引きこもりオタク女子高生、『超速のeスポーツ』はじめます!?

冬野 向日葵

超速の戦いで引きこもりオタクJKは変われるか?

 見渡す限り一面の客席。

 一人ひとりが熱気を放っている。

 彼らの視線の先にあるのは――二台のパソコン。


 わたしはその裏でスマホを触っていた。


『推しのポーくん最新作 制作決定!』


 うん、見たい。早く見た過ぎる。

 やっぱり、おうちかえりたいよぉ……


「どうしたの? モモちゃん」


そう声をかけてくれたのは、私のネッ友でありこれから戦う相手、サユさん。


「やっぱり怖いよ……」

「だいじょうぶよ! あと一試合したら帰れるわよ!」


 彼女は半ば強引にわたしをこの大会へと誘った。

 「大会に出るからには、特訓しないといけないわね!」ということで散々特訓もした。


「というかさー、わたしが引きこもりのコミュ障って知ってたでしょ? なんでこんな人がいっぱいいる大会に誘ったんだよぉ」

「いやぁ、それは……ね?」


 ロングヘアを左右に揺らして話をごまかす。

 まったく、もう。


「それよりも『ポーくん』のパーカー、似合ってるわよ! さすが『ポーくんに人生を救われた女』ね!」


 あのさぁ、自分で名乗っておいてなんだけど、ハズカシイからそれ掘り返すのやめてくれない!?


「『U-22 Typing Championship』いよいよ決勝戦だー!」

「「「うおぉぉぉ!!!」」」


 ステージの裏からでもその大きな声は確実に伝わってくる。


「早速、選手入場!」

「じゃあ、先にステージで待ってるわ」


 サユさんはキラキラ輝く世界ステージの上へと飛び込んでいった。


「赤コーナー、前人未到の秒間17打鍵到達者! 今回でついに大会史上初の4連覇達成なるか!? SAYU選手!」


 いいなぁ……

 今頃、余裕の表情で観客に手を振っているんだろう。

 わたしなんか……


「MOMO選手、どうぞー」


 スタッフさんの合図でわたしには不釣り合いな輝かしい世界へと飛び込む。


 目をギュっと閉じて、一歩踏み出す。そして、もう一歩。


「対して青コーナー、初出場にして猛者に次々と勝利してきたこの人! ついに世代交代か!? MOMO選手!」


 ぎこちない歩き方になっていないだろうか。いや、どう見てもなっているよね。

 この辺りかな、とまぶたをゆっくり広げた瞬間……


「「わー!!!!!」」

「ひゃぁ」


 観客の大きな声に、思わず身を縮めてしまった。

 だけど、それでもお構いなしに観客は騒ぎ続ける。


「それでは両選手、準備を」


 この合図で、観客からようやく解放されるんだ。


 パソコンの前に座り、ヘッドセットを装着。

 二台のパソコンは向かい合っているから、見えるのは画面とサユさんの顔だけ。


「はい、こちらスタッフです、聞こえていますでしょうかー」

「「はい」」


 ヘッドセットを装着したことにより、スタッフさんと対戦相手サユさんの声しか聞こえない。これによって、いったんの平穏は保たれた。


「観客の中であんなに速く入力できるの、すごいねー」

「そうかしら? モモちゃんもなんだかんだ決勝戦まで来たじゃないの」


 ほんとそうだよぉ。


「どうせ予選敗退だと思って気楽に参加したんだけどなぁ」


 正直、こんなに大量の人、怖くてたまらないよ。

 どうせ観客一人ひとりが「何だこの新人、アホくさ」とか思っているんだろう。


「はい、第1セット開始しまーす。10秒前――」


 スタッフさんによる試合開始の合図。


「それよりも、今は試合に集中よ」

「ま、まぁそうだね……」


 それにより、二人の会話はいったん中断となった。


 ◆


 『課題文:最初の最初の第一歩』


 パソコンの画面に文章が表示される。


『SAYU (0):さい

 MOMO(0):さ』


 その瞬間、キーボードのザーっとした入力音が聞こえる。(速すぎて、カタカタなんて次元じゃない!)


『SAYU (1):最初の最初の第一歩 CORRECT!

 MOMO(0):最初』


 その次の瞬間、対戦相手サユさんが文章を完成させ、1ポイント獲得。


『課題文  :体が硬い

 SAYU (2):体が硬い CORRECT!

 MOMO(0):から』


 ポイントを取られて気が抜けた瞬間にも次の課題文は表示され、あっという間に連続得点。10ポイントでセット獲得となる。


『課題文  :はじめは上手にいかない

 SAYU (3):はじめは上手にいかない CORRECT!

 MOMO(0):はじめはじょ』


 わたしも負けじとキーボードを叩くけど、思ったように指が動かない。

 なんていうんかな、ボロいロボットみたいにぎこちないんだよね。


『課題文  :ロケットのように速く

 SAYU (6):ロケットのように速く CORRECT!

 MOMO(0):ロケットのよう』


『課題文  :まさしく神の手

 SAYU (9):まさしく神の手 CORRECT!

 MOMO(0):まさしくか』


『課題文  :実力の差に抗えない

 SAYU (10):実力の差に抗えない CORRECT!

 MOMO(0):実力の差に

 SAYU WIN』


結局気がそれてしまい、そのうちに第1セットが終了してしまった。


 ◆


『SAYU 1ー0 MOMO(3セット先取で勝利)』


 ステージ奥の巨大モニターの表示が0から1に変わると、観客の大きな声がヘッドホン越しにも聞こえてくる。


「あら、調子悪いわね?」


 そりゃそうだよ。今までの試合以上に人がたくさんいて、怖いんだもん。


「そう思うなら堂々と圧勝しないでよ……」

「そりゃあ真剣勝負だもの、手を抜くわけにはいかないわよ」

「「……」」


 まぁ、そうだよね。サユは何も悪くない。

 悪いのは、緊張で動けない私なんだから……


「あ、そうだ」


 沈黙の後、ふとサユがつぶやく


「大会終わったらさ、あーしの家に来ない?」


 え、えぇ!? なんでそうなったの!?


「はい、第2セット始めまーす」


 ちょっと待ってよ! 今の話はどうなるの!?


 そんなことはスタッフさんの前で言うことができるはずもなく、ただただ画面の開始ボタンを押した。


 ◆


『課題文  :それでも地球は回っている

 SAYU (8):それでも地球は回っている CORRECT!

 MOMO(0):それでも地球は回』


 やっぱり、さっきと同じ展開。


『課題文  :諦めたら試合終了

 SAYU (9):諦めたら試合終了 CORRECT!

 MOMO(0):諦めたら試合』


 追いつこうと手を動かすものの、視界に入ってしまう観客のせいで集中できない。


『課題文:きっかけはすぐそこに』


 最後の課題文が表示される。


『SAYU (9):きっかけは

 MOMO(0):きっか』


 一応最後まで必死に抵抗してみる。


『SAYU (9):きっかけはう

 MOMO(1):きっかけはすぐそこに CORRECT!』


 第2セットもこれで終わり……


『課題文:そう簡単には終わらせない』


 ……じゃない!?


『SAYU (10):そう簡単には終わらせない

 MOMO(1):そ

 SAYU WIN』


 頭が混乱しているうちに、ゲームセット。


 ◆


「やるじゃないの。あーしから1ポイント奪い取るなんて」


 その言葉で、ようやく理解した。


「たった、1ポイントだし……サユさんはその10倍取っているわけだし……」


 わたしはやっぱりダメダメな子だ。


「いーや、違うわよ。もっと誇りをもって!」

「そんなこと言われても……」


 観客たちがわたしのことを嘲笑っているように見える。


「あんな観客たちの前で力を発揮できるわけないじゃん……」

「いいや、ちがうわ」

 サユは一呼吸おいてきっぱりと言い放った。


「最後の盛り上がり、見てた? あれはね、モモちゃんがポイントを獲得したからよ」

「そう?」


 「最強のSAYU様にたてつくなんて、無礼者」とか思われてない!?


「そりゃあ、私が一方的に圧勝するだけじゃ、観客もつまらないしね。感謝しているのよ」

「なら、いいんだけど……」


「あっ、そうそう」とつぶやく声が聞こえる。


「あーしの家にくる話、どうする?」

「なんで突然その話になるの!?」

「いやぁ、『推しのポーくん』についてもっと詳しく知りたいのよ、教えてくれない?」


 なんだ、そんなことか。でも……


「わたしが教えられることなんて、ほんのちょっとだよ?」

「いいのよ! あーしはモモちゃんから教えてもらいたいのよ」


 わたしから、かぁ……


「じゃ、じゃあさ、『推しのポーくんと忘れられた大地』のストーリーとかって、知ってる?」


 わたしはちょっと息をあげて話し始めようとしたんだけど……


「第3セット始めます。準備はよろしいですか?」


 せっかく語ろうとしたのに、中断されちゃった。残念。


『SAYU 2ー0 MOMO』


 ◆


『課題文  :チャンスが巡ってきた

 SAYU (0):チャンス

 MOMO(0):チャンス』


 開始された瞬間気が付いた。

 なんか、手が軽くなっている!


『課題文  :チャンスが巡ってきた

 SAYU (0):チャンスが巡って

 MOMO(1):チャンスが巡ってきた CORRECT!』


 その勢いのまま得点獲得!

 この調子なら、もしかしていけるかも!


『課題文  :この調子でいこう

 SAYU (7):この調子でい

 MOMO(9):この調子でいこう CORRECT!』


 調子を維持したまま、初めてのセットポイントに突入。

 ここで勝って0ー3だけは避けたい。


『課題文  :ピンチは突然訪れる

 SAYU (8):ピンチは突然訪れる CORRECT!

 MOMO(9):ピンチは突然訪れ』


 うん、まだ大丈夫。


『課題文  :油断大敵とはよく言ったものです

 SAYU (9):油断大敵とはよく言ったものです CORRECT!

 MOMO(9):油断大敵とはよく言った』


 あっ……


『課題文:ピンチをチャンスに』


 もうこうなりゃヤケクソ。

 力任せにキーボードをたたく。


『SAYU (9):ピンチをチャンス

 MOMO(9):ピンチをチャン』


 指が痛いくらいまでしっかりとキーを押す。


『SAYU (9):ピンチをチャンス

 MOMO(10):ピンチをチャンスに

 MOMO WIN』

 

 次の瞬間、手を高く掲げていた。

 観客の興奮に答えるように、開いた手のひらを左右に揺らしていた。



『SAYU 2ー1 MOMO』


「やったぁ、やったよ! サユ!」


 わたしは喜びを共有するために跳ねるような声を上げた。


「一応あーし、対戦相手よ? あーし、負けたのよ?」

「あっ……ごめん……なさい」


 あっ、またコミュニケーション失敗しちゃった……


「でも、今だけはいいわよ。おめでとう」

「やったあ!」

「観客もほら、盛り上がっているでしょ?」


 視線を逸らすと、多くの人たちの熱意が伝わってくる。

 手をあげたり、タオルを掲げたり、声を発したり、拍手したり。


「これも全部、モモちゃんが勝利したからなのよ、覚えておいてね」


 なんか、正直……うれしかった。


 今まで、わたしの喜びは一人だけのものだったから。

 それがSNSを始めるとサユをはじめとしたネッ友と一緒に喜べるようになり、今はこうして大量の観客と喜びを分かち合えるのだから。


「ねぇサユさん」

「どうしたのかしら?」

「観客がいるって、いいね!」


 いつものように返事はすぐに帰ってこなかった。


「観客は素敵だよ、夢を見せてくれる……」


 ん? サユさん、どうしたんだろ?


「では、第4セット入ります」


 結局それは、聞けずじまいだった。


 ◆


 第4セットは、思いのほかあっさりと決着した。


『課題文  :みんな悩みを持っている

 SAYU (5):みんな悩みを

 MOMO(10):みんな悩みを持っている CORRECT!

 MOMO WIN』


 なんかサユさん、調子悪かった?


『SAYU 2ー2 MOMO』


 巨大モニターの表示が変わると同時に、観客の大声が聞こえてくる。


「モモちゃんとあーし、次勝ったほうが、この大会の優勝ね」

「そうだね……」

「――あのさぁモモちゃん、話、聞いてもらってもいいかしら?」


 こうして観客の熱狂の中で、静かな一人語りが始まった。


「あーしの人生ね、タイピングのためにすべてを注いできた人生だったのよ」

「うん、わかるよ」


 サユさんのタイピングは、すごかったもんね。


「だけど、だんだんと実力も落ちてきて、ほかの選手の成長もすごくて……観客の反応も年々薄くなってきているし……でもあーしにはタイピングしかなくてね……」

「うん……」


 タイピングしかない人生、かぁ。

 なんか共感できるかも。

 わたしも、ポーくんが無くなったらと思うと……


 「だけどね」、その声で口調がちょっと明るくなった気がする。


「『推しのポーくん』、そしてモモちゃんに出会って、変わったのよ」


 そーいやサユさん、ポーくん知識は初心者だったね。

 今もいろんな知識を教えている。


「ポーくんは、素敵だった。それ故に、もっと知りたいと思ったのよ。そして、それに答えてくれる優しいファンだったのよ、モモちゃんが」

「わたし、そんな風に思われていたんだ……」


 わたしだって、ポーくんに人生を救われたんだ。

 家から一歩もでない、ひとりぼっちだったわたしに、外の世界とつながるきっかけを与えてくれた存在。

 こうして、SNSで友達を作ることもできた。

 本音は嫌われていないか、とっても心配だったんだ。

 だけど、現実は違ったみたい。


 なーんだ。人間って、優しいものなんだね。


「正直に言うとモモちゃんはあーし以上にタイピングの素質もあるわ。だからあーし、恩返しがしたいのよ。ポーくんの世界を見せてくれたお礼に、競技タイピングの世界を見せたくて、特訓させたのよ」


 軽く咳払いをして、続ける。


「全力でかかってきてちょうだい。本気のあーしを越えてちょうだい」


 今までで一番威厳のあるサユの声が聞こえた。


「そして、終わったらポーくんのこと、もっと教えてくれるかしら?」


 そして、ちょっと気を抜いた声でそう言った。


 目を横に向けると、今までで一番観客の熱を感じる。

 「がんばれー」みたいな声もヘッドセット越しにかすかに聞き取れる。

 だぼだぼのパーカーに印刷されたわたしの推しのイラストをポンポンと叩いて、集中モードに入る。


「第5セット、開始します」


 ◆


『課題文:正念場を迎える』


 課題文が表示された瞬間から、戦いは始まっているんだ。


『SAYU (0):

 MOMO(0):し』


 文章が表示されてからそれを認識して打ち始めるまでの時間・通称初速。

 地味ながらも重要な要素らしい。


『SAYU (0):正念場を迎え

 MOMO(1):正念場を迎える CORRECT!』


 その差をしっかりとキープしてポイント獲得。


『課題文  :もう負ける気がしない

 SAYU (1):もう負ける気がしない CORRECT!

 MOMO(1):もう負ける気がしな』


『課題文  :熱い戦い

 SAYU (1):熱い戦

 MOMO(2):熱い戦い CORRECT!』


『課題文  :この日を待ち望んだ

 SAYU (2):この日を待ち望んだ CORRECT!

 MOMO(2):この日を待ち望』


 交互に点を取り合う展開が続いていたその時のこと。


『課題文  :望まぬ再来

 SAYU (3):望まぬ再来 CORRECT!

 MOMO(2):望まに』


 えっ……

 思わぬミスタイプでタイピングのリズムが崩される。


『課題文  :速さより正確さ

 SAYU (4):速さより正確さ CORRECT!

 MOMO(2):速さより』


『課題文  :道は二つに一つ

 SAYU (5):道は二つに一つ CORRECT!

 MOMO(2):道は二つ』


『課題文  :一気に差を離される

 SAYU (6):一気に差を離される CORRECT!

 MOMO(2):一気に差を離』


 でも、正確性を気にしすぎるとスピードが遅くなっちゃう。


『課題文  :窮地に陥るほど力を発揮する

 SAYU (7):窮地に陥るほど力を発揮する CORREFCT!

 MOMO(2):窮地に陥るほど力を発揮』


『課題文  :神々の目覚め

 SAYU (8):神々の目覚め CORRECT!

 MOMO(2):神々の目覚』


 だけど、徐々に正確さからスピードへと意識を変えていかなくちゃ。


『課題文:ギアチェンジしていこう』


 リズムに合わせて、馬が歩くようにキーボードを叩く。


『SAYU (8):ギアチェンジして

 MOMO(2):ギアチェンジ』


 馬からうさぎ、うさぎからチーターへと、テンポをあげていく。


『SAYU (8):ギアチェンジしていこ

 MOMO(3):ギアチェンジしていこう CORRECT!』


 テンポが最高に高まった瞬間、ポイント獲得。


『課題文  :七色に光る

 SAYU (8):七色に光

 MOMO(4):七色に光る CORRECT!』


『課題文  :BGMが変わったかのよう

 SAYU (8):BGMが変わったか

 MOMO(5):BGMが変わったかのよう CORRECT!』 


『課題文  :クライマックスに突入

 SAYU (8):クライマックスに突

 MOMO(6):クライマックスに突入 CORRECT!』


『課題文  :流れが来ている

 SAYU (8):流れが来て

 MOMO(7):流れが来ている CORRECT!』


『課題文  :ディスティニードロー

 SAYU (8):ディスティニード

 MOMO(8):ディスティニードロー CORRECT!』


『課題文  :コーナーで差をつける

 SAYU (8):コーナーで差をつけ

 MOMO(9):コーナーで差をつける CORRECT!』


 この速度は、だれにも止められないんだから。

 一気に優勝まであと1点のところまで上り詰めた。


『課題文:勝利は目前』


 ここで――決める!


『SAYU (9):勝利は目前 CORRECT!

 MOMO(9):勝利はもくせ』


 ここでまさかのミスタイプ。

 ――でも、わたしにはあと一回チャンスがある!


『課題文:今こそ殻を破るとき』


 ミスなんてすぐに立て直して、一気にキーボードを叩く


『SAYU (9):今こそ

 MOMO(9):今こそ』


 このタイミングでぎゅっと目を閉じた。

 視界をシャットアウトして、指先に集中するために。


『SAYU (9):今こそ殻をや

 MOMO(9):今こそ殻をや』


 今まで感じていたキーボードの触感が薄れていく。

 キーボードと一体になる感覚。

 体の一部のようにキーボードを使い、入力してく。


『SAYU (9):今こそ殻をやぶると

 MOMO(9):今こそ殻をやぶると』


 そして目を開けた時には――


『SAYU (9):今こそ殻をやぶると

 MOMO(10):今こそ殻をやぶるとき

 MOMO WIN』


 最終セットまでもつれ込んでも5分かからない、ほんの一瞬だけど長い戦いだった。


『SAYU 2ー3 MOMO』


『U-22 Typing Championship Champion:MOMO』


 ◆


 そこからは、タイピングのように速かった。

 インタビューに授賞式も終わり、観客も帰っていった。


 今は、誰もいなくなった観客席から後片付け中のステージを眺めている。

 聞こえる音は撤収の雑音程度、さっきまでの熱狂が夢みたい。


「楽しかったなぁ」

「そう。モモちゃんを誘った甲斐があったわね」


 おもわず漏れたその声に反応するのは、いつのまにか隣にいたサユさん。


「え!? いたの!?」

「そりゃあね。――それにしても、あーしの時代もこれでおしまいね」


 その言葉に少し罪悪感を覚える。


「あ……4連覇阻止しちゃって、ごめんね」


 全力を注いできたものが崩れる瞬間のつらさは、わたしもよく知っているから。


「いいのよ。わたしには、モモちゃんとポーくんがいるもの」


 サユさんは悲しそうな表情など一切見せなかった。けど……


「わたしなんかで、いいの?」


 むしろ彼女は満面の笑みをわたしに向けて答えた。


「あーしはポーくんと出会えた。そのお礼に、モモちゃんにこの世界競技タイピングの世界を見せたまでよ。等価交換ってやつね」


 自分がやったのはあくまでもオタク知識を叩き込んだだけ。でも、それを喜んでくれているんだね。


「わたしこそ、お礼を言わなくちゃ。こんな素敵な世界、教えてくれてありがとうね」


 少なくとも、観客のいる戦いで、人のやさしさに触れることができたんだ。

 わたしにも、ついてきてくれる人がいたんだ。

 それを知れただけでも、大収穫だよ。


「これからはモモちゃんの時代なんだから、もっといろんな人たちが期待してくれるわよ」


 うん、そうだね。

 わたしには、未来があるんだね。


「すみませーん、そろそろお帰りくださーい」


 スタッフの大声でわたしたちは会場を後にした。


「じゃあ、あーしの家きて、もっと教えてよ! 今日の体験の交換条件よ」


 満天の星空の元、二人で最寄り駅へと向かっていった。

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