第2話

「えぇ……家出ですか⁉」

 目論見が外れた。

 ケンジがマオの実家を訪れると、母親が現れて「一週間前に家を出て連絡が付かない」と言うではないか。

 ケンジはアフィ焼肉を食い損ねた事よりも、実の母親を心配させて連絡も寄越さないマオの傲慢さに腹を立てた。

 その腐りきった面に一発ぶちかましてやろうと、ケンジは彼女が向かったのであろうY県の牧丘を目指す事にした。


 最寄り駅を出てバスで約四〇分、田舎の交通の不便さを痛感しながら、ケンジは牧丘に降り立った。

 衛星写真では一面の森林だった場所の手前、だだっ広い果樹園の合間にぽつぽつと家屋が建つ土臭い田舎町である。

 ケンジは牧丘の桃源郷へ挑む前に地元民との対話を試みた。

 マオは『大山古墳よりも大きな前方後円墳』とブログに書いたが、ケンジが見た衛星写真にそれらしき物は無い。

 だからこそ、地元で語り継がれる民話の類など、何かしらの手がかりが欲しかった。


 ケンジは辺りを見回すが、人の気配らしきものが感じられなかった。

 あても無くブラついては日が暮れてしまうので、ケンジは思い切って家屋を訪ねる。

 周囲で一番築年数が経ってなさそうな綺麗な家のインターフォンを押すと、中から老女が現れて彼を快く招き入れた。

 息子夫婦が家をリフォームしてくれたのだと言う老女に、ケンジは「友人を探している」という体で話を聞き出そうとする。

 老女は言葉を選びながら、次の様な事を話してくれた。


 ・この近辺では、普段着と変わらぬ軽装で山へ入るよそ者をよく見る。

 ・昔からこの辺りの山は神々の領域だと言われていて、地元の猟師すら入りたがらない。

 ・よそ者が山へ登って行くと言ったが、下山してきた者を一人も見ていない。

  地元民はますます気味悪がっていて、一人では絶対に山へ入らない。


 ケンジは礼を言って、老女の元を後にした。

 あんな話を聞けば、大抵の者は山へ入る事すら断念するだろう。

 わざわざリスクを冒してまで追い求める浪漫などこの田舎にはない。

 だがケンジはどうだろう。

 正午前、彼は展望台を目指していた。


 もしマオが、「私、ニートやめる!」と言うなら喜んで手を貸すし、就活の間だけでも家に泊める事くらい容易いのだ。

 しかし実際は、彼女の現実逃避としか思えないカラ元気を目の当たりにした。


 マオは……再び牧丘で自死を選ぶのでは?

 そう考えると、彼女の安否を確認するまでは帰れないと感じた。

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