妹の物語
6. 大嫌いなお姉様
「エリー、ウィンザー家に嫁ぎなさい」
……は?
思わずそう言ってしまいそうになって、どうにか飲み込んだ。エリーは、愛されている娘は、そんなことを言わない。
「……どうしてです?」
にっこりと笑って、上目遣いで尋ねる。
ウィンザー伯爵家は、我が家と長年対立してきた家のはずだ。そんなところに、愛されている私が嫁ぐ?
「あれでもレイラは長女だからな、エリーが嫁ぐのが当然の流れだろう」
お父様は立派なお髭をさすってそう仰った。そこで思い出す。
……そうよね、貴族にとっては、愛すべき娘であろうと、所詮は家の道具でしかない。
「お父様、でも、私は……」
本来なら、はいと返事をするだけの話だ。
でも、私の頭によぎったのは、にこりと微笑むお姉様の姿だった。
*
物心ついた時から、お姉様は悪だと教えられてきた。お母様はお姉様を見かけるたびに睨みつけ、汚らしい泥棒の血と罵った。使用人のように扱って、時には暴力を振るった。
私も真似してお母様と同じことをいうと、お母様は喜んだ。
『エリー』
……でも、お姉様が、私を睨んだことはなかった。
お父様とお母様がお出かけしてしまっている時は、そっと側にいてくれた。
綺麗だと言われる私とは似てもつかないけれど、お姉様の黒髪は光が当たると透けて、青い瞳は宝石のようだった。
『エリー、私の妹』
お母様とお父様の前ではお姉様をいじめる。そうすれば二人が喜ぶから。
二人がいない時は、お姉様のところへ行く。そうすれば、お姉様に撫でてもらえるから。
……私にとって、お母様がお姉様を嫌うように、お姉様が私を愛してくれるのは当たり前だった。
けれど、成長するにつれて、それがどれだけ異質なのか、わかっていった。
『あの女と同じ見た目、吐き気がするわ』
お姉様と私は、お母様が違う。
お姉様のお母様のせいで、お母様は一度お父様とお別れした。
そのせいでお母様は苦しい思いをした。
お姉様のお母様が亡くなって、お母様とお父様は一緒になれた。
そして、私が生まれた。
お姉様が使用人のように働いているのはおかしい。
お姉様がお母様に暴力を振るわれているのは、当然ではない。
お姉様が、私を愛しているのは、おかしい。
『相変わらず汚らしいわね』
『本当ですわね、お母様。まるでボロ雑巾だわぁ』
お姉様からすれば、この事実は全部違うのだから。お父様とお母様のせいで、お姉様のお母様は苦しい思いをした。それでも耐えて、貴族としての務めを果たした。けれど亡くなってしまって、お父様はお母様を迎えてしまった。
……淑女教育を受ければわかる話だ。
誰が悪いだとか、どうすればだとか、そんな生まれる前のことを考えても、私には何もできない。お姉様の味方をしたところで、私も嫌われてしまうだけ。
『お父様っ! お母様っ!』
『なんだ、エリー』
『ティータイムにはまだ早いんじゃないかしら』
それに、お父様とお母様のことを、憎めなかった。例え大好きなお姉様を虐げていたとしても、私を愛して育ててくれたことにも変わりはない。優しく撫でて、愛してると伝えてくれたことを忘れることはできない。
……ああ、なんて醜いのだろう。
『綺麗だなエリー』
『素敵よエリー』
鏡を見れば、綺麗なドレスや宝石を身に纏った私がいる。
ドレスも宝石も大好きだ。ふわふわで、綺麗で、誰が見ても美しいという。綺麗なものに触れると、自分も綺麗になったような気がする。
でもそれは一瞬で、自分という存在を思い出すたびに吐きたくなる。
『……それに比べてあの女は。ふふっ』
お姉様を見るたびに、どろりと胸に何かが落ちてくる。
お母様たちは汚いというけれど、私にとって一番綺麗なのは、お姉様だった。
お姉様は、何があっても人を妬まず、嫌わない。
どうして、なんで、嫌だ。何度そう思っても、事実は変わらない。
……私には、あの二人の血が流れている。
ああ、だから、どうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます