第4話

 海の青さが眩しい壁画は、戦火の赤に染まっていく。

 どうやら陸の国と海の国の間で争いが起きたらしい。

 人間と半魚人の戦いを嘆いた化け物は、人々の安寧を願って腹を切った。

 腹から零れた三滴の血はマンモス・サメ・鷹へと変化し、心臓は二つに分かたれて人間と輝くハートになった。

(ハートは何かしらの概念を示すモノと思われる)

 そして戦いが終わり、人々は化け物の亡骸を礎に大仏を建造する。


「なんじゃこりゃあ……」


 壁画はそこで終わっていた。

 人々と神の物語と言えば辻褄は合うのだが、最初から最後までどこを切り取っても珍妙な神話である。

 そもそも神話上の――特に主役級の神は、当時流行った容貌の美男美女で描くのがお決まりだろう。

 この壁画は妙に先進的と言うか……あまり見ていて良い気はしない。

 こんな馬鹿げた見た目の神を拝む宗教があるなら、ぜひ一度信者に話を聞いてみたいモノだ。


「呼んだか?」

 突然、ケンジの傍に現れたのはマオだった。

 驚くケンジの腕を引き、彼女は強引に歩き出す。

 ケンジはそれを振り払おうとするも、まるで筋骨隆々な男に掴まれたかの様にびくともしない。

 そうしてマオは、通路を抜けた先へとケンジを引き摺りだす。


 やっと解放されたケンジは、煌々と輝くだだっ広い大広間を目の当たりにした。

 壁には均一な模様がボーダーの様に何本も重なり、それが天井まで続いている。

 そして、広間の最奥には奈良や鎌倉に引けを取らないサイズの大仏が鎮座していた。

 理由は分からないが、ケンジは大仏を直視できず顔を背ける。

 大仏の発する妙なオーラのせいだろうか?

 それとも先ほどの壁画を引き摺っているのか……


「ここは撮影禁止だぞ」

 突然、マオはケンジの手からスマホを奪うと、乱雑にバッテリーを抜いてしまった。


 ケンジは唖然としたまま拉げたスマホを受け取る。彼は思わずマオの顔を凝視した。

 普段の彼女なら絶対にありえない言動ばかり。

 彼女は本当にマオなのか?


 怪しんだケンジはこう言った。

「実家には連絡したのか? 親父さん心配してるよ」

 マオの父親は数年前に失踪した。本物なら確実に知っている。


「は? 何言ってんの。

 オヤジならここにいるぞ」


 彼は耳を疑った。

「え、どこ」

「あの壺のどれかだよ」


 マオはそう言って壁を指さす。

 目を凝らすと、模様に見えたのは棚に並んだ壺だった。

 子供の背丈程の白黒の壺が均一に棚へ並び、それがコピペしたかのように壁一面に取り付けられている。

 とても成人男性が収まるサイズには見えないし、こんな壺に隠れて一体何をしようと言うのか。


「冗談キツイわ……」

 思わず漏れたケンジの言葉に、マオはピタリと動きを止める。

 と思いきや、彼女はケンジにグンッと近づきその顔を見上げた。

 彼女の瞳には――心というか、感情の機微が一切無かった。

 皿の様な瞳でケンジを見上げるマオは、何処か不気味である。


「バイバイ」


 その時である。

 ケンジは頭上に何かの気配を感じて思わず顔を上げた。

 そして彼は大仏と目が合う。

 大仏は微動だにせず、しかしその視線はケンジを捉えて離さなかった。

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