか、ずっと声に出して笑っている少女。どうやら俺がフィッシュバーガーのセットを注文したことが面白いらしい。
魚定食で決まっていたのを却下され、それでも魚の気分が抜けなかった。だから頼んだだけなのだが。女子高生(仮)の笑いのツボは理解不能だ。
『人の食うもんにどうこう言ってんじゃねーよ』
「いや、いいと思うよ? 私だったらそのチョイスはないけど」
『ある程度歳いったら、肉より魚の方が欲しくなるんだよ』
少女から再びオジサン弄りを受けたが、2人とも空腹状態だったこともあり、それ程会話もなくものの数分で朝飯(俺にとっては晩飯)を平らげた。
ストローでジュッと音をたて、セットのオレンジジュースを飲みきると少女は満足そうな表情を見せた。
「あーお腹いっぱい。ごちそうさま、“お兄ちゃん”」
コイツ……俺を振り回し、オジサン呼ばわりもしておいて。そんなとってつけたような“お兄ちゃん”で済ませようとしているのか?
当然、俺がそれで納得する訳がない。
『おい、俺にもっと他に言うことあるだろ』
「え、何? ああ、“ありがとう、お兄ちゃん”……こういうこと?」
『ちげーよ』
何でもいいから事情を話せ。俺はそう少女に言った。
このまま何もわからない状態では、良識のある大人としてこの後どう振る舞うべきなのか判断がつかない。
仮に何も聞かずに少女と別れたとして、歌舞伎町という土地柄、何らかの事件に発展する可能性も十分考えられるのだ。
『俺、昨日の晩から9時まで夜勤で働いてたんだよ。本当なら好きなように朝飯食って、家帰って寝て、今夜は休みだしダラダラ過ごそうとか、そんなこと考えてたわけ』
「いいじゃん。私のことなんか気にせずそうすれば?」
『君、夜行バス乗って来ただろ』
「……なんでそんなこと知ってんの?」
面食らったような表情を、少女は初めて俺に見せた。
それまでずっと余裕をぶっかましていたのに急に警戒心が芽生えたのか、座り姿勢を正している。ようやくまともに話が出来そうだ。
『西口方面のバスターミナル辺りで君がバスから降りてきたのを偶然見かけた。俺の職場がその近くだからな』
「じゃあ、私の跡を付けてたってこと?」
『いや、勘違いすんなよ? たまたま行き先が同じだった、それだけだから。ほら、すぐそこに駅があるだろ? 俺はこの路線使ってんの。んで、若い女の子が1人でどこ行くんだろーなーって思ってたら、目の前でやべぇヤツに捕まってっから助けに入った。俺はそんだけだよ』
俺のことをストーカーなんじゃないかと疑っているような、少女はそんな目を向けてくる。まぁそれぐらいの危機感持って行動するぐらいがちょうどいいけどな。
俺は構わず話を続けた。
『夜行バスに乗ってきたってことは東京じゃない、遠い地方から来たってことだろ? ちなみに君ってやっぱ未成年?』
「……高2」
『地方から出てきた高校生が、歌舞伎町に一体何の用があるんだよ。それがわからない限り、俺は君を解放しないぞ』
「それって監禁じゃない!? あ、でもご飯食べさせてもらったし、閉じ込められてる訳じゃないから軟禁……?」
『アホか。厄介なことに巻き込まれないためだろうが。つーかぶっちゃけ、俺的にはこの時点で
少女は中々話そうとせず、ずっと黙っていたが、やがて考えが変わったのか少しずつ話し始めた。
少女の名前は
児童養護施設の出身で、現在の養父母には中学3年生の時に引き取られた。実母には会った事がなく、思い切って施設職員に聞いてみたことがあるが、その時に“生後数ヶ月の小夜を乳児院に預けた。その後も引き取り育てることが難しかったため養護施設に移すことを選択、それ以降は音信不通”という残酷な事実を知ってしまったのだった。
「その話聞かされた時はそれなりに傷ついたよ、子供だったし。今のパパ・ママと家族になってようやく乗り越えられたって感じ」
『おぅ、そうか……』
「何?」
『いや、なんか……悪かったな。嫌なこと話させて』
「別に。傷ついたのは過去の話だし」
『で、それはわかったけど。どうしたら歌舞伎町に来ることになるんだよ』
「本題はここからなの。今の話はプロローグ的なやつ」
大人に対して諦めの境地に達していた小夜は、里子の話などにも一切乗らず、18歳ギリギリまで施設で生活するつもりでいた。
だがそんな時、現在の養父母が施設に相談にやってきたのだという。
養父は倉敷市内で工業用品の販売会社を経営している。夫婦は子宝に恵まれず、それでも若い頃は仕事に専念して過ごしてきたのだが、やはり子供が欲しいという想いは捨てきれなかったようだ。既に50手前だった夫婦にとって小さい子供を引き取るのは体力的に厳しい。だがもし中・高校生ぐらいで養子になることを承諾してくれる子がいたら……という話だった。
小夜は自ら養子候補に名乗り出た。当時15歳の誕生日を迎えていたため、民法上、法定代理人がいなくても養子縁組の承諾が可能だった。
なぜ小夜はそれまでの考えを変え、養子縁組を受け入れたのか。
養父が会社経営をしているというところに目を付け、この夫婦の子供になれば、親に捨てられた
「あくまでお金持ちの家の子供になるため……そういう、割り切った気持ちで私は養子になったの。でも……パパもママも私がどんなに生意気言ってもいつも優しくて、笑ってくれるの。そんなパパとママが今は大好きだし、感謝してる」
『だから、その感謝してるパパママがいるのになんでここにいるんだって』
「私を産んだ母親を探すため」
『はぁ?』
養父母の愛情に触れ、大人への不信感を
だが今度は、何故産みの母が自分を手放したのか、母親がどのような生活をしていたのかを知りたくなったんだと、小夜は言った。
小夜の話を聞いていて初めて知ったのだが、養子縁組には2つの種類があるようだ。
小夜のケースは普通養子縁組と呼ばれ、養親との間に親子関係が成立するようになっても、実親との親子関係も継続されるらしい。
対する特別養子縁組は、法的に養親との親子関係が成立するようになると、実親との親子関係が消滅してしまうというものだ。
特別養子縁組だった場合は実親を探すのは困難なようだが、普通養子縁組の小夜は戸籍に実親の記載もあり、その気になれば探せるのではないかと考えたようだ。
「めちゃくちゃ調べまくったよ。最初は戸籍謄本を取って、そこから母親の名前と本籍地がわかったの。同じ倉敷市内だったから、試しに本籍地で書かれてた場所へ行ってみたんだけど……まぁいるわけないよね、そこには。新しいマンション建ってたし」
『行動力すげぇな』
「附票? っていう書類も申請すれば引っ越した場所もわかるかなってやってみたんだけど、なんか途中からちゃんと転居申請してないっぽくって……でも東京に住んでた時期があったのは確認出来た。パパとママには母親探しのこと内緒にしてるから出来ること限られてるし、いよいよこれで詰んだかなーって思ったんだけど……」
でも詰んではいなかったのだ、と小夜は言った。
戸籍から知った母親の名前を何気なくインターネット検索にかけてみたのだ。ヒットなんてするはずがない……そう思っていたのだが。
「とあるネット掲示板で見つけちゃったんだよね。そこはAV女優の本名を書き込むスレッドだった」
『え?』
「美月ウララ、っていう2000年頃に活躍していたAV女優の本名として暴露されてたの」
『はぁ!? えっ……マジ?』
「同姓同名だろーって思って本気にしてなかったんだけど、美月ウララで検索し直したら、プロフィールが書かれた記事を見つけてさ。そこには流石に本名は書かれてなかったんだけど、公表されてる年齢とか出身地とか……結構辻褄合ってたんだよね。AV女優引退後は新宿エリアの風俗店にいた時期があるとも書かれてた」
なるほど、それで歌舞伎町か。ようやく繋がったな。
って、いやいやいや!! そうじゃなくて!!!!
出身地が同じで、同姓同名で、母親と同じぐらいの歳の別人である可能性だって十分あるんじゃないか!?
『ぶっ飛んでるよ……』
「そう思うよね。何で母親はそんな人生を選んでしまったんだろうって、私も思う」
『ちげーよ、お前だよ!!』
「え、私?」
『当たり前だろ!! 何でそんな、たまたまネットで見つけた確証のない情報を元に行動してんだよ』
「だって、こんなに共通点があるんだし」
『そんなの偶然の一致だって。仮に美月ウララ=お前の母親が事実だったとしても……それがわかった時点で、もう会うべき人ではないって折り合いをつけたほうがいいと、俺は思う』
「会うべきじゃ、ない」
『だって……
小夜は黙ってしまった。
俺の考えは一般論だと思う。間違ったことは言っていないつもりだ。
でも、彼女の生い立ちや母親を探したい一心で行動してきた今までのことを聞いた上でかける言葉ではなかったのかもしれない。
気まずい雰囲気をどうにかしたくて謝ろうとした時、小夜は
「……わかってるよ。探して、見つけ出したとして、傷つくかもしれない。でも、どうして自分が生まれたのか知りたいの。知った上で、パパとママの元にいたい」
それまでは小夜のことを、人を振り回す、
俺はロリコンではないし、妹が欲しいとも思ったことはない。実際一人っ子で楽しく生きてきたしな。
なのだが。ひょっとして俺は今、シスコン疑似体験をしているのか…?
『……ちょっと電話する』
「電話? 誰に?」
『お前のこと、面倒見てくれそうなやつにだよ』
小夜に説明する隙も与えず、俺が電話をかけた相手は2コール目で出た。
懐かしいようで、そこまで懐かしくもない相手だ。
「……もしもし?」
『
「え、うん。それなりに……何? 急に」
『理恵の仕事って土日祝普通に休みだったよな? 今日家にいるか?』
「いるけど……」
『じゃあさ、マジで頼みたいことあるから今からお前んち向かうわ。引っ越してないよな?』
「え、何どういうこと??」
『後で説明するから。とりあえず行くな? よろしく』
電話口から何か言っているのが聞こえたが、俺は気にせず電話を切った。
バーガーの包み紙などのゴミをトレーにまとめて立ち上がり、さっさとゴミ箱の方へ歩いていく。
『小夜、店出るぞ』
「出て、どこ行くの?」
『面倒見のいい、優しいヤツがいるから。とりあえずそいつん家に泊めて貰え。安心しろ、ちゃんと女だから』
「泊めてもらって……その後どうすんの?」
『は? 探すんだろ、母親。しゃーねーから手伝ってやるよ。女子高生1人で歌舞伎町なんて
気恥ずかしかった俺は、バーガーショップを出て、小夜に構うことなくサクサク駅まで歩いて行った。
小夜の宿泊先候補は俺が普段使う路線では行けないので、新宿駅東口方面へ進んでいる。
少し後ろに、小夜が小走り気味でついて来ている。俺の歩くスピードが人より速いからそうなってしまうのだろう。
それに気付き、俺は少しだけ歩幅を縮めたのだった。
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