第3話
「地元の人は入りたがらない」と聞いていたので荒れ果てた獣道を想像していたが、思ったほど寂れた様子も無く普通の登山道だった。
それどころか落ち葉やゴミの類もほとんど無く、整備が行き届いた印象を受ける。
ケンジの足で三〇分程登った所に、件の展望台はあった。
かなり広い。
視界に収まりきらない程広々とした空間。
タイルとレンガの見事な足場から顔を上げると、その向こうにはとても立派な前方後円墳があった。
周囲には堀があり、古墳の中へと橋が続いている。展望台から下へ降りる階段もある。
かなり整った外観をしており、観光地でないのが不思議なレベルだった。
――幻覚だろうか? 件の動画では「衛星写真には何も写っていない」と言っていたが、実際に現地へ来てみればこの様だ。
ケンジはリアルタイムの衛星写真を確認すべくスマホを取り出すが、回線が繋がらない。
まさかの圏外である。
「今どきそんなことある?」
思わず溜息が漏れるが……あまり人が来ないというのは間違いないらしいと考え直す。
ケンジは試しに、下方へ向かってマオの名を呼びかけた。
張り上げた声は山彦となって自分に返ってきたが、それだけだった。
当たり前か……。
ケンジはここまで来ておいて古墳へ近づくのを躊躇していた。
あんな得体の知れない場所へ誰が近づきたがるのか。
全く、マオの気が知れない……(自殺を考える人間に正気を求めるなど妙な話である)。
「おーい! その声はケンジだろう?」
その時だった。
懐かしい声が彼の名を呼ぶ。
ケンジが柵から身を乗り出すと、橋の上にポツンと人影が見える。
「もしかして、マオか?」
「マオじゃなかったら誰なんだよ! それじゃあ、中で待ってんぞ!」
そう言って、マオは古墳の方へ向かって歩き出す。
ケンジは慌てて後を追った。
どうにか駆け足で橋の上まで来たが、マオの姿は見当たらなかった。
それにしても、マオってあんな喋り方するんだな……。
ケンジはふと疑問に思う。
学生時代の彼女は、もっと無口でおっとりとした女だった。
社会に出て挫折を経験したとは言え、あんなにも話し方が変わるのだろうか?
疑問は晴れなかったが、これ以上時間を無駄にしては闇夜の中を下山する羽目になる。
とにかく今はマオの安否確認を最優先に進むしかない。
ケンジは古墳へと向き直った。
威圧感。山の様に大きな古代の墓、その四角い入り口は奥が見えない程真っ暗だ。
ケンジは明かりを求めてスマホを取り出すが、今朝満充電にした筈のバッテリー残量は三〇%を切っていた。
下山の事を考えスマホをしまうと、不意に強い風が吹き荒れる。
その際多数の鈴の音が聞こえ、ケンジが音の方を見ると温かな光が見えた。
そこには無人案内所の様なカウンターがあり、「無料レンタル ご自由にどうぞ」との添え書きと共にオイルランプとロングライターが置かれていた。
よく見てみると、ご丁寧にオイルランプの使用方法を記したチラシまである。ケンジは鈴の付いたランプを下げ、古墳へと足を踏み入れた。
古墳内は一本道で、壁に無地のプレートが等間隔で貼られている。
プレート付近をランプで照らすと、そこには壁画が描かれていた。
ケンジは眉を顰め、最初の壁画を隅から隅まで照らし観察する。
なんだこれは?
実に奇妙な壁画だ。
それは人間と巨大な化け物が宴をする絵だった。
化け物はガーゴイルの身体にタコの首を挿げ替えた様な見た目で、これを描いた人間は悪魔へ畏敬の念を抱いていたに違いない。
ケンジは壁画を観ながら進む事にした。
人々は化け物を祀る祠を建て、狩猟した獣を生贄にし、祈りを捧げる……彼らはその化け物を神として崇めた。
そして、返礼として化け物は人間に授けた。
ある時は紫水晶の宝飾品を、またある時は美しい人魚を伴侶に与えた。
人々は人魚とまぐわい、海でも生きられる肉体を得る。
やがて海に都を作ると、人間達は陸と海に分かれて暮らす様になる……
そこまで見たケンジは、少し立ち止まり考え込んだ。
彼は日本史が好きな方だったが、こんな壁画は見たことが無い。
異国の見聞録だろうか? それとも――
ケンジの妄想が本当なら、これは歴史を揺るがす大発見だ。
彼は欲に目を眩ませ、貪る様に壁画を観察し写真に収めた。
ここへ来た当初の目的も、道中の不自然さも、今の彼にはどうでもよくなっていた。
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