第4話

 どうにか駆け足で橋の上まで来たが、マオの姿は見当たらなかった。

 それにしても、マオってあんな喋り方するんだな……。

 ケンジはふと疑問に思う。

 学生時代の彼女は、もっと無口でおっとりとした女だった。

 社会に出て挫折を経験したとは言え、あんなにも話し方が変わるのだろうか?


 疑問は晴れなかったが、これ以上時間を無駄にしては闇夜の中を下山する羽目になる。

 とにかく今はマオの安否確認を最優先に進むしかない。

 ケンジは古墳へと向き直った。


 威圧感。山の様に大きな古代の墓、その四角い入り口は奥が見えない程真っ暗だ。

 ケンジは明かりを求めてスマホを取り出すが、今朝満充電にした筈のバッテリー残量は三〇%を切っていた。

 下山の事を考えスマホをしまうと、不意に強い風が吹き荒れる。

 その際多数の鈴の音が聞こえ、ケンジが音の方を見ると温かな光が見えた。

 そこには無人案内所の様なカウンターがあり、「無料レンタル ご自由にどうぞ」との添え書きと共にオイルランプとロングライターが置かれていた。

 よく見てみると、ご丁寧にオイルランプの使用方法を記したチラシまである。ケンジは鈴の付いたランプを下げ、古墳へと足を踏み入れた。


 古墳内は一本道で、壁に無地のプレートが等間隔で貼られている。

 プレート付近をランプで照らすと、そこには壁画が描かれていた。

 ケンジは眉を顰め、最初の壁画を隅から隅まで照らし観察する。


 なんだこれは?


 実に奇妙な壁画だ。

 それは人間と巨大な化け物が宴をする絵だった。

 化け物はガーゴイルの身体にタコの首を挿げ替えた様な見た目で、これを描いた人間は悪魔へ畏敬の念を抱いていたに違いない。

 ケンジは壁画を観ながら進む事にした。


 人々は化け物を祀る祠を建て、狩猟した獣を生贄にし、祈りを捧げる……彼らはその化け物を神として崇めた。

 そして、返礼として化け物は人間に授けた。

 ある時は紫水晶の宝飾品を、またある時は美しい人魚を伴侶に与えた。

 人々は人魚とまぐわい、海でも生きられる肉体を得る。

 やがて海に都を作ると、人間達は陸と海に分かれて暮らす様になる……


 そこまで見たケンジは、少し立ち止まり考え込んだ。

 彼は日本史が好きな方だったが、こんな壁画は見たことが無い。


 異国の見聞録だろうか? それとも――


 ケンジの妄想が本当なら、これは歴史を揺るがす大発見だ。

 彼は欲に目を眩ませ、貪る様に壁画を観察し写真に収めた。

 ここへ来た当初の目的も、道中の不自然さも、今の彼にはどうでもよくなっていた。

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