間話

10. ウィンザー伯爵の苦悩


 コルベール家との話し合いの結果、お互いに腹の中に思惑はありつつも、和解の形を取ることになった。政治情勢的に、致し方ないことだった。しかし、和解した、と発表したところで信じるものは少ない。わかりやすく、コルベール家の娘を妻として娶る事となった。


 ……そう、あれは、という裏事情を隠しつつ、妻がくるのだと、領地でも有数の商家の子供達と話していた時だった。


『じゃあ、これをあげます!』


 と今現在自室の机の上、つまり目の前にある、解答欄だらけのなんともいえない紙を渡されたのは。

 最初に見た時は、学園の入学試験の過去問か何かかと思った。


『これを書いて交換すれば、きっと仲良くなれますよ』

『ほら、見てください! こんなにいっぱいあるの!』


 そのまとめたやつをプロフィール帳というらしかった。こう、色とりどりのインクが使われ、ハートやらなんやらが書かれていて……目がチカチカした。今も少々目が痛い。


『本当に、これで妻と仲良くなれるのか?』

『なれますよ! ねー?』

『うんうん! プロフィール帳が一番たくさんある私たちが言ってるんだから間違いなし!』


 そう言われたまま、何も考えずに渡してしまったことが悔やまれる。こんなの全てを曝け出せと言っているようなものじゃないか。

 しかし、もう彼女も書き始めているだろう。俺も、腹を括らなければ。

 まずは、ローガン・ウィンザーと名前を書き入れる。そして生年月日や星座、血液型などなど。……なんのために血液型なんて教える必要が?


 趣味「地方の剣を集めること」


 マイブーム「紅茶を淹れる」


 好きなもの「スイーツ」


 本来ほぼ初対面に近い相手……ましてや女性に教えるようなものではないが、妻になる女性は別だろうとさっさと書き入れる。というより熟考したら恥ずかしさで死んでしまいそうだった。やはり男らしいトレーニングなどに今から変え……いや妻に嘘をついてはいけない。

 勢いのままに書き進める。


 告白されたことはある? YES・NO

 告白したことはある?  YES・NO

 好きな人はいる?    YES・NO


 いたらおかしいだろうと思うが、平民の子供達が楽しむものだ。まあ大人ぶりたい年頃なのだろう。

 学園にいた時分に告白されたことだけはあったため、そこをだけYESを囲む。他は全てNOだ。告白の件に関しても、無論断ったが。俺が後継だと知らないとは、随分と世間知らずなのだな、と呆れたものだった。


 好きなタイプ「   」

 好きな人のイニシャル「   」

 付き合ったらなんて呼ばれたいか「   」


 なんなんだこの恋愛的な質問の多さは。いくら平民とはいえ、最近の子供はませすぎじゃないのか? 父親は泣かないのか?

 思わず机を叩いてしまい、メキ……と嫌な音が鳴って冷静になる。壊したらどうなるか……想像するだけでも恐ろしい。そんなものはないため、無と記入しておいた。次は……。


 秘密にしてほしいこと「   」


 ……これはもしや黒歴史生成用紙なのではないか?

 頭を抱えるが、これを書くことが、信頼への一歩なのだとしたら……。書く、しかない。


 秘密にしてほしいこと「猫舌」


 貴族の、しかも伯爵家当主の猫舌を、初対面の妻に暴露するとは一体……。

 大きなため息を吐いた。

 その後、羞恥に悶えながらも空欄を埋めた。


「寝るか……」


 そして、シートを破ってしまう前に布団を被って寝ることにした。

 ……彼女は、何を書くのだろうか。


 翌日、寝不足かつ疲れ切ったような彼女と、あまりにもおかしい解答に驚いたのは、言うまでもない。

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妹の代わりに嫁がされましたが、何も文句はございません 秋色mai @akiiromai

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