友達からの助言
第6話
「…そっか。その後は全然触れなくなったの?美大の時の話」
『そーだね、いつも通りしょーもない話ばっかかな』
映画館のロビーでキャラメルポップコーンをつまみながら、私はジョンちゃんに先日の修也の話をしていた。
前にジョンちゃんと連絡先交換をしてから何度かメッセージのやり取りをしていて、今度一緒に映画を観ようという話になったのだ。今はその開場待ちである。
店で知り合った客とキャストではあるけど、友達みたいな感覚でいいと私が言ってからはだいぶジョンちゃんも柔らかく自然になった気がする。
そして…本来水商売で働く女性としてはご法度なのだが、私はジョンちゃんに彼氏がいるということを打ち明けていた。なんとなく、彼には素の自分でコミュニケーションを取った方がいいような気がしたから。どういう反応になるのか少し緊張したけど、ジョンちゃんは特別何も気にしていないようだった。そういうこともあり、映画を観る前のランチの時から例の修也の話をしていたのだ。
修也はそれっきり油絵や芸術系の話を一切しない。いつも通り家でゴロゴロ過ごし、たまに勝手に私のゲーム機で遊び、たまにパチスロに出かけ、勝った金でプチ豪遊をして部屋を散らかす。クズ・オブ・クズなライフスタイルの繰り返しをしているだけだ。その姿に私は呆れ半分、もう半分はあの時の只者じゃない雰囲気の修也はもう二度と見られないのだろうかというもどかしさを感じていた。
『やっぱいつまでもヒモ生活させたくないじゃん、普通に。でも、どこでもいいから無理矢理にでも働かせるっていうのは違うよなって思うし…だから芸術系のスキルを活かせるような仕事ってないのかなーって。凝り性っぽいから一回ハマっちゃえばずっと続けられるんじゃないかなって思うんだよね…』
「ちょっと検索してみたんだけど、美奈さんこういうのもあるっぽいよ」
私の愚痴のような呟きを拾ったジョンちゃんが、自分のスマホの検索画面を見せてくれた。それは美大卒向けの転職サイトのようだった。
「俺は一般的な大学出身だから詳しい事情はわからないけど、それでも職探しが通常より難しそうなのは想像できるよ。試しにこういうのを覗いてみて、どういう仕事があるのか調べてみてもいいんじゃないかな」
『なるほどね…思いつかなかった』
よく考えてみれば私だって美容系の専門学校出身で、専門職の就職活動を経験していた。当時は専門学生だったから全て自力という訳ではなく、多少学校のサポートもあっての就活だったけど、専門分野がある人間の仕事の探し方はジョンちゃんよりもわかっていたはずなのに…なんだか恥ずかしい。
自分がデジタル文化に追いつけていないオバサン予備軍なのか、それとも修也のこれからを本気で心配していないのか…いずれにしても私が実際に行動できていなかったことを、ジョンちゃんは私の話をちょっと聞いただけですぐに解決への一歩を提示してくれた。彼はとても頭の回転が速いのだろうな。
「まあでも、いきなり彼女から転職サイト見せられてこの求人応募してみたら?って言われても嫌がられるかもしれないしね…最初から就職を促すより、絵のスキルを活かせるような身近な機会があればいいと思うけどね」
『身近な機会…』
映画館内にスタッフのアナウンスが響き渡り、私達が観る作品のシアター開場時間であることを伝えた。それを聞いてゾロゾロとチケットを持った人達が移動していく。
私達もそこに混ざるため、ジュースとポップコーンを持ってロビーのソファーから立ち上がった。
『ごめんね、私の話ばっかり付き合わせて』
「全然気にしないでいいよ。美奈さんの話聞きたかったんだし…あ、そう言えば前作観た?」
『うん観た。この前ちょうどテレビ放送されてたよね?』
ジョンちゃんがうまいこと話をこれから観る映画の方に切り替えてくれたから、私も気持ちを切り替えてその後映画を楽しむことが出来た。
彼は頭もいいし、優しくて気遣いも出来る。本当にいい人なんだな、付き合うならこういう人であるべきなのに、と密かに思ったのだった。
「美奈さんお願いしまーす」
『はーい。…ごめんなさい、私呼ばれちゃったんで。ご馳走様でした』
名前を呼ばれて私はすぐ返事をし、付いていたお客さんと小さくグラスを合わせてから金庫の近くにいるヤスさんの元へ向かった。
『次どこの卓行けばいいですか?』
「ごめん美奈さん、俺ちょっと出ないと行けないから、店見といて」
『え、ヤスさん抜けるんですか!?今日月末の金曜ですよ?絶対今から混むんですよ?』
「マジで、マジでごめん。呼ばれちゃってるから…なるべく早く帰ってくるからよろしく」
『潰されないでくださいよ、ヤスさん!!』
私の念押しが届いたのかはわからないが、ヤスさんは急いで店を出て行った。
あの様子だとヤスさんが元いたキャバクラの誰かしらから連絡があったのだろう。潰されるなと私は言ったけど、大体いつもそのまま閉店間際まで帰ってこないか、出来上がった状態で戻ってきてうちのお客さんと一緒になってキャスト達にウザ絡みするようになる。
ヤスさんにはあまり期待できないため、私はチーママモードに頭を切り替えた。
女子大生キャストのキャピキャピ接客と、それにまんまと乗せられているお客様方を眺めながら、頭の中ではこの前ジョンちゃんに言われたことばかりを考えていた。
“絵のスキルを活かせるような身近な機会”とはどういうものなんだろう。原稿料を貰ってイラストを描く…とか?そういう案件ってどうやって探すんだろう?ネット上で募集しているのだろうか。あるいは知り合いの伝とか?そんな知り合いは身近にいなさそうだしなぁ…。
「おはよーございます!…あれ、美奈さん。ヤスさんまたどっか行っちゃったんですか?」
『おはよー。そう、さっき出て行った。呼ばれたんだって。ケイちゃん今からなんだ』
遅出でバタバタ出勤してきたのは、ケイちゃんという私より2歳下のキャストだ。この圧倒的な女子大生率の当店では珍しく私と歳が近い。でもケイちゃんは劇団に所属している女優さんで、うちの出勤も週2程度だ。もうちょっと日数入ってくれたら私も心強いのに。
「今月はもうずっとこれぐらいの時間になっちゃいますねー、公演近いんですよ。今日も稽古終わって直で来ました」
予想通りだった。ケイちゃんは2、3ヵ月毎にこういう勤務パターンが発生する。完全に本業が優先で店的にはもう少しシフト協力が欲しいところだが、それでもケイちゃんは美人で会話が上手いということもあり、女子大生キャストのスキルではうまくあしらえないクセ客の相手が出来るということで重宝されている。
「おう、ケイじゃねえか。やっと来たか!待ってたぞ」
「神田さ〜ん!遅くなってごめんなさ〜い」
ケイちゃんを見つけてヤラシイ笑顔を浮かべる神田のジジイ。当店が誇る常連クセ客No.1であり、ケイちゃんファンの1人でもある。
私にはガールズじゃないとディスるクセに、ケイちゃんにはいい女だとデレデレになる。マジでこのジジイはいけすかない。
ケイちゃんは髪をサッと整え、エロジジイの相手をし始めた。
「あれか、舞台の稽古があったんだろ?」
「そうなんですー、終わってから急いで来たんですっごく喉乾いちゃって〜」
「そらそうだろ。おい美奈、俺とケイの分の酒早く作ってくれ」
『はーいただいまー』
自分が認めた女以外は簡単にドリンクはやらないと常日頃から得意げに言っているジジイからの注文に私は淡々と応え、2人分のドリンクを作り始める。
また、ジジイには女の子にドリンクを与える場合は自分と同じ物を飲ませるという謎ルールがあるので、作るのはバーボンソーダ2杯だ。
正直長居して欲しくないので、早く酔って切り上げて貰うためにいつもジジイの酒は気持ち濃いめに作る。いつも通りジジイの分は濃いめに、劇団稽古後で疲れているであろうケイちゃんの分は気持ち薄めに作ってあげる。
酒を作りながら私はケイちゃんとジジイの会話に耳を傾けた。
「公演の本番もうすぐなんだろ?」
「そうですねー、本当にもうバタバタで」
「どうなんだ、うまいこといきそうなのか?」
「お芝居の完成度は高まってるんですけど、他のところで色々大変なんですよー」
「なんだ、悩み事か?俺が話聞いてやるぞ?」
女優の悩み事をテメエみたいなエロジジイが解決できるわけねぇだろと大声でツッコミたいのを抑え、私はドリンクを2人の前に出した。
『はい、神田さんケイちゃんどうぞー』
「美奈さんありがとー」
「ホラホラ、俺たちの邪魔しねぇでさっさと下がってくれ」
『わかってますー!お邪魔しました、ごゆっくりどうぞー』
このジジイいい加減にしろよ、と思いつつもはいはいと受け流し、再び下がって聞き耳を立てる。
ケイちゃんは劇団事情を饒舌に話し始めた。
「いやねぇ、お芝居の出来は良いんだけど私劇団員だから裏方の制作面とかで色々やることがあるんですよー。つい最近も劇団の主宰がチラシデザインの人と揉めちゃってねぇ」
「チラシってこの前もらったあれか。あれの絵を描いたやつと、ってことか」
「そうそう。ぶっちゃけね、私も作品本編の雰囲気とチラシデザインがちょっと合ってないかなぁ…とは思ってたんだけどね?それでも、こんなギリギリで揉めることないじゃんって感じよ。本当は当日パンフレットのデザインもやってもらうはずだったのに、やらないで降りるってことになっちゃって…」
「そりゃ大変だな」
「大変どころじゃないですよ〜!印刷頼んだりすることも考えたらあと1週間以内に別のデザイン用意しないといけないんですよ!?だからここ数日代わりの人探しでもう必死で…」
私はハッとした。そして気がついたら、ケイちゃんとジジイの会話に割って入っていた。
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