7. 私の知らないところで幸せになって


 歪んだ妹から、美しい姉に愛と憎しみを込めて。


         *


「お父様やお母様と離れたくありません」


 そう言って涙を流した。お母様によく似た私に縋られて、お父様が少したじろぐ。

 私は出て行きたくない。本音だ。腐った汚らしい私が、ウィンザー家に嫁いで、幸せになれるわけがない。確執だって深まるだけだ。


「本当に、私が嫁がなければならないのですか?」


 お父様とお母様だって、愛しい私に継がせたいに決まっている。元々貴族としての責務を放り出した人たちだ。そこまで保守的じゃないし、面の皮も厚い。


「ああ、そうだわ。お姉様よ! お姉様が代わりに嫁げば良いのでは?」


 そうすれば、お姉様はこの地獄から解放される。ウィンザー家はきっと、お姉様を無下になんて扱わないはずだ。正義感が強く、人情を大事にするだなんて、我が家と対立している家なのだから。

 きっと、お姉様のことを愛してくれる。お姉様は、そういう人々に愛されるべき人だもの。


「お父様、お願いです。あの女よりも、私の方が、コルベール家を継ぐのにふさわしいでしょう?」


 お父様がぐぅと唸り、私は勝利を確信した。

 貴族間での娘の婚姻は、人質にも等しい。常識的に考えて私だっただけで、お姉様でもいいはずなのだから。


 こうして、お姉様はウィンザー家に嫁ぐことになった。

 伝えた時のお姉様の、困惑した顔ったら。きっと恨んでなんてくれないけれど、そのまま怖がっていてちょうだい。


「ああ、可哀想なお姉様。嫁ぎ先がウィンザー家なんて、どうなってしまうのかしら。きっといじめられてしまうのでしょうね」


 お姉様の部屋で、言い聞かせるように告げる。

 自分は虐げられているのだと、思っていて。勘違いしないで。私はあなたなんて好きじゃない。


「でもお姉様は慣れてるわよね。お母様の折檻に比べればきっと優しいわよ」


 これは、本当。きっと、酷い目には遭わないから。

 輪郭に這わせるように顔を持って、美しい瞳を覗く。恐怖に怯えた顔を、私は一生忘れない。

 憎らしいお姉様。美しいお姉様。大嫌いすきなお姉様。


「私に感謝して、早く出ていってちょうだいね」


 そして、私の知らないところで幸せになって。


 名残惜しく思わないように、パッと手を離した。そして乱雑にドアを閉める。見せしめのように当てがった部屋は、酷い音を立てて埃を落とした。これも、私がお姉様の部屋をねだったから。だって、そうじゃないと、お姉様の部屋に行っていた理由がつかなかった。


 お姉様が代わりに嫁ぐことになってからというもの、お母様の罵倒や折檻は増えていった。あんなに嫌っていたくせに、失うのを怖がっているようだった。きっと、怒りを向ける相手がいなくなってしまうのに、戸惑っていたのだろう。

 その横顔は、私を愛おしむ母ではなく自分の感情がわからないような年頃の少女のようだった。


 お父様は嫁がせる時のためだけに適当なドレスを買おうとしていたけれど、あの女にはボロ切れがお似合いですわ。好きにしていいとわからせるのにちょうどいいではありませんかとか言って、やめさせた。少しでも、不安な要素は無くしたかった。


「あらお姉様、まだいましたのぉ?」


 使用人と一緒にお姉様を見送った。早く、出ていって欲しかった。

 無事と言っていいのかはわからないけれど、それでもお姉様をウィンザー家に送り出すことができた。



 お姉様がいなくなっても、私の生活は変わらない。お母様が若干ヒステリー気味だったり、それでもどこか安堵していたりもちろん変わったところもあるけれど。


「エリー、今度見合いをすることになった」

「まあ、何家の方ですの?」


 お父様はお姉様がいなくなって成り立たなくなった我が家を、婿を取ることでどうにか建て直そうとしているようだった。


「新しいドレスを仕立てなくては」


 ウィンザー家からお姉様に関する手紙は来ていない。我が家がどんな家なのか、ちゃんと理解してくれているようでありがたかった。


 きっと、幸せにしているのだと、誰も知らない。



         *


「……ああ、なんて忌々しいの」

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