当主の物語
11. 貴族令息と運命
平民とは、貴族より下の存在であり、搾取されるもののことである。
これが、コルベール家の考え方だった。
父も母も、祖父も祖母も、皆そのように領民を見下していた。
しかし、私はそうとは思えなかった。
領民がいるから、領主は成り立つ。国民がいるから、国は成り立つ。
偉いから上に立つわけではない。責任を持って上に立つから偉いのだと、そう考えていた。
『っも、申し訳ありません!』
『……なんのことだ。私は知らない』
だが、そんなことを両親に進言すれば、精神の病気だと思われてしまうとわかっていた。一歩間違えれば、王に背いているような考え方だとも、知っていた。
だから私は使用人や平民が下手を打ったとしても、何も言わず、何も見なかった。
ある日の視察中、馬車が壊れた。流石にもみ消すこともできず、良くて解雇であろう御者を痛ましく思っていた。この上私に怪我をさせたとなれば……と思い、どうにか隠し通したかった。
宿屋の場所などを聞こうと近くのパン屋に入った時、
『いらっしゃい!』
世界が急に、色付いたような気がした。美しく光る金髪に目を奪われた。
ああ、これが恋に落ちると言うことか、と理解した。そして、貴族が平民に恋なんて、空想上のロマンスだと、しまいこんだ。その程度の理性はまだ残ってくれていた。
『お怪我をなさっているのですか?』
努めて平静を装って話をしていたはずが、怪我を気づかれてしまった。どうにか口に出さずに知らないふりをして欲しいと頼めば、通じたようで適当に誤魔化してくれた。
そして付き人がいなくなったところで、バレないように手当てもしてくれた。
『……それで、何がほしいんだ?』
きっと対価が欲しいのだろうと、そう思っていた。我が家が領民に好かれていないのは理解していたし、見返りを求めるのが当たり前だと、自然とそう口にした。
『いいえ、別に何も欲しくありません。痛いのが飛んでいってくれるといいですね』
なのに彼女は、にこりと笑ってただ身を安んじてくれた。冷たく腹の黒い貴族の間では、見たこともないような光景に、息を呑んだ。
宿屋に戻っても忘れられず、次の日も理由をつけて会いに行った。もう一度会ってしまえば、後に引けないほどに惹かれてしまって。会えば会うほど、愛しさは増していった。
『もう馬車が直ったんでしょう?』
しかし、時は進み続けていた。私は貴族で、彼女は平民で。そのことを、私よりも彼女の方が理解していた。
『さようなら。いつか、また買いにきてちょうだい』
わざとらしく作られた明るい表情に、同じ気持ちを見た。見てしまってから、別れられるはずもなかった。
隙を見つけては会いにいった。愛おしい彼女とずっと一緒にいたかった。幸福の中で、貴族と平民なんてことは忘れていた。
……婚約者に、苦言を申されるまでは。
『お遊びが過ぎるのではありませんか?』
彼女とは反対といってもいいほど冷たく情を感じさせない声で、詰められた。その目は、私ではなく、コルベール家の次期当主を見ていた。
『あなたは私の婚約者であり、次期当主様なのではありませんか? その自覚を持ってくださいまし』
かねてから、婚約者とは反りが合わなかった。我が家の妻としてふさわしい、貴族らしい貴族だった。平民を見下し、貴族としてのプライドだけで生きているような、そんな人だった。
『…………』
婚約を解消し、彼女を迎え入れることが、領民のためにも、私たちのためにもなるのではないかと、その時に考えた。
貴族の婚約は家が全て。まずは、彼女と思いを確かめ、家族を説き伏せることを、私は決意した。彼女や領民のためならば、長期戦も厭わないと、そうして用意をし始めた矢先だった。
彼女が婚約者のせいで村を追い出されたのは。
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